第六章 ウリカの課外授業

第17話

 ゴーストのことは人間の勘違いで決着がついてしまったようだった。そのため、当然ことだがわずかな手間賃程度で報酬らしい報酬をもらうことはできなかった。ゴーストと対峙しなくてすんだことには安堵をしたが、お金の問題を考えるとリシュカは落ち込むしかなかった。

 しかも、不運はそれだけではない。

 魔除けの道具類を持ち出していたことが学校にばれてしまったのだ。

 リシュカは呼び出されて一晩中説教を受けたあと、反省文を百枚書かされた。

 さらに、草むしりの罰まで受けることになった。

 退学にならなかっただけでも運が良かったと考えるべきだが、立派な魔法使いになる道は遠くなってしまった。

 無謀なバイトを安請け合いした自分が悪いのは分かっている。けれど、紫の流れ星を見て以来、ツイていないような気がする、とリシュカは思った。


 放課後、さっそくリシュカは植物園の草むしりと害虫退治に追われていた。

 植物園と言ってもほとんど森と変わらない。ただ、普通の森と違うのは、草花から魔法薬に使うような薬草、神聖樹や危険な悪魔植物、妖精の果実までごったに生息しているところだ。

 よく同じ場所で育つものだと不思議に思うが、たまに植物同士が喧嘩をしているので、もしかすると普通の森よりも危険かもしれない。

 リシュカは棘のついた黄色の帽子をかぶり、ナナカマドで作ったリースを首から下げ、紫ミントで染めた革の手袋をはめていた。これは食虫植物や悪魔植物に食べられたり襲われたりしないためのものだ。特に生徒は植物園の中で魔法を使うことを制限されているため、魔よけや虫よけの格好をしなくてはならなかった。

 とはいえ、危険なのはそれだけではない。

 リシュカは危うくアシキリソウに足を噛まれそうになった。動物を捕まえる罠を作るときに活用する雑草だが、注意しないとその名の通り自分の足が噛まれてしまう。他にも手足に絡みついてきたり、近づくと眠り粉をまき散らす野花もいるため、慎重に進まなくてはならない。

 危険な雑草地帯はやっかいな上に、本当の雑草との見分けが難しいため、この場所の草むしりだけでも五日かかってしまった。やっと、雑草地帯を終えて先に進むと、そこはハーブ園だ。


 ハーブ園はおそらく植物園の中で一番広い。何十種類もあるハーブが色とりどりの花を咲かせ、濃厚な香りを振りまいている。

 祖母はハーブの調合が得意で、家にはいつも数え切れないほどのハーブがあった。祖母の作るハーブの薬は評判も良く、ずいぶん遠くから買いに来る客もいたものだった。様々なハーブの匂いをかぐとリシュカは祖母と暮らした町外れの家を思い出し、懐かしい気分になった。リシュカが泣いたり、わがままを言ったり、癇癪を起したりするたびに、祖母は色々なハーブティーを調合してくれたものだった。


 祖母が、「リシュカのための特別なお茶だよ」と言って美しいガラスのポットでハーブティーを注いでくれるのが好きだった。そこにたっぷりと蜂蜜を入れて飲むと、不思議とどんなに感情が荒れていても静かになってしまうのだ。もう少し、ハーブのことを祖母から教わっておけばよかった、とリシュカは思った。

 祖母は優しかったけれど、多くを教えてくれるわけではなかった。いつでも、「リシュカの好きにやりなさい」と言って見守ってくれる人だった。

 当時は、まわりの子供たちがうるさい母親に辟易しているのを見て、自由にさせてくれる祖母が自慢だった。でも、彼女がいなくなった今は、それを少しうらやましく思っているのが自分でもおかしかった。

 もっと、色んなことを教えてほしかった、とリシュカは思う。もっと、祖母のものを自分の中に残しておきたかった。

 リシュカは祖母のことを思い出して感傷的になった。

 今の自分を見たら祖母は何と言うだろう?

 あいかわらずおてんばだと笑うだろうか?

 成長してないと呆れてしまうだろうか?

 はやく立派な魔法使いになりたい。

 そんな気持ちだけが空回ってしまう。


 ハーブ園にはハーブの個人採取を禁止するという立て看板が置かれていた。

 なぜならもうすぐ夏至祭だからだ。

 夏至祭が近づくとそれはハーブ狩りの季節でもあった。日が長い時期に採ったハーブには強い魔力が宿っていると言われており、特に夏至の当日に採ったハーブは人気がある。

 ミルフォルンではその昔、夏至の日にハーブが取り付くされることを心配した魔法使いが前日にハーブを取り付くしてしまうという大事件があったらしい。そのため、今は夏至が近づくと植物園では夏至の当日まで個人使用のためのハーブは採取禁止になるのだった。もちろん、夏至祭の準備用はまだ別だ。


  夏至祭では、大切な祭りをゴーストや悪魔が邪魔をしに来ないように、ハーブを最低でも七種類以上使って花冠をつくり女も男も魔法使いも人間も皆それを頭にかぶって踊るというのが習わしになっている。人間たちのほうでは花冠専門の店が立ち並ぶそうだが、魔法使いたちはそれぞれ好きなハーブを組み合わせていかに奇抜で素敵な花冠を作れるかで競っているところがあった。

 リシュカはその手のことが不得手なのでいつも脇役だが、花冠のコンテストも密かに開かれている。

 去年は同級生のリリアが作ったブラックマロウとキンセンカの花冠が五位に選ばれお祝いしたものだった。今年は絶対に優勝すると意気込んでいたけれど、リリアがどんな花冠を作るのか今から楽しみだった。


 他にも、祭りが行われるリサ広場の入り口には大きなハーブアーチが置かれる。そのアーチを作るのは毎年ミルフォルンの役目だ。夏至祭まで一ヶ月程なのでアーチ作りもそろそろはじまる頃だろう。

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