第五章 ゴースト退治

第13話

 翌朝も、食堂では吟遊詩人の話で持ちきりだった。

 昨日まで音楽のおの字も語っていなかった生徒がどこから入手したのか思い思いに楽器を抱えて吟遊詩人のまねごとをしている。

 たしか、五年前に彼が来たときも町に楽師があふれかえったことをリシュカは思い出した。

 下手くそな歌が食堂に響き、怒った生徒たちとの間で喧嘩になり頭上をミートパイが飛び交っていても、その温かな気持ちは変わらなかった。それもきっと、吟遊詩人の歌が素晴らしかったからだろう。


 生徒たちは朝食がすんでも昼食が過ぎても、上の空で授業を受けていた。下手くそな歌で庭園や森の妖精たちを怒らせる者。歌を聞きそびれた腹いせに魔法で暴れる者。涙を流して神様に感謝をし続ける者まで様々だった。

 そして、そういう生徒を横目で見て笑った後、「やっぱり吟遊詩人は素晴らしかったね」と再び夢の中へ戻ってしまうのだ。


 そんな調子で一週間経っても生徒たちは夢の世界から戻ってこなかった。

 誰も授業を真面目に聞かず、課題も忘れる、遅刻は当たり前。そのため、ついに先生たちはカンカンに怒ってしまった。

 罰として全生徒に一ヶ月の楽器禁止と「模範的魔法使いの精神と学び」の本を書き写す課題が与えられることになってしまったのだ。

 それはミルフォルンに入学したとき、必読書として購入させられた分厚い本だが、リシュカは表紙を開いたことすらなかった。おそらくほとんどの生徒がそうだろう。本を失くしていないだけましな方だった。

 その本をすべて書き写さなければ外出許可を出さないと言われ、夢から一転、ミルフォルンは阿鼻叫喚につつまれた。

 リシュカももちろんそのうちの一人である。

 それどころか、夢から覚めた彼女はようやくゴースト退治のことを思い出して頭を悩ませていた。


「ねえ、ゴースト退治に必要な物ってなんだと思う?」


 リシュカは談話室でカラクリ人形のように文字を書き写しながらまわりの生徒たちにたずねてみた。


「ゴースト退治? なんでまた?」


 彼女たちもまた機械的手を動かしながら、いぶかしげにリシュカを見た。


「んー、ちょっと興味があって……」

「ゴースト払いの授業は赤のマント以上じゃないと受けられないでしょ?」


 赤色のマントは上から三番目の学位だ。それだけゴーストと対峙するのは危険だということでもある。


「私たちにはまだ早いでしょ?」

「もちろん、実際にやるわけじゃないけど、どうやるのかなあって、ちょっと思っただけで……」


 リシュカは警戒されないようにへらへらと笑いながら言った。まさかそんなアルバイトを受けたとは言えるはずもない。

 彼女たちは疑う様子もなく、うーんと首をひねって真剣に考えだした。ひたすらつまらない文章を写していて誰もが飽き飽きしているのだ。


「まずはやっぱり十字架が必要でしょ? 水晶でできたもの。あとは聖水で煮詰めたお塩とかカエルが吐き出したニンニクとか……」

「フクロウの剥製でつくったお面はどう? ヒービー先生がかぶってるハーブで編んだ帽子も役に立ちそうな気がする」

「そうじゃなくてオニキスの短剣でしょ。白蛇の血で清めたやつ。それでゴーストを一突きするのよ」

「違う違う。そんなものじゃなくて魔法陣よ。ユニコーンの角を使って描くのよ。前に小説で読んだわ」


 とみんなはそれぞれ好き勝手なことを言う。

 リシュカは思わず手が止まってしまう。

 そんなものをどうやって用意したら良いのか、もちろん自分で購入することなんてできるわけがない。そんなことをしたらお金のために引き受けたのに、かえって赤字になりそうである。

 それに、たとえ道具がそろったとしても青マントの自分にゴースト退治なんてできるのだろうか? と今さらながらに気がついた。そもそも、やり方さえ知らないのだ。

 とんだ安請け合いをしてしまったとリシュカは血の気が引く思いだった。やはり断るべきか。いや、でも、上手くいけばお金が手に入るのだ。ゴーストの一匹や二匹……。


「リシュカ、同じページ写してるわよ」


 と指摘されて、リシュカは踏まれたカエルのような声をあげた。

 とにかく、「模範的魔法使いの精神と学び」を書き写さなければゴーストにかまっている暇もない。リシュカはゴースト退治の不安は一度わきに置き、ひたすら書写につとめた。

 二十日間かかってやっと写しおえたときには、すっかりペンダコができてしまった。

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