第3話 酩酊の果ての出会い③

 ようやく頭が働くようになった俺は考えを巡らす。

 どう考えてもこんなガキはお荷物だ。奴隷商を探して買い戻してもらうように頼もう。そう考えたところで、近くからきゅるきゅるという音が聞こえる。

 すぐに目の前の少女の腹が鳴ったのだと気づいた。

 少女は恥ずかしそうに顔を伏せる。

 少女を引き取らせるなら少しでも状態は良くしておく方がいい。

 さっき、背負い袋をあさったときに見つけた包みを取り出す。少し油のしみたそいつは想像通り、鶏の脚をあぶったものだった。昨日露店で買ったまま、しまっていたのだろう。

 昨日さんざん飲み食いしたので俺の腹は減っていない。

 鶏の脚の包みを少女につきつける。

「ほら、食えよ。腹減ってんだろ」

 最初は受け取ろうとしなかったが、ついに空腹に負けたのか、両手で鶏の脚をつかむとムシャムシャと食べ始める。

 俺は壁にもたれかかり、少女が唇を油で汚しながら骨までしゃぶるようにして食べる姿を眺めていた。

 ようやく起きる気になったので立ち上がり全身を伸ばす。敏捷びんしょうさが身上なのにこのていたらくが情けない。

 ひょこひょこついてくる少女を連れて、噴水のところでもう一杯水を汲んで飲む。

 マグを差し出すと少女も美味おいしそうに飲んだ。

 少し香辛料がきいた鶏肉だったので喉が渇いていたようだ。

 あまりに汚いので、せめて顔ぐらい洗うように命令する。少女はしぶしぶと水をすくって顔を洗った。

 なんどか洗ううちに肌の色になったので、布を投げて渡し、顔を拭くように言う。

 布をどけてみると意外と目鼻立ちは悪くない。

 頬がこけて血色も悪いが、昨夜ちょっかいをかけて断られた酒場の女たちよりは顔が整っている。

 ただ、洗ったせいで頬の傷が余計に目立った。

 お祭り騒ぎの名残がそこかしこに見える道をたどって、昨夜の奴隷市を探す。

 片付けと荷造りをしている最中だったが、作業中の一人を捕まえて店主を呼んでもらう。

「やっぱり要らないので引き取ってほしいですと?」

「ああ。どうも酒に酔っていたらしくてな。もちろん手数料は払うから」

 帳簿を調べていた商人はそっけなく言う。

「銀貨十枚なら引き取ります」

 俺は憤然と抗議した。

「は? それじゃ、元値の五分の一以下じゃねえか。ぼったくりもいいとこだぜ」

「そうは言われましても」

 商人は少し離れたところで座り込んで膝を抱えうつむいている少女を指さす。

「あれくらいの子供の価値は初物ってことなんで。中古品には値がつかないんでさ。奴隷を飼うにも食費もかかりますし、死ぬかもしれない。その経費込みです。本当は買い取る義理はないんですがね。さあ、どうします?」

 俺は考え込んだ。

 その間に、自分は片付けをする必要がなく暇なのか、商人は俺に世間話をしてくる。

「まあ、旦那も奇特だね。せいぜい見世物小屋のオーガの餌ぐらいにしかならないようなガキを買うんだからさ」

「餌?」

「そうでさ。オーガは生きたものしか食わないからね。あのガキも少しは身ぎれいにしろと言っても言うことを聞かないし、買い入れて一年も無駄飯食わしてるんで大損ですよ。旦那が買わなきゃ、そろそろ見世物小屋行きだって話が出ていたんで」

 俺が顔色を変えると、商人は冗談ですよと笑う。

 俺はしがない冒険者だが、そういう悪趣味な金持ちがいるのは知っていた。

 囲いの中に足のけんを切ったオーガと子供を放ち、追いかけっこの挙句に最後は疲れた子供をオーガがむさぼり食う様を観賞するらしい。

 俺は胸くそが悪くなる。

「せめて、金貨一枚上乗せしろよ。それでも半値だぜ」

 商人は「それこそご冗談を」と笑った。

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