第11話 変化する生活③

 さすがに日のあるうちに中庭でコトに及べるほど肝が太くない。

 きっと、隣に丸聞こえだろうし、後で隣のばばあに何を言われるか知れたもんじゃなかった。

 振り返れば、後ろの衝立の手前に小さな台が置いてある。

 俺の着替えがひとそろい。

 いずれもお日様の匂いがして快適だった。

 袖を通して外に出るとティアナがやってきて、後片付けを始める。

「鎧は俺が自分で手入れする」

「分かりました。では、こちらに置いておきます。お背中うまく流せたでしょうか。神殿でエイリア様に洗っていただいて、とても気持ち良かったんです。ご主人様にもして差し上げたくて」

「……ああ」

 ちきしょう。

 俺もエイリアに体を洗ってもらいたい。というか、洗いあいをしたい。

 相手がエイリアだったら俺は抑えがきかなかっただろう。

 ゆるやかな服では隠し切れないあの色気。

 すけべな妄想をしていると、エイリアの凛々りりしい姿の記憶が割って入る。

 この間の冒険ではメイスで死霊の頭を吹っ飛ばしてたっけ。

 とたんに冷水を浴びせられたような気分になった。

 妄想から覚める。

 塗りのげ落ちた庭のベンチに座っている俺をティアナが不思議そうに見ていた。

「ご主人様。お顔の色が悪いようですが、大丈夫ですか」

「ああ。うん。先日ダンジョンに潜ったときのことを思い出してね」

 ティアナがすぐそばに来て、キラキラした目で俺のことを見る。

「ご主人様はすごいですよね。この間もオークをあっという間に倒してしまったし、ダンジョンで冒険をするなんて。危険がいっぱいなんですよね?」

「まあな。オークなんかは一番下っ端のようなもんだからな。他にも怖いモンスターはいっぱいいる」

 ティアナは見開いた目をくりくりさせて驚く。

「モンスターも怖いが、ダンジョンには危険なわなもあるんだ。一瞬で遠くに飛ばされたり、毒ガスが出てきたり、警報が鳴って化け物を呼び寄せたりな。宝箱だって気を抜いて開けたらドカンだ」

 急に大きな声を出したせいで、ティアナはびくっとする。

 しかし、すぐにくすりと笑った。

「私ったら、こんなことで怖がってしまって。ご主人様なんかもっと恐ろしいことを体験しているはずなのに。ダンジョンはとても危険な場所なんですね」

「まあ、俺はそういう罠を見破ったり、解除するのが得意なんだよ。手先が器用なのかもな」

「きっとそうですよ。私なんか不器用で」

「そんなことはないだろう。料理もうまかったじゃないか」

「でも。私、お裁縫が下手で……。いつもそれで怒られてました」

 悲しそうな顔をしてうつむくティアナ。とつとつと以前の暮らしぶりの話を始める。なかなか生活環境は厳しかったようだ。

 ぽたりと地面に水滴が落ちる。

 あーあ、そんなに泣くほどのことか?

 いや。その結果、奴隷として売られたとすれば、胸にあふれるものがあるのも無理はない。

 俺は立ち上がるとティアナをそっと抱きしめた。ティアナは少し体をこわばらせる。

 仕事をして汗ばんでいるはずなのに、うっすらといい香りがした。

 ただ、肌に年相応の張りはないしカサついている。

 うーん。まだしばらくはかかりそうだな。


 ティアナは鼻をひとすすりすると顔を上げた。

 そっと俺の体を押しやると無理に笑顔を作る。

「みっともない姿をすいません。繕いものが下手でも怒らないでくださいね」

「ああ」

 ティアナは「あっ」という声を出す。

「夕飯の支度をしなくては。ご主人様、何か召し上がりたいものはありますか?」

「そうだな。何か魚が食べたいな」

「分かりました。それでは買い物に行ってきてよろしいでしょうか?」

 俺はちょっとだけ考えた。俺を油断させておいて逃げる可能性もある。

 先ほど抱きしめたときに、俺の気持ちを見透かされたかもしれない。

 いつまでもここにいるといずれ俺にハグされるだけじゃ済まないと気づいたか?

 まあ、様子を見よう。

 とりあえず、銅貨と小銅貨が数枚入った袋を渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る