第十一章 夏至祭

第38話

 夏至祭はあっという間にやってきた。

 寮の中もいつの間にか花飾りがいたるところに彩られて、朝からいい香りとにぎやかな空気が漂っている。


「リシュカ、それ去年のドレスじゃないの?」


 ネラはカラフルな刺繍のついたシャンパンゴールドのワンピースに白いレースのショールを羽織っていた。ふわふわの金髪はいつもよりも大きくウェーブが巻いてある。

 そして頭には花冠。

 それは昨日二人で深夜までかかって気合いを入れてつくったもので、十種類のハーブと貝殻を使った自信作だった。


「だって、舞踏会でお金使っちゃったから……」


 リシュカは昨年同様の淡いアップルグリーンのドレスだ。だからこそ、花冠は気合いを入れて作ったのである。


「そっかあ……。で、相手は? もしかして、アルグレーン家の……」

「そんなんじゃないから!」


 リシュカは強い口調で否定した。自分でもあまりに大きな声で否定したことに驚くぐらいだった。


「ムキになるところが怪しいのよね」

「そ、そういうネラはどうなのよ?」


 するとネラは待ってましたとばかりに、相手のことをしゃべりはじめた。はじめから、それを聞いてほしくて仕方がなかったのだろう。

 今度のお相手はハーモニカを吹いて猫を踊らせていた大道芸人なのだという。やや芝居がかった口調で運命の出会いから二人が恋に落ちるまでたっぷり話を聞かされた後でリシュカはようやく口を開いた。


「お金は持ってなさそうだけど、いいの?」


 と一応尋ねてみる。すると、案の定、


「リシュカったら、愛はお金じゃないのよ」


 と熱く語られた。

 おそらく今度の相手も長続きはしない気がする。


 リシュカたちミルフォルンの生徒はハーブアーチをリサ広場へと運んでいった。広場ではすでに準備が整っており、中央にはカバノキで作られたポールが寄り添うように二本立てられて、美しい花冠が飾りつけられている。

 これは太陽神と月の女神を模したもので、このポールの周りで男女がダンスを踊り、一番魅力あるカップルに選ばれるとその花冠が贈られるのだ。それを狙っているカップルは一年中ダンスの練習をしているのだという。


 広場の周囲ではたくさんの屋台が軒を連ねていて、早くもいい匂いが漂っていた。

 広場の奥では太陽の塔が朝日を浴びて輝くようにそびえ立っている。

 太陽神が降りたつと言われている塔であり、こちらは華やかにかざりつけられていた。

 その一方、太陽の塔の背後をのぞくと、細く黒い影がひっそりと立っている。あれがヤドリギの塔だ。

 いままで気にしたこともないが、あたらためて観察してみると、ずいぶん暗い雰囲気だ。恋人たちの密会場所だったと言うには陰鬱そうな空気が漂っている。

 本当にイーダは来るだろうか?

 リシュカは念のために周囲をうかがってみたが、祭り会場には当然それらしい気配は感じられなかった。

 しかし、もしイーダが紫の流れ星に気がつかなければオリバーと祭りに来ていた未来もあったかもしれない。そう思うと、リシュカは胸がちくりと痛んだ。


 そのとき、空に花火が上がった。

 夜の花火と違い、昼の花火は本物の花々が空を舞う。

 色とりどりの花が花畑のように青空を彩った後、真っ白な鳩たちが空でハート形を作って飛んでいった。

 舞台上でステラクレードの町長とミルフォルンの校長が挨拶をする。

 二人とも、花の刺繍が入った派手な衣装を着ている。いつからか、どちらがより鮮やかで豪華な衣装を身にまとっているかで争っているようなところがあり、生徒の中にはどちらの衣装が良かったかと賭けているものもいるらしい。


「今年はやっぱり校長ね」

「町長は派手だけど趣味が悪すぎる」


 というのが、たいてい毎年の評価であるようだが。

 二人がまずダンスを踊ると夏至祭のはじまりである。

 待ってましたと人々が舞台へと駆け上がり、陽気な音楽や歌声、それにお酒やおいしそうな食べ物の匂いが広場中に広がった。

 リシュカも午前中は存分に楽しんだ。

 と言っても、屋台で飲み食いしていただけだが。


 今日は大切な仕事があるのだからと自制していたつもりだったが、カスタードと生クリームのアップルパイがおいしすぎて少し食べ過ぎてしまったようだ。この時期にしかでない蜜ブドウのエール酒も飲みたかったが、それはぐっと我慢をした。

 けれど、まわりの人たちが寄ってたかって進めてくる。それもそのはずだ。夏至祭に来て蜜ブドウのエール酒を飲まないなんて、夏至祭に来た意味がないのだから……。


「今年の蜜ブドウは最高だよ! なんてたって甘みが違う。こんなに濃密な蜜ブドウは百年に一度あるかないかって話だ。その蜜ブドウで作ったエール酒だ。これを飲まなけりゃ、夏至祭ははじまらないも当然だね!」


 お尻が見えてしまいそうな短いスカートをはいた売り子が大声で宣伝している。

 いやいや、騙されないぞ、とリシュカは首を振る。

 たしか去年も三百年に一度の豊作だとかなんとか言っていたはずだ。


「可愛いお嬢ちゃん、一杯どうぞ」


 とエール酒を鼻先に突きつけられる。

 普段甘い香りが鼻孔をくすぐった。それだけでも、ふわふわといい気持ちになりそうだった。


 正午が近くなり、リシュカはあわてて広場を抜け出した。


「リシュカ」


 すると、待ち受けていたのかエイナルが木陰から現れる。

 中折れハットの上から花冠をかぶり、茶色のベストに赤いリボンタイ、そしてひざ丈のズボンという夏至祭特有の格好だ。


「正直、この格好はあまり好きじゃないんだよね。特にズボン。十代のうちならまだ我慢できたけど」

「でも、はじめて会ったときの格好よりは似合っていると思うけど」


 リシュカが言うと、エイナルは何か言い訳をしたそうな顔で、


「君もね」


 と諦めたように言った。

 すると、突然エイナルはぐっと顔を近づけてきた。

 リシュカは思わずドギマギしてしまう。


「お酒飲んだね?」

「二杯だけ。二杯だけだから」


 やはり蜜ブドウのエール酒を我慢することは無理だったが、二杯だけで我慢できたことは褒められるべきだ、とリシュカは弁解した。

 エイナルはそれを聞いて大笑いをした。

 もし、こんな事件がなければ一緒に夏至祭を見て回れたのに、とリシュカは残念に思った。でも、こんな事件がなかったら、エイナルとも会えなかったかもしれないし、こうして夏至祭の日に顔を合わせることもなかったかもしれない、と思うと複雑な心境だった。


「どうしたの? やっぱり酔っ払っているんじゃないかい?」


 楽しそうなエイナルの顔にうれしいような悲しいようなよく分からない感情を抱いた。本当に自分は酔っ払ってしまったのかもしれない、とリシュカは考えた。

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