第7話 酩酊の果ての出会い⑦

 不安視していたがティアナは意外と健脚だった。

「ご主人様のお陰で、足を治していただけたので歩きやすいです」

 感謝の眼差まなざしで歌うように言う。

 まだ初対面の他人に対しては怯えてうまく話せないこともあるが、俺に対しては鈴の音のような声を出していた。

「ご主人様がされている冒険者ってどんなことをするんですか?」

「そうだな。有料で探し物をしたり、大事な手紙や物を運んだり、料金が折り合えばなんでもする」

「そうなんですか。なんでもできるなんて凄いですね。武器を持っているってことは?」

「ああ。戦うこともある。俺はそっちは得意じゃないけどな」

 特に面白味のない街道だが話し相手がいるだけで退屈せずに済む。

 ただ、いくら健脚とはいえ子供の足なので、俺一人の時に比べればどうしても旅程をこなすのに時間を要した。

 野宿をしながら七日ほどで、一番の難所にさしかかる。

 遠回りになる主街道を避けて、山越えの裏道を通ったのが災いした。

 豚のような顔をしたオークが三体ほど、道を歩く俺たちを見つけ後ろから襲いかかってくる。

 こいつらがダンジョンから遠く離れてほっつき歩くのは珍しい。まだ知られていない小規模ダンジョンの入り口が近くにできたのかもしれないな。

 ダンジョンの中でもなければ俺がこんな奴らに襲われることは滅多になかった。

 あいつらのなけなしの知性でも、俺が獲物としての利益が少ないというのは分かるらしい。

 なのになぜ俺をという疑問はすぐに氷解する。狙いはティアナだった。

 オークという奴らはどういうわけかは知らないが他種族の女を犯して繁殖する。田舎の方では村が襲われて女が連れ去られ帰ってこないという事件がたまに起きるらしい。

 横を見るとティアナが真っ青になりガタガタと震えていた。

 どうやらオークとその所業について聞いたことがあるようだ。

 俺はティアナの手を引くと坂道を登って走った。この先は切り通しになっており、人ひとりが通れるのがやっとの場所がある。

 そこならオークも一体ずつしか襲ってこられないはずだ。

 ティアナをきたてていきながら、振り返るとオークがよだれを垂らしながらひどい形相で追いすがってきていた。

「ご、ご主人様。このままじゃ追いつかれます。私を置いていってください」

 ティアナはあえぎながら声を絞り出す。

 山道をひどい形相で走ってくるオークを見て、ティアナは俺を切り通し側に押しやろうとした。

 俺を肉塊に変えてその横で性の供宴を楽しむつもりなのだろうか、オークの腰布が醜く押し上げられている。

「馬鹿なことを言うな。お前、捕まったらどんな目にあうか分かっているのか?」

「でも、ご主人様が殺されてしまいます。ご恩をお返しできていないのが心残りですが、早く逃げてっ!」

 か弱い腕で俺を押しやろうとしながら涙声になっていた。

 ティアナの必死の願いも空しく、オークたちがやってくる。

「グフフ。ハヤクばラシテ、ヤロウぜ」

「チビっこいオンな。たのシみ」

 なまりのきつい言葉で勝手なことを言うオークたちに震えているティアナの手をそっとトントンとたたく。

 俺はかばうように前に出た。


  ◇幕間 売れ残りの奴隷ティアナ◇


 周囲には色とりどりの明かりがともり、そこかしこがにぎやかな喧騒けんそうに包まれていた。楽しそうな笑い声、美味おいしそうな食べ物の匂い。

 すぐ近くのことなのに私には別世界のことと変わらない。

 ぐううと私のお腹が鳴った。

 砂混じりの半分腐った野菜入りの薄いスープを最後に口にしたのはいつだろう。

 もう、この世に未練はない。だけど、もう一度でいいからお腹いっぱい食べたかったな。

 首輪につけられた鎖が重く、自然と首が下を向いてしまう。

 髪の毛をぐいとつかまれて上を向かされた。

「おい。お客様に顔を見せろって言ってんだろ」

 ぼんやりと視線を向けた先には着飾った複数の男女がいた。

 私を見て顔をしかめたり、地面につばを吐いたりしている男。視線を背ける女もいる。

 だけど、私を買おうと手を挙げる者なんて誰もいない。

 左右を見ても、くいにはもう誰もつながれていなかった。

 そっか。また、私だけ残っちゃったんだ。

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