思索、探索
さて、探索をしようという話になり、いざ行動に移したはいいのだが、何故か何も見つからない。暫く歩いてみてようやく気付いたのだが、今自分たちの周囲はよくあるホラーで取り上げられるような洋館のような内装をしていた。電灯はあるが、その間隔は非常に遠い。唯一違ったことといえば、洋館のような雰囲気を醸し出しているが、実際のところは壁はずっと黒いままだということ。本来、洋館であれば壁の色はそれなりに明るいか模様が施されているはずだ。
つまり、どう考えてもおかしな場所であることは言うまでもなく、それでは最初に閉じ込められていた部屋はどうだったのかといえば、あそこも黒い部屋だった。一貫して黒。そこに意匠を見いだすこともできるが不気味さが勝つ。
そして、何よりも問題なのは――。
「部屋、ねえな」
ズリキチが言う通り、椅子や机を収納するスペースどころか部屋自体が存在しないということ。もっと言えば、俺達はずっと一本道を歩き続けているということ。暗闇の中を時計もなく歩き続けているから時間の感覚は殆どない。だが、身体の疲れから考慮すると既に10分以上は歩いているはずなのだ。一度も曲がらずに10分も歩き続けるような場所はそうそうない。ましてや屋内と言うのは効率的な配置の為に導線としての廊下は屈折しているはずだ。それがないということは、此処が夢だとも考えられる。
無論、そのようなことはこの場に囚われた全員がわかっていることだが、誰一人それを指摘しようとはしない。何故ならば俺達はもう既にそこそこの距離を歩いてきてしまっているからだ。
もしこの場でそれを指摘してしまった場合、退くか進むかの話になる。そのような話になってしまえば、そこにはわずかばかりの軋轢が生じかねない。不和はこのような積み重ねによって生じるものであり、殴り合いと同じくらい慣れあいを得意とする全員にとっては出来るだけ避けたい事態だった。ましてや、普段いかにTwitter上でふざけていようとも中身はそれなりにまともな人間ばかりであるこの集団は、どちらかといえば空気を読むことを選ぶ。空気を読んだうえでふざけ倒すのがこの集団である。
つまり、俺達は薄氷を踏んでいる。最悪な状況下を平然と繰り広げかねない集団が何とか徒党を組んで進もうとしているのである。
……だから内心では誰も何も言うなと願っていたのだが。
「というか、ワイらこのまま歩いてて意味あるんか?」
そう口にした男がいた。そう、きょうちゃんである。
誰もが口にしなかったことを平然と口にして見せたこの男には、もう少し躊躇というものはないのだろうかと思いながら、これだけの時間黙っていてくれたことは前進なのかもしれないと、非常に低レベルでの納得を済ませる。
「でも進むしかないんじゃね?」
疎遠が口を開く。それに他の面々も頷く。
正直なところ、誰か一人は戻ることを提案しそうなものだと踏んでいたが、流石にそれほど頭の回らないヤツはいなかったようだ。
「戻っても何があんだよ。進むしかねえだろ」
そう、進むしかないのだ。戻ったところであるのはあのおかしな空間でしかない。あんなところでくだを巻いていても何も意味がない。他の奴が来る保証もない。だったら薄い可能性に賭ける方が何倍も建設的だ。
「んーでも、なんていうかさあ」
俺達全員がそうやって前に進もうとしている最中、きょうちゃんだけは納得がいっていないようで。仕方なく話を聞いてやろうという心持ちになったところで。
「これ、夢だと思うんだけど、夢ならさ、中身書き換えられるんじゃね?」
そんなことを言う。あのきょうちゃんが、である。
だが、何もおかしなことはなかった。きょうちゃんは、空気を読まないのではなく、波を起こす能力に長けている。いわゆる、一石を投じるという能力だ。忘れられがちだが、普段は生産性のない会話を量産し続けるTwitterという環境だからこそ見えづらいものの、彼自身は非常に頭が良い。勉強ができるかどうかではなく、地頭の良さである。論理的思考での攻略よりもアイディアマンと言うべき人物。それがきょうちゃんである。
それに、きょうちゃんの言うことは一理ある。
そもそも、これが夢だとしたならば、普段の夢と同じことが出来るのではないだろうか。それこそ、自分の好ましい夢への切り替えや、何かしらを出現させるといったことである。さらに言えば、これが夢ならば分類としては明晰夢。つまり、よりリアリティのある夢で、改変もしやすい。
事実、他の面々もきょうちゃんの言葉にハッとしたようで、特にズリキチと辺獄君は何やら思案し始めた。
……ん?ズリキチと辺獄?
恐らくその場にいたきょうちゃんを除く全員が理解しただろう。此処にいる全員がFF内だからこそわかる緊急事態が生じかねない。
「おい、ズリキチと辺獄くんストップ。ダメ、一回止まれ、しばくぞボケ」
「頼む、事を荒立てないでくれ、マジで頼む」
俺と疎遠の頼みは届いているのだろうか。
「……わかった。仕方ないから爆乳サキュバス呼ぶだけにしとくわ」
「そうですね、せっかくですから妹だけにしておきましょう」
届くわけもなかった。
仕方なく最後通牒を叩きつける。
「……お前ら、この環境でそれ呼んでどうするんや。そいつら死にかねんぞ」
そう、現時点で危険度が不明な以上、下手に生み出しても自身の心を傷つけるだけになる。仮にそれらを生み出したとして、何か打開策になるのだろうか。
「いや、群馬くん。考えてもみるんや。そいつらは幾らでも生えてくる肉盾や。それにな、そいつらが苦しむ姿ってのもなかなか乙なもんやろ?」
……きょうちゃんはきょうちゃんでした。
Twitterでこんな風なことを言うのは見たことがあるが、実際にこうして言われるとなかなか来るものがある。馬鹿なのだろうか、うん、馬鹿なのだろう。
とはいえ、アイディアとしては悪くはない。こちらとしても美しいものが壊れる瞬間というのは見てみたいし、肉盾としての運用もできるなら一石二鳥である。だが、立ち回りとして此処は否定しておく。
「いや、考え方次第ではええかもしれんけど、流石にあかんやろ」
えー、とぶつくさ言っているきょうちゃんを無視して例の二人に続ける。
「お前らだって自分の好きなものが死ぬの見たくないやろ?というか、強すぎる妹って実際どうなんよ?お前解釈違いじゃないか?」
この二人の場合、先に折るべきは辺獄君である。ズリキチは同じ物書きとして殴り合った仲であり、その精神性が非常に図太くセルフマーケティングにも長けている。そんなヤツを折ることは至難の業だ。さらに言えば、ズリキチは基本的にはまともな感性をしているため、全体の流れをこっち側にしてしまえば渋々従ってくれる。つまり、此処で折るべきは辺獄君一択なのだ。
事実、辺獄君は少し動揺を示している。このまま押し切ることが出来れば――。
「あ、ドアできましたよ」
俺の健闘を横目に、エア君が声を上げた。
目の前には木造のドア。それこそ洋館にあるような、あのチョコレート板みたいな扉。その目の前に立つエア君と、その隣にはスケッチブックとペンを持っているラット君が。
「あの、それどうやって……」
「えっと、まず僕がスケッチブックとペンをイメージして、そこにエアさんと扉のイメージを共有したものを描いて、それをエアさんが出したって感じです」
「あ、はい……」
そう返すほかない。俺の努力はいったい何だったのだろう。
そんな俺を察してか、疎遠は俺の肩を叩いた。
そして、辺獄君とズリキチはより真剣な表情をし始めた。
――もう、どうにでもなってしまえ。
心はそう叫んでいた。
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