第12話 変化する生活④

「それじゃあ、行ってまいります」

 部屋の隅に転がしてあったかごに洗いたての布を敷くとティアナは元気に出ていった。

 俺は手早く戸締まりをすると、裏通りを通って先回りをする。

 なんといっても道には詳しいし、こういった隠密行動はお手のものだ。


  ◇  ◇  ◇


 脇道沿いの暗がりに身を潜めているとティアナが店にやってくる。

 最初はぎこちなかったがすぐに店のおかみさんと打ち解けて話を始めた。

「私ですか? 名前はティアナです。ハリス様にお仕えしています」

「あの目つきの良くない? 上小路に住んでていっつもぶらぶらしている?」

 風向きで声が大きくなったり、小さくなったりしていた。

「私にはとっても優しい方なんですよ。私は前は傷だらけだったんですけど、神官のお友達に頼んで治してくれました」

「あの飲んだくれに神官の友達がいるって?」

「ぶらぶらしているように見えるのも、気を張り詰めた仕事をしているからです。だから、家にいるときはその分のんびりしているだけじゃないでしょうか。きっとそうです」

「信じられないね」

「私がオークに襲われたときも助けてくれたんですよ。あっという間に倒しちゃって。カッコよかったです」

「ふーん。そうなのかい。まあ、お嬢ちゃんがそう言うなら、あたしの思い違いなんだろうね。そうそう。魚だったね。マスなんかどうだい。脂がのっていて食べごろだよ」

「じゃあ、それください」


 ティアナが店を出たところで、俺の隣に住むオーディばばあと出会った。

「お前さんは隣に越してきた娘さんだね」

「あ。ハリス様のお隣の方ですか?」

「ああそうさ。オーディっていうんだ。まあ隣のよしみだ。何か困ったことがあったら遠路なく言うがいい。あの不愛想な男の相手じゃ大変じゃろう」

「よろしくお願いします。ハリス様はいい方ですし、特に困ったことはないですけど」

「あの男がか?」

「はい。食事もちゃんとさせてもらえるし……」

 こんな調子で、出会った相手に対してティアナは俺のことをめまくっていた。

 思わずケツの穴がむずがゆくなるほどだ。

 最初は半信半疑だった町の連中も最後は、ああそうかいと答えていた。悪い気はしない。

 ティアナが家に足を向けると、俺は走って家に帰ってソファでだらりとした姿勢で迎えた。


 店で食うような派手さはないが、まさに家庭料理といった風情の味を堪能する。

 旨いと褒めるとティアナは相変わらず耳の付け目まで真っ赤になっていた。

 いえ、そんな、とか恥ずかしがりながらもうれしそうにしている。

 俺に多く盛りつけようとするので、ティアナもたっぷり食べるように言いつけた。

 遠慮はしていたものの、育ち盛りのせいか最後は大人しく自分の皿にもよそってしっかりと食べている。

 俺が食後に蒸留酒をすすっていると、後片付けを済ましたティアナがやってきた。

「もうご用はありませんか?」

「ああ、うん。特にないかな。長旅で疲れてるし、あとは寝るだけだ」

「はい、分かりました。それでは私もお休みさせていただきます」

 頭を下げるとティアナは台所に戻っていく。

 なかなか戻ってこないので様子を見に行くと、台所の隅にわらを敷き詰めた上に横になっていた。

「何してるんだ?」

 ティアナは目をぱちっと開けると飛び起きる。

「申し訳ありません。なにかまだご用がありましたでしょうか?」

「いや、そうじゃなくて。そんなところじゃなくてベッドで寝ればいいだろ」

 昔、ほんの一時期だけ一緒に暮らしていた女がいたときに買ったので、俺のベッドは一人で寝るには不釣り合いな大きさだった。

「いえ、そんな。私は……。それに、ご主人様は、汚れた服でシーツに上がるのはお好きでないのかと……」

 ティアナは自分の服装のあちこちに目を走らせていた。

 確かに神殿でエイリアに着替えさせてもらったという服は、旅の汚れが少々目立つ。

「体を拭いて着替えりゃ……。ああ、替えの服がないんだったな」

 俺はうっかりしていたことに気がついた。

「気がつかなくて俺が悪かった。さっき、夕食の買い出しの時にもう少し金を持たせて、お前の服を買わせればよかったな」

「ご主人様。私などにそんな余計なお金を使わなくても」

 ティアナは力いっぱい細い腕を突き出し両手を振っている。

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