邂逅と閉塞
次に目覚めた時、俺は黒い部屋の中にいた。
割れそうな頭のまま、胃のむかつきや呼吸の苦しさを感じる。そのような状態で身体に力が入るわけでもなく、天井にぶら下がって揺れる灯りを眺めていた。二日酔いなんかはしたことがないのだが、こんな感じなのかとぼんやり考えていると、意識は次第に覚醒していく。
たしか、俺はあの化け物に襲われたはずなんだが、何故かこの場所にいる。昔書いたままにした小説の主人公が閉じ込められていた部屋に似てはいるが、そのような場所はこの世の中に幾らでもある。そんな状態で何かに理由をつけてこじつける方が遥かにいかれてる。
それに、これが夢の中かはともかくとして、そもそも夢の中で意識を失う経験をしたことがないし、服装は意識を失う前に着替えたものだと着心地でわかる。それもすべて夢だと言うのであれば、立ち向かいようがない。
というより、終わらない夢など存在しない。今まで見てきた夢もどこかで終わりを迎えていたはずだ。悪夢ほど自分自身の死で終わっていたし、死んでいない状態でこんな有様だということはそもそも完全な夢ではないはずだ。
「……いや、知らねえけど。つーか頭いてえ」
そう零してみればいやに部屋に響く。それはそうだろう、何もないのだ。
あるものといえば、外套の内ポケットに入れてあるサブの煙草とライター、定期入れと定期、あとはボールペンぐらいだ。
「詰みだろこれ。はークソゲー。どうすんだよったく」
扉に鍵がかかっていれば部屋からも出ることは出来ないし、そもそもアレと対峙するなら武器がいるだろ。できればリーチのある手頃で扱いやすいモノ。
などと考えていると、何者かが足元に影を落とす。
これであの化け物だったら怖いし、殺されるなら目を瞑っていようと考えて知らんふりをする。まあ、万が一にでも、これが夢ならば、俺が殺されたら終わりのはずだ。ならさっさと終われ。終わってしまえば俺は救われるんだろクソッタレ。
「群馬くんか……?」
――最悪である。ただの夢でないことがわかってしまった。
そしてなんとなく感覚でソイツが誰なのかわかる。
「疎遠か?お前か?」
ふざけんなよクソが、と漏らしたところで「ごめんこっちの話」と謝る。
まあ、疎遠ならまだマシだろう。辺獄君辺りやエア君辺りでも良かったんだが、まあ生粋のイカレポンチどもに会わないだけマシだろ。
「そうだけど、大丈夫?」
あれ?コイツこんな優しい感じだったっけ?
「大丈夫じゃねえよ、二日酔いしたみてえだ。いや俺二日酔いしたことねえけど」
案の定向こうは言葉に困ってやがる。そりゃそうだろうよ。
俺がこうなってる以上、疎遠自身もそうなったってことだろう。常識的に考えて、夢の混線はあり得ない。そもそもが一つの夢で、俺達はそれを同時に体験したとかいう聞く奴が聞けば喜びそうなネタに出くわしたんだろう。
「まあ、ともかくよ。お前、アレみた?」
「アレっていうと……あのマント?」
「そう、あのマント。あのクソ。死に晒せ」
小さな声で恨み節を零す。正直言って、今はすこぶる機嫌が悪い。
身体の方もそうだが、何よりもあの化け物がやらかした事に対する苛立ちである。
「つーか、その扉開くか?」
「え?ああ、これ?」
そう言いながら疎遠が扉を開く。いや、開くんかい。
そんなことを心の中で突っ込んでいると、疎遠は俺に近づいて手を差し出してくる。コイツ、彼女がいるだけあってそういうところ案外出来たりするのかもしれない。正直起きたくないけど、心優しき疎遠の為にその手を取り起き上がる。
「悪いな」
「いや良いよ。それよりどうする?」
「どうするもこうするもねえだろ。あのマント潰す。出来なきゃ逃げる」
「いや、そうなんだろうけどさ、そうじゃなくて」
気まずそうに零す疎遠から最悪の事態を考える。
「……他に人いる?いるなら何人?」
「…………俺達除いて5人」
「誰?」
「辺獄くん、ズリキチ、ラットくん、きょうちゃん、エアくん」
まごう事なき最悪の事態である。
「マジで言ってんの?つーかどこいんの?」
「ちょっと行ったところに大広間あってさ、そこに集まってる」
絶句である。よりによって集まってしまっている。
「どんな話したん。認識の共有とかした?」
「まあ、ざっと。そんで大広間にテレビあって、そこにもう一人追加来たって連絡が流れてさ。来てみれば群馬くんだったってワケ」
どれだけ困ればいいのだろうか。胡乱にしても限度があろう。
「……うん、わかった。そんで?お前は一人で俺を探しに来たの?」
首肯する疎遠。
「うん、なんかありがと」
そう感謝してみるが、あのイカレポンチが半分を占める軍団で立候補など起こるはずもないし、そもそもそんなことをこの状況下でやる人間は死にたがりが勘違いした英雄気取りだ。だから、ぶっちゃけて聞いてみる。
「ちなみに、ジャンケン?くじ引き?」
「男気ジャンケン」
うん、疎遠で良かった。じゃなかったら俺は今にでも叫んでいたかもしれない。
「よく勝った、よく勝ったぞ疎遠」
いや、そんな表情をこっちに向けるな。おかしいコト言ってんのはわかってんだ。
そんなやり取りをしたことで、頭痛は引かないにしても、少し気分が紛れて楽になる。
「とまあ、そんな話はこの辺にしてだな。とりあえず集まるって感じだろ?」
「そんな感じ」
「うん、半分はまだまともだしな……行くか」
気が紛れて早々、また新たな悩みの種が生まれているのは仕方ないことだろう。少なくとも辺獄君、ラット君、エア君がいるだけ遥かにマシだ。ズリキチはああ見えて結構まともだろうし、きょうちゃんも言動はいかれてるが実際のところは普通の行動を取れる……はずだ。そう信じないとやっていけない。俺がくたびれる。
さて、どうしたものかと考えながら歩いていると、あっという間に大広間に着いた。
周囲は悉く黒であり、それほど天井も高くない。せいぜいが3メートルほど。更に天辺には等間隔で灯りがともっている。右手の壁には大型テレビが埋め込まれていて、これが俺の事を知らせたのだろう。連中の事をすっ飛ばして左手を見てみるが、椅子などは一切ない。
その光景に違和感を覚えるも、ひとまずそこが安全であることは他のメンツが証明しているわけだし、先送りにしようと考えて連中を見る。
この時もやはり、なんとなく直感でわかってしまった。
「お、群馬君だ」
向こうもおそらくそうなのかもしれない。
「おう、ズリキチ。そんでその隣にいるほっそいのがきょうちゃんか。で、そこのサメ映画好きそうなのがラット君。一番まともそうに見えるのがエア君で、妹オーラ凄いのが辺獄君ね」
「凄い、合ってますね」ラット君だ。
「てか、大丈夫です?」辺獄君。
心配してくれるとは何て優しいんだ。妹の事になると狂うけど。
「大丈夫もクソもないってのが本音」
「というか、エゴ群馬さんも巻き込まれたって」エア君が零す。
「とりあえずクソ面倒な事には巻き込まれてるよ」
ああ、やっぱり。そう予想が的中してしまったことに失望するエア君。
「まあ、全員死ねばここから出れると思うよ」
きょうちゃんはどこまでいってもきょうちゃんでした。
「一理あるかもしれんけどな、それよりまずは話をしないか?普通」
そうツッコんでみても、何言ってんだコイツと言わんばりの顔を向けられる。
うん、コイツはそういう奴だった。こういう場合は強引に主導権を握ればいい。
「まあいいや。とりあえず全員此処に来るまでの事教えてクレメンス」
「それじゃあ、一回話したけどもう一回ってことで」
疎遠のサポートに対して普段以上に心があたたかくなるのは、それだけこの状況に対して緊張している証拠なのだろう。せめて全員の話を聞いた頃には心も落ち着いて頭ももう少しまともに動いてくれると助かるんだが。
そんなことを内心に留めながら冷たい床に座り、話を聞き始める。
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