第4話 怒りの矛先

ようやく準備を整えたことで、リリーに会いに行った。

4日だ。こんなに会わなかったことなんて無かった。

この状況に陥ったことに、腹が立って仕方ない。


リリーが逃げたことはショックだった。

俺に確認してくれれば、すぐに誤解だって言えたのに。

どうして信じてくれなかったんだろうか。


ここ2年程、王妃の仕事で無茶をしていたのは気が付いていた。

俺自身が国王の仕事に手一杯で、十分に支えてやれなかった。

今の状況から逃げたい気持ちもあったんだろう。

王妃の仕事には向いていない性格だ。

本当なら少しでも自由にしてあげるつもりだった。

あの馬鹿兄貴たちがいなければ…。


魔女の森にいることは、シオンが知らせてくれた。

一緒にシーナとシオンがいる。

あの二人はどこに行ったとしても、リリーから離れることは無いだろう。

とりあえず安全なことがわかって、少しほっとした。

マジックハウスを持っているのは知ってる。

料理が趣味のリリーが、侯爵達に見つからないための家だ。

どうやって手に入れたのか本人もわからないと言っていたが、

マジックハウスは人を選ぶそうだから、リリーが気に入られたのだろう。


魔女と魔術師向けのお茶屋を開くと聞いて、

もう王宮に戻るつもりは無いんだなと思った。

リリーは俺がいなくても、平気なのかもしれない。

俺は4日でもう限界で、我慢しきれずに会いに行ったのに。



ブラウスにスカートの町娘の格好でも、リリーは可愛い。

軽くカールされた銀髪が白いブラウスにかかって、

驚きで大きく開かれた緑色の瞳、白い肌に映える赤い唇。

抱きしめて、その場で押し倒してしまいたいくらい綺麗だった。


そのまま押し倒して、好きなだけさわって、キスして、

溶けるみたいに一緒にいられたら、どれだけいいか。


だけど、気持ちを疑われたままで、無理に押し倒したりしたら。

きっと心が離れて、二度と許してくれないだろう。

問題をすべて片付けて、疑いをきっちり晴らしてからじゃないと、

リリーは許してくれない。


早く迎えに行きたい。

その思いでいろんな証拠を集めていた。


「ジョン、準備はできてるな?」


「はい!すべて、終わりました。

 王宮には噂を聞きつけた貴族たちが集まっています。」


「ミリナとやらは?」


「そのまま殿下の私室に居座っています。

 父親の伯爵も来ているようです。

 側妃の扱いをするように求められていますが、

 殿下がいないことで否定もできず、そのままになっています。


 …本当にもうしわけ」


「謝るのは後にしろ…。」


「はっ!」





俺たちが王宮に戻り姿を見せると、一気に周りが騒がしくなる。


「殿下、待っていましたぞ!」


駆け寄ってくる貴族たち。その後ろには不安げな顔をした文官たち。

ああもう。めんどくさいから、一気に片付けたい。



「俺から話がある。謁見室に集まれ。」



ざわざわと落ちかない様子が伝わってくる。

あっという間に広い謁見室が貴族たちで埋まった。

見覚えのあるものたちばかりだが、人数が多い。

思った以上に王宮に集まっていたようだ。


「殿下、側妃を娶ったとは、どういうことですか!?」


「そうです。どういうことですか!

 側妃を娶るおつもりがあるなら、側妃候補を集めて、

 きちんと選んでからにしてくださらなければ…。」


「いや、もうすでに閨を共にしたのなら、

 その伯爵令嬢を認めるしかないだろう。」


「でも、あの令嬢は…ちょっとなぁ。」


きりのない貴族たちの訴えにイラっとする。

手をすっとあげると、ざわめきが消えていく。


「質問はあとだ。

 まずは、ミリナ嬢とやらが、私の私室に入り込んだと聞いた。

 純潔を散らされたと訴えているが、その相手を探そうと思う。」


また謁見室中がざわつく。

そんな、とか、誤魔化す気か、などと聞こえてくる。


「今、隣の部屋にミリナ嬢を待機させている。

 これから中に入ってこさせるが…

 ミリナ嬢に誰が相手だったのか、示してもらおう。


 皆、指示があるまで私語を禁ずる。いいな?」



静まり返ったのを確認して合図をすると、隣の部屋から一人の令嬢が入ってくる。

周りに護衛たちがいるが、気にしていないように見える。

茶髪の長身の令嬢…めずらしくない容姿だが、見たことがあるような?

遠くから一度見たことがあるだけだが…あの時の令嬢か。

今回のは、もしかしてリリーへの恨みか?


護衛がミリナ嬢に声をかける。


「ミリナ嬢、あなたは4日前の夜、どなたと過ごしたのですか?

 この謁見室内にいるのなら、示してもらえますか?」


「はいっ。」


令嬢らしからぬ元気な声で答えると、こちらに向かって歩いてくる。

近づいて、近づいて、すっと俺を通り過ぎる。

周りの貴族たちの息をのむ音が聞こえて、にやっとしてしまう。


「この人です!殿下ですよね?会いたかったですぅ。」


ミリナ嬢が両手を胸の前で握りしめ、会いたかったと声をかけた相手は…


ジョンだ。

俺の身代わりを務めるくらいだから、髪色と体格が似ている。

ただ顔は似ていないため、正面から見たら間違えることは無い。

ミリナ嬢は、きちんとジョンの顔を覚えていたようだ。


あの日、俺の影として代わりに私室にいたところ、媚薬を盛られたらしい。

そのまま見知らぬ女を抱いてしまって、

朝になって気が付き、慌てて俺のところに報告に来た。

俺の私室で女が寝ていて、純潔を散らした跡があるのはまずいと。

そんな話を聞かされて、俺の酔いも一瞬で醒めた。

だが、抱いたのがジョンだと説明しても証拠にはならない。

実際に俺の私室で裸の女が寝ているのだから。

側妃にするのが嫌で逃げたようにしか見えないだろう。

それでは、まずい。それに相手の身元もわからない。

とりあえず俺は王宮から離れ、証拠を集めることになった。



「というわけで、皆もわかったな。

 ミリナ嬢のお相手は俺ではない。

 騒ぎにはなってしまったが、ただの恋愛のもつれだろう。」



呆然としていた貴族たちの中から、一人が飛び出してきた。


「いいえ、そんなことはありえません。

 あの部屋は殿下の私室なのですぞ。

 ミリナ、お前の相手はここにいる殿下だろう?」


ハッとしたミリナ嬢が、それに続く。


「ごめんなさいっ。あの時は暗かったから間違えちゃったの。

 声を聞いたらわかったわ。私の相手はこの方よ!」


やはり簡単には認めないか。

ここで引けば大目に見てやっても良かったのに。


「俺はあの日の夜、王宮の私室にはいなかった。

 何か緊急のことがあったら連絡をよこすようにと、

 ジョンには俺の代わりに私室にいるよう命じた。

 どうして俺の私室にミリナ嬢が入り込めたのかは知らんがな…。」


「殿下!わたくしはごまかされませんぞ!

 こうなったら、ミリナを側妃として認めてもらいませんと!」


「側妃?」


「そうです!純潔を散らしたんだ。当然でしょう!」


ため息が出る。どいつもこいつも…。俺を何だと思っているんだ。

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