第24話
「あれ、知らないのかい? 今日のスペシャルゲストじゃないか」
「えっ」
驚きの声をあげた瞬間、わっと歓声があがった。
「噂をすればだ」
とエイナルが言う。
その視線の先に目を向けてぎょっとした。
広間の入り口に、間違いなくウリカが立っていたのだ。
しかも、ベルマン男爵にエスコートをされて人々の間を歩いてくる。おまけに歓声に応えるかのように、ほほ笑みを浮かべ堂々とした歩きっぷりだった。
紫色の髪はパールをちりばめたように輝き、珊瑚の美しい髪飾りとイヤリングが目を引いた。風のように揺らめく黒いロングドレスは足を踏み出すたびに玉虫のように美しい光沢で輝いている。柔らかな布地には藍色のマントよりも細かい銀と金の刺繍が施され、ルビーやサファイヤが控えめながら存在感を見せてきらきらとしていた。
背中が大胆に空いたドレスはドキドキしてしまうほど色っぽい。真っすぐに整った背筋が美しく、手足も首も長くすらりと細い姿は、妖艶なほどに黒のドレスがよく似合っていた。
切れ長の目に長く引かれた黒いアイライン、頬骨を高く見せるコーラルのチーク、深みのあるレッドブラウンの口紅。
どれを取っても洗練された装いは、一気に舞踏会の花となった。
「あれが、ララ・ファーンの魔法使い……」
エイナルがつぶやく。
リシュカもその圧倒的な美しさの前にひれ伏しそうになった。
「さすが、都会の魔女は美しいね……。それにしても、ベルマン男爵もやるなあ。今町で一番話題になっている人を連れてくるなんてさ」
エイナルもため息をつきながらぼんやりと見とれている。
楽団までもが楽器を弾く手がとまっていたが、音楽が止んでいることに気がついている人さえいないほどだった。
「おや、リシュカ。君も来てたのか」
ウリカがリシュカに気がついて声をかけてきた。
リシュカはやっと現実に引き戻される。それでも、目の前の人が自分の知り合いだとは思えず、夢の中にいるかのような妙な気分だった。
「なぜ、あなたが、ここに……?」
うまく言葉がでなかった。声がかすれてしまう。
「君がよくて私は駄目なのか?」
ウリカはにやりと笑い、微笑みを浮かべたまま通り過ぎていった。
そのあとには、甘い花のにおいが香った。甘さの中に清涼感もある不思議な香りだ。
二人が人々の間を抜けて広間の中央まで着くと、ようやく楽団員たちが我に返って音楽を奏ではじめた。ウリカとベルマン男爵はダンスを踊りはじめる。そのしなやかで美しい足取りと言ったら、見る者に魔法をかけているかのようだった。
本当にこういう魔法がララ・ファーンにはあるのでは? とリシュカは疑いたくなるほどだった。
「ララ・ファーン。最初の魔法使いが創立した最古の魔法学校。なんて心躍る響きなんだろう。僕も死ぬまでには一度行ってみたいなあ」
それにはリシュカも同意せざるを得なかった。
校舎がクリスタルと珊瑚でできているというのは本当だろうか?
校舎は雲の中に浮かんでいて、常に虹が架かっている。校庭では伝説の生き物である竜が棲んでいるというのは本当だろうか?
「でも、私たちみたいな田舎者が行っても、どうせ笑われるだけだと思うけど」
ウリカのダンスを見つめながらリシュカは言った。
「卑屈だなあ」
とエイナルは笑う。
「同じ魔法使いじゃないか」
リシュカは何か心が響くものを感じてエイナルを見上げた。
「魔法に田舎も都会もないだろう? それに、君だって魔法使いなんだから。しかも、ララ・ファーンの魔法使いとも知り合いだ」
エイナルは無邪気に笑う。
リシュカは植物園でウリカに言われたことも思い出していた。それでも……。
「都会の魔法使いは、私たちなんかよりもすごい魔法使いだから。ララ・ファーンはもっとすごい魔法使いだから、私たちとは全然違うの」
「それって何が違うの?」
「ララ・ファーンにはすごい魔法がたくさんあるの」
「すごい魔法って? 君の魔法もすごかったけどな」
エイナルはまっすぐな笑顔で言った。
リシュカはなぜかむずがゆさを覚えて恥ずかしくなった。
「僕にとってはどんな魔法だってすごい魔法だよ。魔法が使えるだけですごいんだから」
「そりゃあ、魔法使いだもの」
「そう、魔法使いはすごいんだよ。もちろん、君もね」
エイナルの言葉にぽっと胸が温かくなる。
そしてなぜか、幼い頃の自分を思い出した。無邪気に自分をすごい魔法使いだと思っていた頃のことを。
それなのに、自分をすごい魔法使いなんかじゃないと思うようになったのはいつ頃からだったのだろう? ウリカからは自分への信頼が足りないと言われたけれど、自分がまだまだ未熟者だということは自分が一番よく分かっているのだ。
たしかにあの頃に比べたら色んな魔法が使えるようになったはずなのに、魔法使いとしての自信はあのころの半分もなくなっているような気がした。
――すごい魔法って何だろう?
とリシュカは自分で言った言葉について考える。
町を焼きつくす魔法?
竜を殺せるような魔法?
それをすごい魔法使いというのだろうか?
でも、ウリカは魔法は人と共にあるものだと言っていた。
それなら、すごい魔法使いとはどういう魔法使いのことを言うのだろう?
「ねえ、難しい顔してないで、そろそろ僕たちも踊ろうよ」
腕を組んで考え込んでたリシュカの前にエイナルが手を差し出した。
リシュカは面食らった。
「踊る?」
エイナルは不思議そうな顔をする。
「踊らなくて、君は何をしに舞踏会に来たんだい?」
裏庭のまじないを解くため、なんて言ったらエイナルは大喜びをして飛び出していきそうだ。
「でも、ヒールの靴になれてないし」
「ちゃんとリードするから大丈夫さ。僕も貴族の端くれなんだから」
エイナルはウィンクをする。
「魔女と踊れる機会なんて滅多にないんだから、一緒に踊ろうよ」
キラキラと輝くエイナルの瞳にリシュカはノーとは言えない気持ちになっていた。
「魔法使いのお嬢さん、どうか僕と踊ってください」
仰々しくお辞儀をするエイナルにリシュカは顔を真っ赤にする。こういう時はどう応じればいいのか、授業では教えてくれなかった。
「……じゃあ、一曲だけ」
リシュカはささやくように言うと、ぎこちなくその手を取った。
エイナルの言う通り、彼のリードはとても上手だった。
それでも何度も彼の足を踏んでしまったけれど、彼は、「魔女でも不器用な子がいるんだね」と面白そうに笑うだけだった。
てっきり呆れられるか怒り出すのではないかと思ったリシュカは拍子抜けをし、自分でも気がつかないうちにダンスを楽しんでいた。
「人間ってもっと気難しいかと思ってた」
「僕は魔法使いのほうが気難しいと思ってたけどなあ」
リシュカは驚く。たしかに気難しい人もいないわけではないけれど、魔法使いは基本的にマイペースでいい加減だ。
「人間だって同じだよ」
エイナルは穏やかに笑いながら言った。
その笑顔にリシュカはどきりとして、また彼の足を踏んでしまう。
「魔女にこんなにたくさん足を踏まれた人間は僕がはじめてかも」
エイナルは楽しそうに笑う。
いつしかリシュカも一緒に笑っていた。
結局二人は、三曲も踊った。
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