第10話 変化する生活②

 さじを添えて俺の前に置くと手を胸の前で組み合わせて俺の方を観察している。

 期待の視線に押されるように匙でボウルの中身を口に運んだ。

うまい。どこからこんな食材を?」

「ここまでの旅で残った乾燥肉を庭の香草と、やっぱり庭に植えてあった根菜と一緒に煮たのですが、使ったらいけなかったでしょうか?」

 自分の家の庭には雑草しか生えていないと思っていた。

「いや。感心していただけだ」

 あの塩辛いだけでクソ硬い乾燥肉がこんなに柔らかくなるとは思いもよらない。

「ティアナは料理が上手なんだな」

 真っ赤になったティアナはエプロンを持ち上げて顔を隠してしまう。

 あのエプロンはどこから引っ張り出したんだろう?

「そんなところに立ってないで、お前も席について食べないのか?」

 エプロンをちょっとだけ下げたティアナが目を丸くしていた。

「お前も腹が減っているだろう?」

「私がご主人様と一緒の席につくなど、そんなことできません」

「俺がいいと言ってるんだ。ああ、ついでにお代わりを頼む」


 楽しく食事を終えると、ティアナは謎のスースーする香りのある飲み物を入れて運んでくる。

「お肉料理の後に飲むと口の中がさっぱりします。どうぞ」

 確かに口に含むと、ちょっと臭みのあった肉のにおいを消して爽やかな気分にさせてくれた。

 旅の疲れが出て俺がソファでウトウトしている間にも、ティアナのこまごまと立ち働いている気配がする。

 遠慮がちな声で目を覚ました。

「ご主人様、ベッドの支度ができました。そちらでお休みになられては?」

 しまった。

 ばっと跳ね起き寝室に駆け込んで中を見回した。

 ベッドに洗いたてのシーツがセットされている。

 手前に置いてあるローチェストに近づき取っ手を引いた。ガチャという音がして引っかかり、引き出しは開かない。

 ふう。危ないところだった。

 一人暮らしが長いので、チェストに施錠してあったか記憶があいまいだったが、習慣的にちゃんと処置していたようだ。

 この中のものは他人に見られると面倒なことになる。

 奴隷が主人の非行を訴え出た場合はどうなるんだったか?

 るいは奴隷にも及ぶはずなのだが、用心するに越したことはなかった。

 振り返ると、ティアナが驚きながらおずおずと部屋の中をのぞき込んでいる。

「あの……」

「このチェストには手を触れるな」

 はいと返事をしつつティアナは首をガクガクと振る。少しおびえが見て取れた。

「ほ、他に気をつけることはありますか?」

 震える声でいてくる。

 寝起きで慌てすぎたようだ。

 両手で顔をこすって表情を直してから、いくつか注意事項を説明した。

 ティアナは真剣な顔で聞いている。

 話し終えると俺の顔色をうかがってきた。

 先ほどの話を思い出し、きれいに整えられたベッドを見る。

 いつもなら気にしないが旅塵りょじんにまみれた体を横たえるにはもったいなかった。

「ああ。ベッドで休むという話だったな。体をまだきれいにしていないから後にするよ」

「では、湯あみをなさいますか。すぐに支度をしますね」

 すぐに、中庭の衝立ついたてで四方を囲ってあるところに湯気をあげるたらいを準備して俺を呼ぶ。

 海綿で石鹸せっけんを泡立てたものも用意してあった。

 俺は衝立のなかに入るとよろいと衣服を脱ぎ捨てて体を洗った。

 ティアナを呼びつけて背中を流すように言いつけるか逡巡しゅんじゅんする。すると小さな声が聞こえた。

「失礼します。お背中お流ししますね」

 海綿が背中に優しく触れる。

 ティアナは背骨に沿った線を中心に熱心にこすり始めた。


 俺は我慢をする。

 もう少しで振り返ってティアナを抱き寄せるところだった。

「ああ。ありがとう。もういいよ」

 声をかけるとティアナは衝立の外に出ていく。

 ふう。

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