第2話 酩酊の果ての出会い②

 俺の冒険者ギルドでの登録クラスは公式には斥候兵スカウトになっている。有体ありていに言えば盗賊だ。

 王国はダンジョンだけでなく、王都でも仕事をする不心得ものの盗賊に業を煮やして、近年徹底的に取り締まりをした。

 そのせいで腕のいい盗賊が減り、冒険者が割を食って、ダンジョンに潜る際に苦労しているわけだ。

 その反面、俺は以前と違って報酬を分ける際に等分を要求できるようになっている。

 しばらく見て回り、腰はほっそりしているのに胸はメロン並みの美人に目をとめた。

 窓に飾られているバラの花は三本。つまり一夜妻のお値段は金貨三枚ってことだ。

 百合ゆりが飾られている店に入ったことはあるが、バラを掲げる店なんぞに入ったことはない。

 入り口に近づくと上質なチェインメイルを着込んで、黒いマントを羽織った男が前に出る。

「どちらに行こうとしておいでで?」

 慇懃無礼いんぎんぶれいな態度で俺が店に入ろうとするのを阻んだ。

「なんだよ。金ならあるぜ」

 男は薄く笑った。

「ご冗談を。どちらの田舎から来たかは知りませんが、当店の単価は金貨です。何かお間違えでは」

 俺は酔ってはいたが、往来で金貨を取り出すほど思慮を失ってはいなかった。

「とりあえず、中に入れろよ。金はあると言ってんだろ」

「仮にお支払いができるとしても、当店の雰囲気にお客さまはそぐいませんな。通りをあちらに行けばもっと安く遊べるお店がありますよ」

 そこで男は紳士的な対応の仮面を脱いだ。

「とっととせろ」

 その後、数店で同様の対応をされた。

 言葉の応酬をしたせいで、喉が渇いて露店でまた酒を買って飲む。明確に覚えているのはそこまでだった。


  ◇  ◇  ◇


 割れるような頭を押さえながら、目を開ける。

 ごつごつした地面で寝ていたせいなのか背中が痛い。

 朝もやが漂う路上で身を起こした俺は、腹のあたりに俺のマントをかぶり丸まったものがいるのを発見する。

 もぞもぞと動き出したそいつは顔をのぞかせた。

 赤みを帯びた茶色の目をした少女はおずおずと口を開く。


「お、お早うございます」


 少女は痩せっぽっちで、顔から指先まであかだらけのひどい格好だった。

 脂とほこりまみれで手入れされていない髪の毛の下のほおにははっきりと刃物でついた傷が残っている。

 さらに痛々しく感じさせるのは指の爪が数枚剥がれていて、赤い肉がむき出しだったことだ。

 ひょろりとした腕や脚にもミミズ腫れの跡があり、首にはごつい首輪がはめられている。

 俺は懐に手を突っ込んで革袋に触れた。どっしりとした金貨の重みが減っている。感触では一枚しかない。

 俺はかっとなって少女に怒鳴った。

「お前、金をとっただろ?」

 少女はびくっとして縮こまる。

「とってません」

うそをつくな」

「本当です」

 俺が手を伸ばすと、身をすくめて腕で頭をかばうような仕草をする。腕の下からのぞく目にはおびえが見て取れた。胸に罪悪感が湧き起こる。

 俺は息を整えるとなるべく優しげな声を出した。

「じゃあ、なんで金がないんだ?」

「私を買ったんです」

「俺がお前を買った?」

「はい。金貨三枚で」

「え?」

 言われてみれば、娼婦を買い損ねて、うずく体を抱えながら別の店に移動する途中で、奴隷市を冷やかしたような記憶がよみがえってくる。

 くそ。なんてこった。

 こんなガリガリのこぎたない今にも死にそうなガキを金貨三枚で買っちまっただと?

 俺は天をあおぐ。町を囲う城壁の尖塔せんとうが見え、同時に猛烈に喉が渇いているのを感じた。

 ここは町はずれの公園か。ならば噴水があったはずだ。

 背負い袋から銅製のマグを取り出す。

 水をみに行こうとして目の前のガキを思い出した。

「向こうに噴水がある。水を汲んでこい」

 少女は俺の差し出したマグを受け取ると足を引きずりながら駆けだした。なんてこった。痩せ細っているだけでなく足も悪いのか。

 自分で行けばよかったかと思いつつも、体を動かすのが面倒くさい。

 しばらくすると朝もやの中からマグを抱えた少女が戻ってくる。

 いっぱいに水を入れたマグを俺にそっと差し出す。

 受け取った俺は喉を鳴らして水を飲み干した。口から垂れた水を袖でぬぐう。

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