第28話 赤毛の魔法士ジーナ②

 ジーナはあっけにとられている。俺は半ば想像通りだったので夜空を見上げた。

「いくら町の中でも夜に女の人が一人でいるなんて危ないです」

 視線を下げるとティアナは問いかけるように俺を見つめていた。

「ご主人様は優しい方です。困っている人を見捨てたりはしません」

 そうでしょう? というように俺の顔を見る。

 俺は頭をがしがしといた。うーん。まあ、この状況ならジーナをうちに送り込むための芝居とは考えられないか。買い物に出たのは偶然だしな。何かのわなってことはないか。

「ということだ。とりあえず今夜一泊だけでもどうだ?」

「いいの?」

「今さらダメとも言えないだろう」

 ほらね。私の言った通りでしょう? そんな表情でティアナはうれしそうにランプを持って先導を始める。

 ジーナは一瞬だけ俺の顔を見ていたが、ティアナについて歩きだした。

 俺は背中に刺さるとげとげしい視線に気づかぬ様子で後についていく。まあ、金貨二枚の貸しもある相手だしな、と自分を納得させた。


  ◇  ◇  ◇


 買ってきたばかりの酒をいだ。ダンジョンに潜ってささくれだった神経を静めるのに酒が必要になって久しい。口をつけると爽やかな香りが鼻をくすぐる。

 向かいに座るジーナにも酒を勧めた。

「じゃ、改めて。この娘はうちで働いているティアナだ」

 なんとなく奴隷という言い方はどぎつい感じがして言い換える。

「んで、こちらの女性は、昨日一緒にダンジョンに潜った魔法士のジーナさん」

 頭を下げたティアナが声をあげた。

「それじゃあ、ご主人様が解毒薬を譲った相手というのは……」

「そうよ、私。お陰で助かったわ」

 頭を下げて台所に下がったティアナが、木の実を塩で空煎からいりしたものを運んできて置いた。それから、部屋の隅に行ってチクチクと針仕事を始める。

 俺は自分の空いた器に酒を注いでジーナに向きなおった。

「しかし、災難だったな」

「そうね」

「前衛のくせにかぶと面甲めんこうを上げてぼんやりしてっから蛇にまれるんだ。あいつらがちゃんとしてりゃ、蛇ぐらい大したことはないだろうに」

「まあ、私は噛まれちゃったけど」

「そりゃ、しょうがねえ」

 ジーナは居ずまいを正すと頭を下げた。

「薬を譲ってくれてありがとう」

「なんだよ、今さら」

「あの後、傷口が痛むから神殿で見てもらったんだけど、薬を飲まなかったら危なかったって。噛まれたのが胴だったから毒の回りが速かっただろうって見立てなの」

 ジーナは目の前のコップをもてあそぶ。

「こんなことになっちゃったけど、なるべく早く借りは返すつもり」

 俺は酒を飲んで、木の実をポリポリと噛むと肩をすくめた。意志はあるのだろうけど、ポンコツ魔法士じゃ、なかなか収入はないだろう。

「こう見えても、文字を教えたり、魔法の手ほどきをしたりして収入はあるから心配しないで」

「へえ」

「信じてないでしょ。一応、月に銀貨十二枚ちょっとぐらいにはなるんだから」

 俺は正直に言って驚いた。口をつけていた杯をあおる。

「じゃあ、本当に金を返すつもりだったのか?」

「当たり前でしょ」

「その割にはあまり裕福じゃなさそうだけどな」

 ジーナはため息をつく。

「魔法士をするのも金がかかるのよ。新しい呪文を覚えるには巻物を手に入れなきゃいけないけど、そう簡単に手に入るものじゃないし」

「相性の悪い系統の呪文じゃ意味ないしな」

 俺がまぜっかえすとにらみつけてくるが、すぐに険しさを解いた。

「まあ、そうよね。この辺りで冷属性が得意でもあまり役に立たないものね」

「ガーナ地方とか行けば重宝がられるんじゃねえの?」

「そう簡単じゃないのよ。他の人の縄張りを荒らすわけにもいかないでしょ」

 なるほど。どこの業界も世知辛いもんだな。

 ふと視線を感じて振り返るとティアナがこちらをじっと見ていた。俺と視線が合うと目を落として針を動かし始める。

 俺は残った酒を飲み干し背伸びをした。あれ? 今日買ったばかりなのに酒がほとんど残ってない。

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