第5話 酩酊の果ての出会い⑤

 ティアナはエイリアのことを一歩も引かない気構えでにらんでいる。

 数瞬後、エイリアは神妙な顔でゆっくりと頭を下げた。

「ハリスさん、誤解から大変失礼なことを申し上げたことはおびします」

 エイリアはティアナに向き直る。

「これでいいかしら?」

「……はい」

「こちらの対応は私がします。後は任せて」

 受付の神官は次の来訪者の相手をするために去っていった。


「神に仕える身ながらあのような暴言、許されることではありません。お詫びのしるしに、ティアナさんの治療は私が責任をもってさせていただきます。もちろん、喜捨も結構ですわ。人を見かけや職業で判断してはいけないという戒めを再認識させていただいた感謝の気持ちです」

 あっけに取られている俺をよそに、エイリアはティアナに手を差し出した。

「さあ、こちらにいらっしゃい。治療の前に湯あみもした方がいいわ」

 手を引いて歩きだしたエイリアは俺に向かって言った。

「礼拝堂を見学なさっていてください。それほど時間はかかりませんから」


  ◇  ◇  ◇


 神になぞ興味ない俺がベンチでぼーっとしていると、エイリアがティアナをつれてやってきた。

 洗いざらしだがちゃんとした服を着ている。

 窓から差し込む一条の光を浴びて明るい茶色の髪の毛がキラリとした。

 あいかわらず痩せこけていたが、いい匂いを漂わせており、指先もきれいになっている。そして、足も引きずっていなかった。

 信者のための食堂に案内されて、飲み物を出してもらった。

 エイリアは慈愛に満ちた目で、両手でコップを抱えるティアナを見ている。

 俺の許可を得てティアナが席を外すと、エイリアが声を潜めて語りかけてきた。

「あの子、今まで随分と苦労してきたみたいです。大事にしてあげてくださいね」

「……ああ」

「あの子は他にも兄弟がいたのに両親に一人だけ選ばれて売られたそうです。あ、実父は亡くなってるので継父だそうですが、その継父に役立たずの穀潰ごくつぶしだからって言われたと。治療魔法をかけてぼんやりしているときに話してくれました。それで自棄やけを起こしていたんです。可哀かわいそうに……」

 エイリアはひそめていた眉を開く。

「でもハリスさんはすごいです。そんなあの子の心をこんなに早く開くなんて。すっかり、あなたのことを信頼しています。今まで生きてきてつらいことばかりだったけど、これで報われますって」

 エイリアの目に光る涙を見ながら、俺は盛大な勘違いをしている神官をぼんやりと眺めていた。今日は勘違いの特売日か?

 俺の両手がエイリアの柔らかな手に包まれる。

「こんなに素晴らしい方だと気づかぬとは、私の目は曇っていました。鍵開けや罠よけの技を使う方にも善人はいるのですね」

 エイリアはローブの合わせから胸元に手を入れると薄い金属製の小さなプレートを取り出して俺に渡す。

 肌のぬくもりを感じるプレートには複雑な紋章と神聖文字が刻まれていた。

「これは友の会のあかしです。こちらをお持ちいただければ、どこの神殿でも治療が受けられます。ここにハリスさんとティアナさんの名前を入れさせてもらいました」

「どうも」

 突然のことに、俺はやっとのことで声を出す。

「そうそう。頬の傷は今はまだ残ってますけど、いずれ薄くなって消えます。だから、再度の治療は必要ないですからね。肌も荒れたままですが、若いのでひと月もすればきれいになるはずです。魔法をかけすぎて反動がでても困るでしょう?」

 相槌あいづちを打つ俺に横から声がかかる。

「ご主人様。お待たせして申し訳ありません」

 戻ってきたティアナが頭を下げた。

 今朝見た姿からは同一人物とは思えないほど小ぎれいな姿になっていることを改めて認識する。

 エイリアって俺が思っている以上に高位の神官なのかもしれない。

 エイリアは立ち上がると頭を下げる。

「勤めがありますので、こちらで失礼いたします。あなた方に神の恩寵おんちょうがあらんことを」

 祝福の言葉を残してエイリアは立ち去った。

 俺は無料治療のプレートを注意深くしまう。

 腕や脚が取れるほどの重傷は別だが、所有者のたいていの傷や毒をただで治すことを保証するプレートはそう簡単に手に入るものじゃない。

 金であがなおうとすると金貨百枚ほどかかるということを聞いた人がいるという程度で、半ば伝説の品めいた代物だった。

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