第4話 酩酊の果ての出会い④

 俺は結局、少女を買い取ってもらうのを諦める。

 本気かどうかは分からないが、オーガの餌になるとか聞かされているのに返品するというのも寝覚めが悪くなりそうだ。

 この世のガキすべてを救う器量は俺にはないが、面と向かって言われたことを忘れられるほど精神も太くない。

 なんといっても引き取りの値段が安すぎる。それに意外と顔立ちが悪くないことで思い直したのだった。

 汚い布切れを巻き付けた姿は路上暮らしの孤児並みのひどさだったが、磨けば何とかなるかもしれない。それに相手は奴隷だ。俺の好きにできる。

 金貨で支払いをするような高級店については知らないが、経験上、娼婦が積極的に俺の相手をするわけじゃない。

 市場の床に転がる魚よろしく横たわるだけという女もいる。

 その点、奴隷なら生殺与奪を握っているし、俺の欲望の思うままだ。

 もっとも今のままでは羊を抱いている方がマシだろう。破けた服の隙間すきまから見える胸のあばらが浮いていた。

 胸の膨らみも少年と変わらない。金持ちの太った、いけ好かないガキの方が大きいくらいだ。あれじゃ楽しみようがない。

 俺が触るにしても、何かをさせるにしてもちょっとは肥えさせないとな。

 あそこも今のままじゃ潤いもくそもないだろうし。

 何も青くて不味まずいものを慌てて食わなくたって成熟するのを待てばいい。俺の物なのだから。


 つまらなそうにしていた少女は、俺が近くに行くと下からすくいあげるように顔を見てくる。

 胸の前で握り合わせた手の指の爪の剥がれた様が目に入った。

 まずはあれを何とかしなくちゃな。あんな指を目にしたら俺のがえちまう。

 神殿で少し喜捨すればあれぐらいの傷はいやしてくれるだろう。本来なら頬の傷も消したいが、古傷のようだし完全に消すには金が足りそうにない。

 とりあえず、俺は少女の名前を聞くことにした。

「お前、名前は?」

「ティアナです」

「そうか。俺はハリス。見ての通り冒険者だ」

「はい。ご主人様……とお呼びしてよろしいのでしょうか?」

「ん?」

「あの。私が気に入らなくて返品するためにこちらに来たのでは?」

「やめた。俺がティアナのあるじだ」

 とたんにティアナの表情が明るくなる。ぱっと立ち上がって頭を下げた。

「はい。ご主人様」

「ついてこい」

 俺は広場の向こう側にそびえる尖塔を目指す。


  ◇  ◇  ◇


 神殿で来意を告げた。

 受付の神官に話をしてティアナを見せると目に軽蔑の色が浮かんだ。

 言い訳するのも面倒なので、喜捨の額を聞こうとすると聞き覚えのある声がする。

「あら。ハリスさんではないですか?」

 昨日まで一緒にパーティを組んでいた神官のエイリアだった。

 遠征用の装備でなく普段の生活用のシンプルな衣服に身を包んだエイリアはより女性らしさが強調されている。

 ストロベリーブロンドの長い髪がふわりと垂れていた。

「お祝い、ご一緒すればよかったのに」

 社交辞令として適当に返事をしていると問いかけてきた。

「何かご用ですか?」

「ああ。ティアナの治療を頼みたくて」

 俺の体に隠れるようにしていたティアナの肩をつかんでエイリアの方に向ける。

「ちょっと傷がひどいんでな。治してほしい」

 頭を下げているティアナの腕を前に出させる。

「ひどい……。これハリスさんがやったのですか?」

 エイリアの声がとがる。

「逆らえない相手にこのような非道な真似を。見損ないました。やはり盗賊のような仕事をするだけのことはありますね」

 声にたっぷりと嫌悪感がにじんでいた。

 何と名乗ろうが所詮しょせんは盗賊、心根は知れたもんじゃない。

 いつも言われ慣れているセリフだ。今さらなにを思うこともない。

 とはいえ、美人に面罵めんばされると少々こたえる。気を取り直して、いくらかかるか聞こうとした俺の耳にティアナの振り絞った声が聞こえた。


「違いますっ!」


 皆の注目を集めたことに戸惑うそぶりをみせながらも、ティアナは言葉を続ける。

「ご主人様はそんなことしません。優しい方なんです。私が震えていたら自分のマントをかけてくださるし、自分では召し上がらずに私に食べ物をくださりました。これはご主人様のせいじゃありません」

 ぽかんとする受付の神官とエイリア。何よりも俺が一番驚いていた。

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