第26話 聖騎士ゼークトの追想②

 色々と良い方向への変化もあった一方で、ハリスが頑固なのも相変わらずだった。

 そろそろスカウトとしては盛りを過ぎてくるのだから、王国の兵士になれと言ったのに聞く耳を持たない。はっきりと理由を言わないがスカウトという職に並々ならぬこだわりを持っている。

 このところ、悪事を働く同業者のせいで肩身の狭い思いをしているのは間違いないはずなのに頑として転職しようとしなかった。

 そして、そうでなくてもロクデナシとの評判をたてられているのにノルンの町から動こうともしない。

 そろそろ、ハリスのこのあたりの事情を探るときがきたようだ。後でギルドに顔を出してギルド長サマード殿に挨拶がてら探りを入れてみよう。

 ハリスが人の意見に流されないのは厄介な性格だとは思うものの、これはあの男のいいところでもあって評価が難しい。

 俺が騎士の資格を得て冒険者を辞めたいと漏らしたときに、その当時組んでいたパーティメンバーで不平めいたことを唯一言わなかったのがハリスだ。

 もうずいぶん昔のことだが、その時の会話をまだはっきりと覚えている。


「なあ、ゼークト。目指す夢があって、それに手が届きそうなときは迷わずつかめ。チャンスは人生で一度あるかないかだ。俺たちに遠慮してどうする。あの時、ああしておけばよかったと悔いながら生きるのはつらいぞ」

 酒場の隅の席で目に暗い情念を浮かべてハリスは言い切った。正規の教育を受けているようには見えなかったが、ハリスは時々鋭いことを言う。

 あの時もそうだった。

 義理と己の夢を天秤てんびんにかけて揺れていた俺の背中をあいつは蹴とばしたのだ。

 その言葉をみしめながら、なんとなく気恥ずかしさから俺はあいつに問うた。

「他人のことはそう言うが、じゃあ、お前の夢はなんなんだ?」

「二十歳を過ぎて夢なんてそう簡単に口に出せるか。そんなこと臆面おくめんもなく言える神経が信じられねえよ」

「なんだと?」

「そんなみっともない真似してるんだ。だったらせめて実現しろよ。見事に聖騎士になってみせろ」


 そして、俺は未練を断ち切って騎士としての道を歩み始めた。

 俺は今まで以上に忙しくなったがそれでもハリスとは年に数回は顔を合わせる付き合いを続けた。

 騎士は地位が高いとはいえ所詮しょせんはただの人間だ。醜い感情を抱く者もいるし、笑顔の裏に毒を隠し持つやからもいる。むしろ権限や名誉を伴うだけに冒険者よりもそねみは強い。

 ハリスと会うときだけはそういうことを忘れて話ができた。

 月日は流れ、三年前に女でしくじって以降、ハリスは急速に自堕落な生活を送るようになる。

 そんな折に俺はついに聖騎士の座を射止めた。苦境にあるあいつに成功を告げるのを躊躇ちゅうちょした俺の心配をハリスはいとも簡単に吹き飛ばす。

 青黒い顔にほんのわずかだが笑みを浮かべてハリスは短く言った。

「よかったなあ」


 聖騎士となってから俺の生活は一変する。多くの人間が様々な思惑で近づいてくるようになった。

 阿諛追従あゆついしょう権謀術数けんぼうじゅっすうが渦巻く世界の扉が開かれたのだ。優秀な副官がいなければ窮地に陥っていたかもしれない。

 多くの人が面会を求めるようになった一方で、ハリスが俺を訪ねてくることはなくなった。

 実は何か不満があるのか? 戸惑いを覚えていたが、ハリスが何を考えているかを副官が謎解きしてくれた。

「群がってくる虎狼ころうの同類と見られたくないのでしょう。それにゼークト様に迷惑をかけたくもないとも」

「意味が分からん。あいつが俺に迷惑をかけることなどあるわけない」

「ご友人はスカウトなのでしょう? それに悪評もある。ゼークト様のあらを探す者に非難の材料を与えたくないのだと思われます」

「くだらんな」

「はい。ただ、そのお心遣いを無になさいますな。必要とあらば、ゼークト様がお訪ねになればよいことです」


 聖騎士となってからはますます多忙を極める。

 この地位になって初めて見えるようになったが、王国の裏側では問題が山積していたのだ。今回の使いの件もなんとか首の皮一枚でつながっているような状況だ。

 王国の西部に棲息せいそくする古代竜の生き残りである神龍王。その幼い姫龍が姿を消して久しい。

 神龍王は我々が関与したと疑っており、我々との共存協約の破棄に言及していた。なんとかなだめているものの交渉は綱渡りが続いている。

 ハリスの奴にいきなり任務の中身を指摘されたときは、何気ない風を装うのに苦労したな。本当に鋭い野郎だ。まったく油断ができない。

 緊張と隣り合わせの任務への責任からくる重圧はハリスの元気そうな姿が振り払ってくれた。やはり気心知れた友はいい。

 俺はノルンの役場の前で馬を下り、友の頼みをこなすため頑丈な扉を押した。

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