第27話 赤毛の魔法士ジーナ①

 ティアナは今何をしているだろうか。たぶん食事の後片付けをしているだろうから、後ろから抱きしめるというのもいいかもしれない。

 今日は上下に分かれた服を着ているので腰のところから手を差し入れ、上へと指を走らせよう。同時に首筋に舌をわせたらどんな反応をしめすかな……。

 ゼークトを見送った俺は、期待に胸を高鳴らせて家に入る。

 ティアナがエプロンを外して台所から出てきたところだった。計画を変更して、当初の予定通りソファでと思っていると、ティアナに機先を制された。

「明日の分までお客様にお出ししたので、朝食がちょっと不足しそうなんです。買い物に行ってきてよろしいでしょうか?」

「もうそろそろ女子供が一人で出歩く時間じゃねえぞ」

「管理が行き届かず申し訳ありません。先ほど、多めに買い物をしなかった私の落ち度です」

「いや、悪いのがいるとすれば、遠慮せずにパクパク食ったゼークトと、そんな奴に飯を振る舞うように言った俺だ」

「そんなことはありません。私が至らぬばかりに」

 ティアナはエプロンを握りしめて頭を下げる。

 ああ、この調子だとエンドレスごめんなさいになりそうだ。ここはとっとと買い物に付き合ってやった方がいい。

「それじゃあ、俺も酒を買い足したいし、さっと買い物するか」


  ◇  ◇  ◇


 ティアナが売れ残りの魚を品定めし、俺が酒を選んでいるところだった。

 目の垂れ下がったいかにも人のよさそうな中年女性がそわそわと店に入ってくる。ティアナを見つけるとほっとした表情をして近づくのを目の端にとらえた。

 何か早口でティアナに話しかけると、近くの商品を手に取って金を払い出ていく。なにやら怪しい。

 買い物を終えて店を出るとティアナがすっとそばにきてささやく。

「あの。ご主人様。困っている方がいるそうです。なんとかしてほしいとのことなのですが」

「さっきの女性が言ったんだな?」

「はい。お願いできますか?」

「俺たちには関わりがないだろう?」

「そうですが……。お願いします」

 ああ、まったく。道端でやっと存在に気づいてもらった捨て犬みたいな目をするなよ。

「どっちだ?」

「あちらだそうです」

 ティアナが指さすのは、比較的安い貸室のある通りだ。まあ、この田舎町で起きる事件ならたかが知れている。

 足早に向かうと何かを放り出す音と罵声が聞こえた。

 たどり着いてみると、路上に荷物が散らばっている中に夜でも目立つ赤毛の魔法士ジーナが立ち尽くしていた。

 きつめの顔立ちの中にいら立ちと困惑が浮かんでいる。ジーナの目の前の家から、また何かが放り投げられた。

「こんばんは。こんな時間にどうした?」

 わざとのんびりした声を出す。

 俺の顔を見るとジーナは一旦いったん下を向いたが、すぐに顔を上げる。

「見ての通りよ。借りていた家を追い出されたの」

 俺は『だから?』という表情をした。それぐらいは見ればなんとなく分かる。

「家賃を滞納するのが悪いのさ。何度も督促してたんだ」

 戸口のところから中年男性が吐き捨てる。

「さっき、ちゃんと払ったじゃない」

「昨日までの分はな。今日以降の前払いができないんだから出ていってもらう。当然だろ」

「でもなあ、何もこんな夜に追い出さなくてもいいんじゃねえか」

「他人は引っ込んでてくれ」

 男は最後の荷物を放ってよこすと短杖ワンドを構えて戸口に向かい短く呪文を唱える。そして足音高く去っていった。

 へえ。物理的に施錠するんじゃなくて魔法を使うとはね。あの男、結構な年だし、小金をめて引退した冒険者あがりなのか?

 取り残されたジーナは路上に散らばったものをかき集め始める。

 ティアナはランプを持って近寄り手元を照らしてやっていた。何か言いかけるがジーナは黙って作業を続ける。

「あっちにも何か落ちてるな」

 淡い光の輪の外を指し示してやるとジーナが拾い上げた。

「さすが夜目がきくんだね」

 ジーナは大きな袋に拾い上げたものを詰めこみ始める。

「どういうことなんだ? さすがに横暴だと思うんだが」

「まあね。さっきの男はさ、ゾーイの叔父さんらしいんだ。私もついさっき知ったんだけどさ」

「ああ。あの前衛三人組の一人か。今日恥をかかされたことに対する嫌がらせってわけだ」

「そういうことみたい」

「それでどうするんだ?」

「どこかの軒下でも借りるわ。明日になって門が開いたら別の町に行くつもり。それじゃ、ありがとう」

 ジーナは袋を引きずりながら歩き始める。

「あのっ」

 ティアナの声にジーナは振り返った。

「もし、よかったら、うちに……、ご主人様の家に来ませんか?」

「え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る