第29話 赤毛の魔法士ジーナ③

「さて、疲れたし寝るとするか」

 針仕事をやめないティアナに声をかける。

「おい。寝るぞ」

「はい。お休みなさいませ」

「って、お前は寝ないのか?」

 ティアナは仕掛けた繕いものを置くとソファに横になる。

「お前、何してるんだ?」

「さすがに三人ではベッドが狭いですよね?」

「は?」

「あの。ご主人様とジーナ様がベッドを使われるのでは?」

「ちょっと、人の弱みに付け込んで、そういうことをするつもりだったの?」

 ジーナが険しい表情をしていた。もともと目つきが鋭いのでなかなかに迫力がある。背後に置いてあったつえを手繰り寄せていた。

「ティアナ、いいか。ジーナさんは俺とベッドで寝ない」

 ティアナは訳が分からないという表情をしている。

「ベッドの方がよく眠れませんか? 私はソファで平気ですから。木の床にじかに寝るのに比べたらぜんっぜん快適です」

「ああ。いいからいいから。それじゃ、行こう」

 俺はティアナの肩を抱いて寝室に連れていく。ジーナに手を振った。

「それじゃ、お休み」

「あの。えーと。ご主人様? お客様がソファでは失礼では?」

 寝室の扉を閉める。

「あのな。普通は一緒にベッドで寝ないんだ」

「でも私は一緒に寝てますけど?」

「それはだな……」

 俺は言葉を探す。男女が一緒にベッドで寝るということの意味の説明をしようとしてやめた。首をかしげて俺を見ているティアナの無垢むくな顔がまぶしい。

「それは……」

 頭をフル回転させた。

「それは、ティアナが特別だからだ」

「私が……特別?」

 間が空いて、ぱあっと顔じゅうに笑みが広がる。

「はい。分かりました」

 いそいそとベッドに横たわるティアナ。俺は念のために寝室の扉の仕掛けを作動させる。横になった俺にティアナが遠慮がちに聞いてきた。

「お休み前に一つだけ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「私に話しかけてきた女性は、ジーナさんの荷物を怖い顔で放り出していた男の人の奥さんなんだそうです。ジーナさんが気の毒でなんとかしてあげられないかと心配して、頼む相手を探していたみたいで。どうして、そんな優しい人のご主人があんなにひどいことをする人なんでしょうか?」

「別に一緒に暮らしてるのが、いい人同士とは限らないだろ。うちだって、よそからどう思われてるか」

「……そうですね。ご主人様みたいな立派な方にお仕えしてるのが私みたいなぶきっちょですもんね」

「そうじゃない」

「はい?」

「俺みたいなロクデナシに仕えてるお前が可哀かわいそうって世間では思ってるだろうよ」

「そんなことはないです。ご主人様は立派な方だと思います」

 ティアナは上半身を起こすと握りこぶしを作って力説する。

「まあ。家の外と内では色々と違うところがあるし、世間には分からないこともあるってことさ」

 再び横になったティアナはじっとしていたが、不意に小さな声を出した。

「他の人が何と言っていても、ご主人様は私にとって特別な方ですから」


 ティアナは寝相が悪いというほどではないが、割と寝ている間にころころと動く。今日も服の裾がめくれあがっていた。

 多少は肉がついたとはいえ、まだ細い脚どころか下着まで見えている。幸か不幸か、ティアナが自分で作った色気も何もないカボチャのようなブツだ。

 王都まで行けば、高級娼婦しょうふが身につけているような色とりどりの下着も手に入る。どうせ脱がせるのだからと思っていたが、少し考えた方がいいかもしれない。

 今身につけている下着は、ティアナが子供だということ、少なくとも大人の女にはなっていないことを思い出させて具合が悪い。

 まあ、まだいいだろう。

 平和そうにすうすうと寝息を立てているティアナのほおにかかった髪の毛の束を耳にかけてやった。美味おいしいものは後に取っておく方がよりうまくなるってもんだ。

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