第16話
「こんなところですごい魔法使いに会えるなんてうれしいな! 僕は何てツイているんだろう! 見たところ、僕とそんなに変わらない年のように見えるのに。いや、待てよ。魔法使いの年齢は人間とは違うんだよね。見た目は十七、八ぐらいに見えるけど、もっと長く生きているのかな? 魔法使いは不思議だなあ。あ、本当に瞳は鉱物みたいなんだね。本当にきれいだなあ。どうしてそんなに――」
彼は一人でしゃべって、一人で感動にふけっていた。
「エイナル……あの……」
誤解を解いたほうがいいのか、関わらないほうがいいのか、リシュカは迷っていた。下手なことを言うと、もっとやっかいなことになりそうな気がする。
「ゴースト退治をするところを間近で見られるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう。神様、ありがとう」
とうとう、神に祈りまでささげてしまった。リシュカは逃げ出したい気分だった。いっそのこと、自分がゴーストだと言ったほうが良かったのかもしれない。しかし、もうすでに手遅れのようだ。
「ねえ、はやく、ゴーストを退治するところを見せてよ!」
子供のような無邪気さでエイナルが言う。
「でも、ゴーストはいないみたいだし……」
「そんなことないさ! 一緒に探そう!」
そう言ってエイナルはリシュカの手を取った。まるで今から大海原に飛び出す冒険小説の主人公みたいに。
どうしてこんなことになってしまったのか。
リシュカはエイナルと共にゴーストを探して屋敷中を歩き回る羽目になってしまった。エイナルはさっきまであんなに震えていたというのに、今は意気揚々と鼻歌を歌いながら先頭を歩いていた。
まだ上の階は掃除ができていないらしく、埃や蜘蛛の巣、朽ちた家具が廃墟らしい様子をとどめていたが、陽気なエイナルの前では舞台道具のようだった。
そしてもちろん、ゴーストなどいる様子もない。もしかすると、エイナルが満面の笑みで勢いよく扉を開けはなっていくので、逃げ出してしまったのかもしれない。
「おかしいな?」
何十もの扉を開けたあと、ようやく彼も首をかしげてくれた。
「もしかして、ゴーストなんて見間違いなんじゃない?」
「はっきり姿を見たって聞いたんだけどな。髪濡れたようにつやつやしていて、顔は真っ青で、暗い感じの若い娘のようだったって。はじめは海で溺れた子が屋敷で暖をとってるのかと思ったそうだよ。でも、大広間のほうへ走って逃げたかと思うと消えたんだってさ」
「それ、本当に女の子だったんじゃない? ゴーストが走って逃げるわけないし。どこかに隠れたのを見失っただけかも。こんなに広いお屋敷なんだから」
「うーん、そうかな?」
エイナルは納得のいかない様子で腕を組んだ。
「人間が見間違えることはよくあることだし」
「そうなのかな……」
エイナルはがっかりしたようだった。リシュカは内心、ほっとしていた。
「ほら、もうこんな時間だし、早く帰りましょう」
リシュカはぐずぐずしているエイナルの背中を押して、ようやく外に出た。時間はまもなく四時になろうとしている。もうすぐ東の空が白みはじめてしまう。
エイナルは名残惜しそうに屋敷を見上げていた。
夜空には雲ひとつなく星空は控えめに輝いている。
リシュカは気負っていたものがなくなり、疲れと眠気を感じた。はやくベッドの中に潜りこみたい気分だった。
ところが、エイナルが突然振り返った。
「ねえ、お願いがあるんだ」
と最期の望みを聞いてくれと言わんばかりの切実な瞳でリシュカを見つめた。
「何かすごい魔法を見せて欲しいんだ。せっかく、すごい魔法使いに会えたのに、魔法のひとつも見ないで帰るなんて、死んでも死にきれないよ」
「あなた、もうすぐ死ぬの?」
リシュカは茶化して聞く。
エイナルは神妙に首を振った。
「気持ちの問題なんだ」
と真面目な顔で言う。
なんて変わった青年なんだろうとリシュカ驚いた。
たいていの人間は魔法使いを不気味で危険な存在だと思っているか、珍しい見世物でも見るかのような好奇の目を向けてくるだけなのに。
でも、エイナルの好奇心に満ちた瞳は子供のように純粋なもので、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、驚かせてあげたいようないたずら心が湧いてきたのだった。
「すごい魔法ね……」
リシュカはあくびをかみ殺しながら空を見上げた。
もうすぐ目覚めようとしている夜空を見て、ふと久しぶりにあの魔法を使ってみたくなった。
「じゃあ、特別な魔法を見せてあげる」
リシュカは星空に向かって手をあげた。
祖母から教わった二つ目の魔法。
すごい魔法使いだと勘違いされたままなのは落ち着かないが、どうせ、もう会うこともないからいいだろう。
「リクゥエサスタ・パーケ!」
頭上の星々がふっと消えた。
「あっ、星が!」
リシュカは驚くエイナルの前に拳を差し出す。
そして、手の平を開いた。
その中では小さな光が寝息をたてるように静かに瞬いていた。
「これは、星を眠らせる魔法」
「すごい、星が眠ってる」
エイナルはそう言ってから、慌てて口を押えた。星を起こしてしまってはいけないというように。
リシュカは笑った。そして、手に平にふっと息を吹きかける。
すると、小さな星はパチパチっと大きく瞬いたかと思うと、蛍のように宙を舞い、そして、夜空へと帰って行った。
「すごい……すごいよ!」
エイナルはいつまでも夜空を見上げていた。
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