第15話 変化する生活⑦
ティアナは鏡の前まで歩いていく。顔を左右に振って、鏡の中の自分を確認し始める。
ボックおやじが小さな声でささやいた。
「おい、ハリス。あんな娘を買うだけの金をよく持ってたな。少々痩せすぎだが、おいそれと手が出る金額じゃなかったろう?」
「いい稼ぎの仕事があってな」
「そうは言っても、金貨十枚は下るまい?」
俺は肩をすくめてみせる。
「それに、随分と親切にしてやってるらしいじゃないか。まるで聖騎士様のようだって朝から
「ああ、そうかい」
「他でもない俺とあんたの仲だろ。どういうことか教えろよ。どうせ下心があるんだろ? もう手を出したのか?」
「ほっとけ」
ティアナが戻ってきたので俺たちは口をつぐむ。
「ご主人様。あの、これは?」
「気に入らないか?」
「いえ。とっても素敵です。でも、私なんかにこんな高価なものを……」
「お前が気に入ったならそれでいい。ボック、世話になったな」
店を出るとティアナがそれこそ地面につかんばかりに頭を下げた。
「ありがとうございます。大切にします」
「ああ」
ティアナは浮き浮きとした表情で俺の斜め後ろを跳ねるように歩く。
足を動かすたびにイヤリングが揺れて青い光を放つのが視界の端に映った。
家に帰るとティアナに、最優先で自分の服をひと揃い作るように言いつける。
「今着ている服とエイリアさんにもらったものだけじゃ不便だろ。まさか俺の服を着て買い物に行くわけにもいくまい?」
「はい。分かりました」
◇ ◇ ◇
二日がかりでできた貫頭衣はなんとも言えない代物だった。
裁断は悪くないのだが、縫製はしっちゃかめっちゃか。
糸を何度も通したところもあれば、小指の先ほどの長さで縫われていないところもある。
ティアナの指先は針で刺した跡がいっぱいできていた。
「確かに、あまり針仕事は得意ではなかったな」
「はい……」
ティアナはしょんぼりとする。
言ってしまってからしまったと思ったが手遅れだ。
俺は正直それほど気に病むことはないと思うのだが、一般的に年頃の女性の基本的な技術として、針仕事の良し悪しが問われるのは確かだった。
お嫁にもらう際の第一条件にしている家も多かったりする。
俯いてしまったティアナは見るからに元気がない。
今さら結構上手じゃないかと言っても
頭を絞った俺は、いいアイデアを思いついた。
「じゃあ、次は俺の下着でも作ってもらおうか」
「ご主人様のものを?」
「そうだ。今はいてるのは結構古いからな。生地がちょっと薄れてる。
「私が作ったのでいいのですか?」
「俺に自分で作れと言うのか?」
「いえ……」
ティアナは顔を上げると表情を引き締めた。
「精いっぱい頑張ります」
◇ ◇ ◇
四日ほどかけて出来上がった下着を持って、すっ飛んでやってきたティアナは、期待を込めた目で俺を見る。
前後にひっくり返して観察した。
うん、まあ成長のあとは見える。
「なかなかいい出来じゃないか」
褒めたが反応が薄い。
もうちょっとオーバーに言うべきだったかと思っていると、俺の顔を見上げながら言った。
「今すぐ試してはいただけないのですか?」
「あ、うん。じゃあ」
別室に行こうとする俺を止める。
「ここでどうぞ」
「いや。さすがに人前で下着ははき替えないだろ」
「どうしてですか?」
「そりゃ、あまり下着を脱いだところを人に見せるものじゃないよな」
「この間、お背中流すときは気にされなかったじゃないですか?」
何一つ疑わぬ顔で詰め寄るティアナの勢いに俺はたじたじとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます