第十二章 ララ・ファーン
第42話
空から鋭い光が降り注いだ。
矢のように鋭利で、土砂降りの雨のように激しい光にリシュカたちは尻もちをつく。
「ウリカ!」
しかしウリカは平然としていた。彼女の掲げられた手から風できた大きな傘が開いており、光の雨は足元へと流れていった。
ウリカはぱっと傘を振る。
すると、光の矢も簡単に消えてしまった。
「なるほど、夜空を漂っている間に星のきらめきから魔力を得たんだな」
ウリカは感心したように言った。
「星のきらめきはソルの愛を受け入れるためのもの。私は愛の力でもっと強くなれる」
「違う。星のきらめきは、ルーナへの愛のささやきだ。お前のためのものじゃない」
ウリカは呆れたように言う。
「黙って!」
マルルアモリスは顔を怒らせ、再び鋭い光の雨を降らせた。
リシュカたちはあわてて石の階段に下がって身を隠す。こんなものに巻き込まれたら、人間のエイナルはもちろん、リシュカでもただではすまないだろう。
二人は身を縮めながら、混乱と恐れの表情で顔を見合わせた。
「ウリカがララ・ファーンだって?」
エイナルがささやいた。その声はわずかに震えている。
「そんな、まさか……」
リシュカも状況についていけない。
二人は恐る恐る顔をのぞかせる。しかし、激しい魔法の応戦に目も開けていられない。魔法が使われるたびに古びた塔もグラグラと揺れる。二人の魔力がそれだけ桁違いに強い証拠だろう。石の階段もどれだけ持つのか心配だ。
リシュカとエイナルは身を寄せ合って、お互いの体を支えあった。
「僕たちはどうしたらいい?」
「出て行ったら二人とも丸焼きか、塵になって風に飛ばされてしまうかも」
「ウリカを助けなくてもいいのかい?」
ウリカの表情は冷静そのものだ。けれど、はたから見ていると、防戦一方でマルルアモリスのほうが優位に見える。
ウリカに加勢すべきなのだろうか?
「でも、どうして二人は戦っているの?」
「さあ?」
とんだ観戦者になってしまったリシュカたちはただただ状況を見守るしかなかった。
「お姉さま、ずいぶん力が落ちたようね? 人間と馴れ合いすぎたんじゃないの?」
ウリカは苦笑する。
「少しお前を甘く見過ぎていたようだ。やはり、部屋にこもってばかりだと色々と勘が鈍るな」
つぶやくように言うと、短い髪をかきあげた。
すると、紫色の髪がするすると伸びていき、それに合わせて手や足が伸び、身体がぐんぐんと大きくなっていった。
彼女の体も眩い光に包まれる。しかしそれは、マルルアモリスとは違う温かくて穏やかで大きな光だった。
そして光の中には、魔法学校の女学生ではなく、妖艶な魔女の姿があった。
しかし、切れ長の神秘的な黒い瞳も、知的な細くまっすぐな眉と鼻筋も、冷ややかな薄い唇もウリカに間違いなかった。
「本当に、彼女がララ・ファーン……」
ララ・ファーンが軽く手を振ると炎の渦が巻き起こり、マルルアモリスの周囲を取り囲んだ。
「その体はあまり傷つけたくないんだ。人間がうるさいからな」
マルルアモリスはそれを聞くと、にやりと笑って自ら炎の中に飛び込んでいった。
「なんてひどい!」
エイナルが悲壮な声を上げる。
ララ・ファーンは舌打ちをして素早く炎を風で蹴散らすと、彼女の手足を縛り上げた。
「昔のお前は火を見ると怖がっていたのに」
「何万年前の話をしてるの、お姉さま?」
しかし、はじめと違ってマルルアモリスが髪の毛を振ると、それは光の弾道となり爆発が起こった。自由になったマルルアモリスはふわりと着地をする。
「もう、あの頃の小さな私じゃないの」
マルルアモリスが両手をかきあげる。
屋上の一部が崩れ、その石片がララ・ファーンへと飛んでいく。
「そう期待したんだがな」
彼女が手をかざすと、石片はあっという間に燃え尽きた。
マルルアモリスは眉間にしわを寄せる。
次に彼女が手を下へ向けると足元の石の床がえぐられ、大きな石の塊が宙に浮いた。可憐で幼い姿からは想像すらつかない魔法だ。彼女はそれを手のひらに乗せると、大きな石の破片を投げ放った。
それはララ・ファーンの頭上でぱっと弾ける。そして、勢いよく彼女へ降りかかった。石片が床を打ち付ける激しい音が響き渡る。
塔が大きく揺れる。
リシュカとエイナルは生きた心地がしなかった。
それでも、ララ・ファーンは涼しい顔だ。
石の破片も彼女の手にかかると砂糖のように溶けてしまう。
ララ・ファーンは腕組みをしたままあごをしゃくる。すると、風が勢いよく巻き起こり、そこに火が絡みついてマルルアモリスへと襲い掛かっていった。
マルルアモリスは石と光で応戦する。
その後も二人の攻防は続いていく。
二人のどちらかよりもヤドリギの塔が持たなさそうだ。すでにリシュカとエイナルの足元は崩れかけていた。
「こんなところに隠れていたら、落ちてしまいそうだよ」
泣きそうな声でエイナルが言う。
そうは言っても、この状況では降りることもできない。
二人は這いつくばりながら屋上に上る。当然隠れる場所はないが、ララ・ファーンたちはこちらのことなど眼中にないし、まだここにいたほうが安全だ。
エイナルもそう思って安心したのか、伝説の魔法使いたちの攻防に目を奪われていた。
「まさか、実際に見ることができるなんて」
「気をつけてよ、エイナル」
リシュカの声が聞こえているのかどうか分からない。
リシュカは石の破片が飛んでこないように風の盾を作る。こんな程度のものではすべてを防ぐことはできないだろうが、ないよりはましだろう。
「どっちが勝つんだろう」
エイナルはまるで闘技場で観戦でもしているかのように言った。
ララ・ファーンのほうが表情には余裕があり、冷静な顔はまだ崩れていない。
一方、マルルアモリスは、悔しそうに唇をかみしめている。彼女の足元は穴ぼこだらけだ。自らの魔法で逃げ場を失っているように見える。
一見すればララ・ファーンのほうが有利そうに見えるが、それでも安心感がないのはなぜだろう?
むしろ、不安がリシュカの胸をおおっていたた。
その嫌な予感をかなえるかのように、突然マルルアモリスが言葉にならない叫び声をあげた。
すると、あんなに晴れていた空に灰色の雲が漂いはじめた。
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