第40話
「扉を破壊したらダメなのかい?」
エイナルが言う。
「閉じる魔法がかかっているときは、壊す魔法を使ってはダメなの。たいてい、そういう場合には爆発することが多いから」
しかも、今はエイナルも一緒だ。巻き込んでしまったら、マリアばあさんでも治せないかもしれない。
「爆発?」
「相性の悪い魔法をかけてしまうと、反発するの。簡単な魔法だとそういうことはあまりないけど、魔法が高度であればあるほど、反発も大きいから。だから、高度な魔法がかけられているものには注意しないと」
「へえ、魔法もなかなか複雑なんだね」
「そう。魔法は自然の力を借りて秩序を与えたものだから。自由そうに見えて案外、人の好き勝手には使えなかったりするの」
「へえ……そういう話もっと聞きたいなあ。魔法の原理ってすごく興味があるんだ」
「そんな理屈っぽものじゃないけどね。魔法学校ではみんな好き勝手やってるし。それで怒られることも多いけど」
魔法学校ではある程度自由に魔法が使えるように特殊な魔法がかけられているそうだが、それでも生徒たちの魔法がぶつかり合って廊下で爆発がおこったり、天井が落ちてきたりすることも珍しくはない。
「それにしても、この扉は誰が魔法をかけたんだろうね? やっぱりミルフォルンの人?」
「どうかなあ? 今の魔法がまったく聞かないところを見ると、高度な魔法か古い魔法かのどちらかだと思うけど、ミルフォルンができるよりも前だと思う」
「古い魔法かあ……」
エイナルは塔を見上げた。
「たしかにずいぶん古そうな建物だからなあ。いつ頃建てられたんだろうね」
エイナルが感慨深そうに言った。
上を見上げても頂上がよく見えない。
マルルアモリスと太陽神が密会していたという話が本当ならば、何万年も前からあったと言うことになる。その真偽は分からないが、風化具合から見てかなり昔に建てられたものというのは間違いなさそうだ。レンガが無造作に積まれて曲がりくねっているのに、どうして倒れてこないのかも不思議だ。最近の建物では見たことがない。
「で、イーダはどこに?」
あたりにそれらしき姿はない。
「上まで登ってみようよ」
とエイナルが言う。
「太陽神は空からやってくるんだから、屋上で待ってるんじゃないかな?」
「でも、中に入れそうもないし。イーダだって」
「……君、箒は持ってきてないの?」
エイナルはためらいがちにリシュカをながめた。そわそわとしながら、リシュカの背中をうかがっている。
その期待に満ちた瞳を見てリシュカは察する。おそらく箒に乗ってみたいと思っているに違いない。
「残念だけど、二人乗りは危険なの。それに、夏至祭に箒なんて持ってくるわけないでしょう? 夏至祭では決まった魔法しか使えないきまりなんだし」
「そうなの?」
「人間が決めたんでしょ?」
人間と一緒に祝う祭りのときは使う魔法が制限されているのだ。その昔、祭りで酔っ払った魔法使いが人間たちをカエルに変えて大合唱させたことがあったらしい。
「そうだったね」
エイナルは苦笑いをする。
「箒がないと飛べないのかい?」
「優れた魔法使いなら箒がなくても飛べるし、一瞬で遠くに移動することもできるみたいだけど、私には無理」
そう、たとえば、ララ・ファーンの魔法使いのような。
リシュカは思い出す。
イーダの実家を訪ねたとき、ウリカが突然姿を消したときのことを。けれど、瞬間的に移動する魔法は、優秀な魔法使いでもさらに一握りの才能あるものしかつかえないと言うけれど……。
ウリカは一体何者なのだろうか?
イーダを探しているのなら、彼女もここに来ているのだろうか?
けれど、ここにはリシュカとエイナルしかいない。
「……それなら、階段でもあればいいのにな」
エイナルがつぶやくのを聞いて、リシュカはウリカに教えてもらった魔法のことを思い出した。
「分かった。見てて」
リシュカは両手を広げた。
「ウェンスカーラ」
そして、指揮をするように手を動かしてみせる。
すると、風が層をなして集まってきた。
リシュカが腕を振るたびに風が集まってくる。
それを平らにする。チョコレートの板のように。
人差し指をくるっと回転させた。
風の板は、塔を囲むようにして螺旋のように登っていく。
ウリカに教えてもらった風の階段の魔法だ。
あれから練習をして、だいぶうまく使えるようになっていた。ミルフィーユでは薄すぎると気がついたのだ。チョコレートやビスケットでなければ上ることができない。
「わあ……」
エイナルは感嘆の声をあげた。
「やっぱり君ってすごい魔法使いなんだね」
キラキラとした瞳にじっと見つめられ、リシュカは胸がドキドキして目をそらしてしまう。
頬がぽっと熱くなった。
まだお酒が抜けていないのだろうか? たった二杯飲んだだけなのに?
それはきっと、今日が夏至だからだろう、とリシュカは思うことにした。
「こんなの初歩的な魔法だから」
リシュカは得意げに言った。
でも内心では、たくさん練習しておいてよかったと思った。
「さあ、どうぞ」
「僕も上れる?」
と言いながらエイナルはためらいもなく足をかけている。
「すごい! 空を飛んでいるみたいだ」
エイナルは子供のように大はしゃぎをして、風の階段の上で飛びはねる。
「エイナル、静かに、優しく」
リシュカがあわてて注意をすると、彼はいたずらっ子のように舌を出した。
「ほら、リシュカもはやく」
そう言って、手を差しのべてくる。
リシュカはその手を取る。
二人は手をつないで風の階段を登っていった。
ところが、上りはじめると想像以上に距離があるようだった。行けども行けども先が見えてこない。
「こんなに高い塔だったかな?」
エイナルも首をかしげる。
すると、途中から屋上へ続く石の階段を発見し、その場に降りた。しかし、石の階段は風化が激しく今にも崩れ落ちそうだった。
「風の階段で上まで行ったほうがいいんじゃないかい?」
とエイナルが震えながら言う。
「どこまで続いているか分からないし、いきなり行ったら危ないかもしれないでしょう?」
上まで魔法が続かないのだ、とは言えなかった。まだまだ練習が必要なようだ。
「こっちも十分危ないよ」
エイナルは子供のようにリシュカにしがみついた。
「僕、実は高いところは苦手なんだ」
さっき、あれほどはしゃいでいたのに。しかも、箒に乗りたがっていた人とは思えない。
「じゃあ、どうしてついてきたの?」
「そんな、女の子一人で行かせるなんて、貴族のプライドが許さないよ……」
とリシュカにしがみついて涙目になりながら言った。足はがくがくと震えている。
貴族のプライドとは?
「貴族もなかなか複雑なのね」
リシュカは同情するように言った。
二人はゆっくりと石の階段を登っていった。
すっかり温かくなった風がやじ馬をするように二人の周りをくるくると回っている。心なしか、真上で輝く太陽がどんどんと大きくなっているように見える。
暑さのためか、緊張のせいか、じんわりと汗をかく。
そして、やっと頂上がみえるところまでたどりついた。
あたりにはいつの間にかうっすらと霧が出ている。
夏至だというのに、肌寒い。
「リシュカ」
先に屋上に登ろうとしていたエイナルが小声でささやいた。
「誰かいる」
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