第18話
リシュカはハーブ園の中で害虫を一匹一匹桃の木で作った箸で摘んで袋に入れるという地道でつらい作業を続けていた。その途中でツマミソウという名の、ハーブや果物をつまみ食いしようとする雑草とも戦わなければならない。ハーブに喧嘩を売る植物は少ないが、目を光らせておくことも大切だ。
そして言うまでもなく、注意しなくてはいけないのは植物だけではない。いたずら好きの妖精たちにも注意をしなくてはいけない。
そう言うそばから、ツマミソウに気を取られている間に黄色の帽子を妖精に飛ばされてしまった。リシュカは悪態をつきながらハーブ畑をかき分けて行く。
あった、と思うとただの葉っぱだった。妖精たちのくすくす笑いが聞こえてくる。ここでは、妖精たちに魔法を使うことが禁止されているため、リシュカは奥歯をかみしめながらぐっと我慢をした。今の時期は個人採取が禁止されてるため、妖精たちもいたずら相手に飢えているのだ。
探し回っているうちにいつの間にか「ささやかな庭」に出てしまった。ここは、家の庭や路傍で見かけるようなありふれた植物を集めた小さな庭だ。
白やピンクの愛らしい野ばらが満開に咲いている。足を踏み入れると、野ばらの蔓で作ったブランコに誰かが座っていた。
それは、ウリカだった。
彼女はゆったりと振り返った。
まるでここが彼女の家のコテージかのように。ウリカはリシュカの姿を認めると、
「君か。ご苦労さん」
と笑った。
リシュカは羞恥で顔が赤くなる。
備品を持ち出して罰を受けていることは、学校中に知られていた。なぜなら、ユニコーン研究者のホリップ・ホイップ博士がユニコーンの角が一つなくなったと世界が終わることを伝える予言者のように大騒ぎをしたからだ。
もちろん、ユニコーンの角はその後こっそり返しにいった。運悪く警備人形に捕まってしまったが。
角に傷一つついていないことを確かめると、ホリップ・ホイップ博士は世界の破滅が神によって救われたかのようにさめざめと泣いた。
魔法陣を描くために使わなくて本当によかったとリシュカは思った。もちろん、そのあとで一日中部屋の中でガミガミ妖精に叱られ続けるという罰を受けることにはなったけれど。
「こんなところで何してるの?」
リシュカは聞いた。
ここは植物園の中でも平凡で一番人気のない場所だ。珍しい植物などひとつもない。
「見てたんだ。珍しい花がたくさんあるからな」
「珍しい?」
リシュカが怪訝そうに首をかしげると、ウリカは小さく笑った。
最近は転入してきたばかりの頃と比べて印象が変化していた。ひょうひょうとした態度は変わっていないけれど、その奥には涼やかに広がる平原を思わせるような穏やかで、どこか優しさも感じられる不思議な静けさがあった。
「ああ。東にはないものばかりだからな。グラツィアルにないものなどないと思っていたが、見落としていたものがずいぶんあるようだ。あそこにも美しいものはたくさんあるが、整ったものばかりだ。ここは、みんな素朴で美しい。忘れていたものを思い出すよ」
ウリカはいとおしいものでも見るように、小さな花々をながめていた。その瞳には何か大切なものを思い出させてくれるような懐かしさと優しさがあった。普段は気にもとめない野花ばかりだけれど、たしかにゆっくりと眺めてみれば、どれも飾らない優しい美しさがあった。
「それはそうと、君はユニコーンの角なんか持ち出して何をするつもりだったんだ? また危険なアルバイトでもしているのか?」
ウリカは笑いながら言った。
でも、その表情は面白がっているふうだった。
「君は規則を破るのが好きなようだ」
「そ、そっちこそ、いつまでもララ・ファーンのマントをしているくせに」
リシュカは苦し紛れに反撃しようとした。
しかし、ウリカの表情は変わらない。
「これか。綺麗だろう? 大陸一の職人に作らせた特注品なんだ。私に合うように作られているからな。これ以外のものは羽織る気にならないんだ」
それどころかウリカは何でもないように言い、自慢げに美しい銀の刺繍を広げて見せた。まるで夜空に輝く天の川のようだ。不思議な光沢のある紺色の布地にまるでダイヤモンドの粉を振りかけたかのような銀の刺繍は、見たことのないくらい細やかで複雑な模様だった。どうやったら、こんな刺繍ができあがるのか想像すらつかない。
「大陸一? 特注……?」
もしかして、ものすごくとんでもないお金持ちのお嬢様なのだろうか?
特注でこんなにも美しいマントを作ってもらえるなんて、やはり、普通の魔法使いとは思えなかった。
「君のほうはまだ青マントなのに、ユニコーンの角は早すぎるんじゃないか? バイトをするならもっと安全で自分でのレベルにあったものにすべきだな」
リシュカはぎくりとする。
ホリップ・ホイップ博士が大騒ぎしたことで学校中に悪行がばれてしまったが、逆に詳しい話がうやむやにすんだことにはほっと胸をなで下ろしていたのだ。
「西オトギリソウで染めたストール、水晶の十字架、オニキスの短剣、そしてユニコーンの角……。まさか、ゴースト払いでもするつもりだったのか?」
リシュカはごまかしの言葉が思いつかなかった。
「そのまさか、か」
ウリカは呆れたように言う。
「君にはまだ早いように思うが、上手くいったのか?」
リシュカは首を振る。
「結局、ゴーストはいなかったから」
屋敷での出来事を話して聞かせると、ウリカは興味をもったようだった。
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