第3話 最初の客?

「おはようございます!姫さま。朝ご飯は何ですか?」


身支度を整えたシーナが階段を降りてくる。

一階のフロアをお茶屋にするために、

調理場を真ん中に設置し、周りにテーブルセットを置いた。

そのため三人の食事も自然とここで食べるようになっていた。


「今日の朝ご飯は、スコーンにクリームとベリージャム。

 ほうれん草とジャガイモの入ったキッシュと南瓜のポタージュスープ。」


焼きたてのスコーンの香ばしい匂いに、思わずお腹が鳴りそうになる。

久しぶりに焼いたから、ちょっと心配してたけどいい匂い。

ちょうどスープも完成したし、後は盛り付けるだけ。


「わぁ。スコーンいい匂い!キッシュも大好きです!」


「俺も今食べる~。」


シオンが一階の奥から出てきた。シーナとの会話が聞こえて起きたらしい。

一目見て、寝起きだとわかる顔をしている。

短めの髪にも寝癖が付いているのにも気にせず、料理を運ぶのを手伝おうとする。

シオンは意外と食い意地がはってるのか、いつも食事の話をすると起きてくる。

席に着くといただきますと言ってすぐに食べ始めた。


「顔くらい洗ってくればいいのに。」


「いや、少しでも冷めるの嫌だから。そういうのは食べてからにする。

 姫さんの料理、ホントうまい。」


「そう?ありがとう。

 久しぶりで、ようやくカンが戻ってきた気がする。」


「王宮では料理できませんでしたからね~。

 このポタージュも、とろっとろで最高です!」


侯爵家にいた頃も人前で料理することはできなかった。

魔術の練習だと言って森に来てはマジックハウスで料理し、

二人に味見をしてもらっていた。

学園時代は寮でシーナが作っていることにして、ずっと私が作っていた。

その時も二人が両親にばれないように誤魔化してくれていた。


侯爵家の令嬢が料理するのはよろしくない。

両親が認めないのも仕方ないことだと思っている。

だけど、私はこういう人間なのだから。

一度も分かり合えなかったな…とあきらめるしかなかった。



シーナとシオンは双子だ。茶色の髪に黒目。

双子だけど、全く似ていない。

小柄で守りたくなるシーナ。大きくて頼りがいのあるシオン。

似ているのは、ずっと変わらず私についてきてくれていることだけ。

こんな私で良いのか聞いたこともあるけど、本気で怒られた。

だから、もう聞かない。

私がどこに行っても、この二人はついてきてくれる。


この家に来て、三日が過ぎていた。

食材を買いに行ったり、開店準備をしたりで、それなりに忙しい。

それでも、まだ気持ちは痛いままだ。

ふと笑った後に、美味しいと思った後に、つらくなる。

どうしてこうなったんだろうと自分を責めたくなる。

何よりも、隣にレオがいないことを認めたくなかった。

こんなにも必要だと身体が軋むように求めている。

もう逃げてしまったのに。どうしようもないのに。



食後にハーブ茶を出しながら、二人に相談する。


「お店のメニューだけど、

 あまり人が来ると思えないから、少なくていいと思うの。

 飲み物は紅茶、ハーブ茶、キノコ茶。

 食べ物はクッキーとサンドイッチとスコーンと具だくさんのトマトスープ。

 こんな感じでいいかなぁ。」


「いいと思います。具だくさんのトマトスープも大好きです!」


「シーナの好物は聞いてない。…時間魔法かけるんだろ?

 そのメニューでいいんじゃないか。」


「人がいつ来てくれるかわからないからね~。

 時間魔法かけて、いつ来てもいいようにする予定よ。」


「いつからお店開けますか?」


「大した準備も必要ないし、スープは今日中に作るから、

 明日から開けようかな。開店して何日で一人目のお客様くるかな~。」



シーナは掃除担当、シオンは買い出し担当に決まり、

次の日の開店に向けて準備を始めた。


魔女レベッカには招待状を出しておこう。

魔術師に知り合いがいるかもしれないし、

魔女仲間に紹介してくれたらいいな。






「どのくらい待ったら最初のお客様が来るかな。」


「姫様~客を待ってても、暇なことに変わりないですよ~。」


「それもそうだわ。本でも読んでいればいいわね。」


壁際の本棚から一冊取り出し、ソファに移動する。

テーブルセットだけでいいのかもしれないけど、

ゆっくり本を読んでほしいので、あちこちにソファも置いてある。

魔術書は汚れる心配もない。好きなように楽しんでくれればいい。



昼に差し掛かった頃、扉がきぃと音をたて開いた。

入ってきた人を見て、見間違えたのかと思った。


黒髪に夕方の空のような藍色の目、長身の体にはしなやかに筋肉がつき、

平民の格好をしていても違うのがわかる。

レオがどうしてここに?

視線が合ったら、その瞳の中に怒りが見えた。

…どうして、あなたが怒ってるの?

思わずソファから立ち上がった私に向かって歩いてくる。


胸が締め付けられて痛い。本当はすぐにでも抱き着きたい。

でも、理性が邪魔する。

ねぇ?どうして、私を裏切ったの?


「レオ…どうして。」


「どうして?ここは魔術師なら入れる森だ。

 俺が入ってきても不思議じゃないだろう?」


「そういうことじゃない。」


「…今は迎えに来たと言っても拒否するんだろう。」


一歩ずつ近づいてくるレオから逃げられない。

怖いのとも違う。目を離すことができない。

怒って悲しんでいるのは私なのに、

レオのほうが悲しんでいるような目をしているのは、どうして。


シーナが近づいて来ようとしたのを、シオンが止めている声が聞こえた。

シオンがここを教えたの?


「リリー…。」


レオの指が、私のブラウスのボタンを外す。一つ、二つ。

そのままレオの顔が近づいてくるけど、身動き一つできない。

鎖骨のあたりにピリッと痛みを感じる…レオの息が胸元にあたった。

今、何をしたの?どうして?


レオがブラウスのボタンをゆっくりとはめて戻す。

私にさわりもせずに、服を戻されることが、こんなにもつらい。


目を見て、言って。好きだと。いつものように。

言うわけがない。もう、私だけのレオじゃないのに。


静かなため息が聞こえた。

レオが目をそらして、こつんと私の肩に額を当てた。



「俺はリリーのものだし、リリーは俺のものだ。

 それは、絶対に変わらない。


 リリー、もう少しだけ待ってて。

 この跡が消える前に迎えに来る。

 …逃げないで待ってて。」


低くかすれた声に甘さは無かった。

耳元でささやくように言うと、ぺろっと耳をなめられた。

ぞくぞくする感覚に立っていられなくなる。

腰が砕けて座り込む直前に抱き上げられ、ソファに降ろされる。


レオは名残惜しそうに髪にキスすると、そのまま出て行ってしまった。




「この状態の姫さん見るの、久しぶりだな…。

 結婚してからは初めてじゃないか?」


「レオルド様…色気が半端なかった…。

 たった4日離れていただけで、あんな状態になるんだ。」


「ああ。欲求不満なんだろうな。」


「王宮の侍従たち、これが解決するまで大変だね。」


私が正気に戻るまでの間、シーナとシオンが好き勝手言ってたけど、

そんなのは全く聞こえていなかった。

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