第14話 変化する生活⑥

 まだ日が昇る前からティアナは起きだした。

 そっとベッドから滑り降りるとしばらくじっとしている。

 俺は眠っているふりをしていたが、ほおに視線を感じていた。

 やがて、ティアナは足音をころして部屋を出ていく。

 ベッドに残るぬくもりと匂いに包まれて二度寝し、目を覚ましたときには、家の中に食事の香りが漂っていた。

 一人暮らしだと、夜遅くまで飲んで寝るので朝食は取らないことが多い。正直、支度が面倒だった。

 しかし、俺の起床に合わせて食事が用意されているとなれば別だ。

 温かい食事が出てくるのはありがたい。

 穀物を乳で煮たかゆを頂く。好みからすると少々薄味だったが、体が目覚める感じがした。

 食事が終わるとティアナはすぐにくるくると働き始める。

 今日もよく晴れているせいで、洗濯していたティアナの服も早くに乾いた。

 着替えさせてから、買い物に出かける。

 服を買ってやると言ったら、頑強に贅沢ぜいたくだと言い張るので、布地と糸と針をひと揃い買った。

 その買い物中になんだか違和感を感じていたが、その原因にはたと思い当たる。

 町の住人の態度が変わっているのだ。

 今までは俺を見て目を背ける者が多かったし、店のあるじたちも必要最小限のことしか言わないのが通例だった。

 今日は違う。

 ティアナが丁寧にあいさつをしているせいもあるのだろうが、俺にも世間話をしてくるのだ。

 ついでに服を一枚売りつけられる。

「古着なんだけど一回袖に手を通したきりなんでほぼ新品だよ。どこぞのお嬢さんの持ち物だったらしいんだ。なかなか着こなしが難しいけど、この子なら着られそうなんだけどねえ。一着ぐらいちゃんとした服を買っておやりよ。お安くしとくからさ」

 そうやって勧められた服は染色してあって袖や襟元などにも装飾がある。

 素早くティアナの様子を確認したら、一瞬だけ目を輝かせたがすぐに関心なさそうな表情を取り繕っていた。

 遠慮しまくっていたが、その服を持たせて衝立の向こうに追いやる。

 着替えるように厳命するとごそごそ始めた。

 なんだかんだ言って着てみればまんざらでもないらしい。

 衝立の向こうから出てきて、恥じらいながらもクルリと一周して見せる姿はとても可愛かわいかった。店の主人がお追従を言い、ティアナは固辞しようとする。

 少しめた。

 最後は「俺の金だ」のセリフで代金を払ってしまう。

 その後に買い物をした食料品店の女主人はティアナの服をとても似合っていると褒めた。

 そして、頼んでもいない果物を無料でくれる。

「これ。ちょっと傷があるけど、味は保証するからさ。あの子に食べさせておやりよ。肌がきれいになるっていうんだ」

 タダで物をもらうという経験は新鮮だった。

「ああ。ありがとう」

「本当にいい子だね。健気けなげで。見ているだけで応援したくなるよ」


 ボックおやじの店に寄ると人の悪い笑みを浮かべる。

「いやあ。お前さんがアクセサリーの修理を頼むからどういう料簡りょうけんかと思っていたが、そういうことか」

 料簡も何も、単にこんな田舎で売るよりも王都で売った方が三割がた高く売れるだろうと計算しただけなんだがな。

「うん。お前さんにしちゃいい趣味だ。お嬢ちゃん、ちょっと耳を出してくれないか」

 ティアナは俺を振り返る。

 面倒になった俺がおざなりにうなずくと言われた通りに肩までかかる髪をかきあげた。

 ボックおやじが両方の耳にイヤリングをつけてやり、部屋の隅にある大きな鏡を指さした。

「よく似合ってるぞ。自分でも見てみるといい」

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