第九章 紫の流れ星
第28話
呆然としたまま寮へ戻ってきたリシュカは気持ちを落ち着かせるために、チョコレートケーキにかぶりついた。すると、今度は急速に腹が立ってきたので、さらにパンケーキにアイスクリームと蜂蜜をたっぷりかけて頬張った。
それでもいらだちが押さえられない。
勝手についてきて、よく分からないことを言い、そしてまた勝手に去っていくなんて。
「後は私に任せろって何なの? これは私の仕事なのに」
食堂でむすっと居座っていたが、あまりにも不機嫌なオーラを発していたため、他の生徒が近寄れないとの苦情があり追い出されることになった。
行き場のなくなったリシュカは廊下をぐるぐると歩いていた。
さすがに体が重い。気分も重い。
やはり、一言文句を言ってやらなければ気がおさまらない。
リシュカはどすどすと足音を立てながらウリカを探して寮の中を歩き回ってみた。
ところが、ウリカの姿は見つからない。
いや、そもそも彼女はこの寮で暮らしているのだろうか? と疑問になりリシュカは立ち止まった。そういえば、そんな話は一言も聞いたことがなかった。思えば食堂で見かけたこともない。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう?
それなら、彼女はどこで寝泊まりをしているのだろう?
「リシュカ・ルビナス」
ふりかえるとベアリー婦人が眉間にしわを寄せて立っていた。
「なんです? 女の子がそんな大股で足音を立てて歩くなんて。しかも、廊下の真ん中で立ち止まっているなんて迷惑ですよ」
「ベアリー婦人、ウリカの部屋ってどこですか?」
「ウリカ・ハイランジアですか? 彼女はこの寮には住んでいませんよ」
「じゃあ、どこに?」
「さあ? 私は詳しくは知りませんが、町の宿に泊まっているそうですよ。せっかくなのだから、寮で暮らせばもっとみんなと仲良くできると思いますけどね。まあ、彼女は特別入学生で夏至祭までしかいないそうですからね」
「え、そうなんですか?」
「そう聞いていますよ」
リシュカは首をかしげた。
「なぜ夏至祭までしかいないのですか?」
「さあ、私はそこまでは知りませんよ」
「どうしてウリカがミルフォルンに来たのかは知っていますか?」
ウリカは探し物があると言っていた。それなのに、夏至祭までとはどういうことなのだろう? 夏至祭までに見つからなかったらあきらめて帰るということなのだろうか?
「私は教師ではありませんから知りません。ただ、ララ・ファーンから特別な許可証を持ってミルフォルンに来たようですからね。何かここで勉強したいことでもあったのでしょう」
「わざわざミルフォルンに来てですか?」
「都会では学べないこともあるのでしょう。あなたも、バイトばかりしていないで勉学にも力を入れるべきですよ。いくら学費のためとはいえ、それで勉学をおろそかにしてしてしまっては本末転倒ですからね」
リシュカはドキリとする。星屑集めのことはバレていないと思うが、リシュカが学費のためにアルバイトばかりしていることは知られているのだ。
「はい」
「私ったら、おしゃべりが過ぎてしまいました。とにかく、リシュカ・ルビナス。廊下は静かに歩くように、いいですね?」
「分かりました」
リシュカはおとなしく頭を下げた。
今の話からすると、ウリカはララ・ファーンからの命令で何かを探しにやって来たということなのだろうか?
まさかイーダを?
リシュカは首を振る。
いや、人間のメイドを探しにわざわざララ・ファーンから来るわけがない。それならやはり――
「紫の流れ星」
それしかない、とリシュカは確信をする。
いったい紫の流れ星とは何なのか?
リシュカはいてもたってもいられず、寮や校舎をぐるぐる歩き回った後、その間にある図書館へと足をむけた。
休日だというのに図書館には勉強熱心な生徒で席も床も埋まっていた。寝そべりながら本を読んでいる学生や棚から逃げ出してうろついている本を踏まないようにしながら進まなければいけないので厄介だ。壁一面には天井までぎっしりと本が詰まっていて、誰かが本を抜くとその拍子に本や様々なものが落下してくることがあるので頭にも注意しなければいけない。
本の壁にめまいを覚えながら、リシュカは天文系の本や呪いの本を片っ端から開いてみた。
けれど、不思議なことに、紫の流れ星のことなどどこにも載っていなかった。
人間の新聞にも載っていたというし、フェルセン氏だって子供頃見たと言っていたのに、どこにも記載がないというのはどういうことなのだろう?
「リシュカ・ルビナス」
首を何度もひねっていると、肩を叩かれた。分厚い本から顔をあげると、大きな丸メガメをかけた司書のリブローム女史が立っていた。
「もう、閉館時間ですよ」
周りを見渡すと、いつの間にか誰もいなくなっている。
「あなたがこんなにも熱心に本を読むなんて、課題に追われた時ぐらいかと思っていましたが、ようやく、ようやく、心を入れかえてくれたようですね。私、感動いたしました」
リブローム女史は涙ぐみながら言った。
嘘です、と言うわけにもいかず、リシュカは笑ってごまかしながらあわてて図書館を後にした。
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