第6話 酩酊の果ての出会い⑥

 俺は立ち上がると建物を出て、神殿の敷地を抜けて町に出る。

 まだ日が高いので、日持ちのする食料などを買い込むと家路につくことにした。

 二人分だとそこそこの量と重さになる。

 私が持ちますというティアナを制止した。どうみても足弱なのに荷物を持ったら、ますます歩く距離を稼げなくなって困ることになるだけだ。

 旅の支度の仕上げに酒場に寄る。

 ティアナの治療費が浮いたのでまだ懐具合に余裕があった。

 帰り道は酒が飲めないだろうと思っていたが、手持ちの容器に入れるぐらいなら金の心配はいらなそうだ。

 携帯容器に入る量の蒸留酒を量り売りしてもらった。

 容器を預けて酒を詰めてもらっている間にカウンターのところで待つ。

 ついでということでエールを一杯だけもらい、ティアナにはミルクを頼んでやった。

 通りがかりの給仕が運んでいた熱々の溶けたチーズの乗ったパンに興味津々という様子だったのでそれも注文する。

 どうも頼んだ蒸留酒はあまり注文がない種類だったようで、探すのに時間がかかるらしい。パンの方が先に出てきた。

 カウンターの上に置かれたパンをティアナはじっと見ている。

 それこそ穴が開くように凝視する様はいじらしい。俺なら後先考えずに食っちまうけどな。

「熱いうちに食えよ」

「でも、これはご主人様の分では?」

「お前が食べたそうにしてたから頼んだんだ。つまらん遠慮をするな。さっきから喉が鳴っているぞ」

 からかうと真っ赤になった。

 チラチラとパンと俺を見比べていてらちがあきそうにない。端を少しちぎって食べ、残りはティアナに渡した。

 俺が口にした後ということに納得したのか、ティアナは反対側からパンを一口分取って食べる。

 その小さな一切れをあっという間に食べてしまい、目線は皿の上の残りに釘付くぎづけだった。

 残りは全部食べてよいと言ってやると、ティアナはチミチミと口にパンを運ぶ。その様子は久しぶりに餌にありついた迷子の子犬のようだった。

 以前出会った物知りに乳とチーズは成長にいいと聞いたことがある。

 痩せこけたティアナの体にエイリアのようなめりはりがつくといいんだが、そう思いながら残りのエールを飲み干した。

「ごちそうさまでした」

 パンを食べ終えたティアナが満ち足りた表情で頭を下げる。

 顔を上げると俺の背後に視線を向けて小首をかしげた。

 振り返ってみると、いかにも金を持っていそうな男がテーブルの上に豪勢な料理を並べて酒を飲んでいる。

 服装からするとどこぞの大商人だろう。金に飽かした派手な衣装と下品な装飾品をこれ見よがしに身につけている。

 すぐ後ろには若い女が控えていた。

 ティアナはその女の顔を見ている。

 女は幅の広いチョーカーをしていたが、男の杯に陶器製のデカンタから酒をごうとして俯いたときに首輪がチラリと見えた。

 なるほど。どうやらティアナを売った奴隷商のところにいた顔見知りらしい。

 男は料理を残したままテーブルに代金を置くと、ゆったりとした足取りで店を出ていく。

 他人事ひとごとながら、あんなに食べ残しているのは感心できない。

 女はテーブルの上の料理に視線をさまよわせた。

「何をしている。このグズめ」

 男のとげのある声に女はデカンタをテーブルの上に置き、物欲しそうな目をしたまま男を追いかけていった。

 ようやく俺の携帯容器が戻ってきたので栓を開けて一口だけ含む。

 ちょっとクセのある酒が舌を焼いた。混ぜ物をしたり、量を偽ったりはしていない。

 背負い袋に容器をしまい店を出る。

 少し離れた場所に止まっている馬車を前にして先ほどの男が女の頬を打った。

 人の往来があるにもかかわらず、その音は高く響き、ティアナは首をすくめる。

 力で上下関係を分からせようという行動だろうということは理解できるが、あまり共感はできなかった。

 俺は視線を女から外すとティアナに呼びかける。

「それじゃ行くぞ」

「はい。ご主人様」

 表情を改め、ほっとした顔でティアナは歩きだす。

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