第11話

 そこは、魔法使いなのか人間なのかもよく分からない人たちがよく分からない店を開いている裏通りだった。ショーウィンドウの中では骸骨が歯を磨いていたり、女装したゴリラが銃を構えているかと思うと、ウサギの天使がユニコーンに乗ってチョコレートを配っていたり、あるいは、タイトルも挿し絵もない本ばかりが並べられていたり、そのあたりに転がっていそうな小石を売る店もあった。


 リシュカはその中にある「ホウキとちりとり屋」に入った。

 細長い店内には天井まで届く本棚が壁のように置かれ、通路は体を横にしなければ通ることができない。本棚には人間の絵本から魔法使いの呪いの書まで様々な本があるが、本だけでなく、その間に香水や謎のツボ、カラクリ時計に、ケーキ、トカゲの剥製と、ゴミ箱の中でさえここよりは秩序があるのではないかと思うほど、めちゃくちゃに物が置かれている。

 リシュカは慎重に横歩きをしながら奥にあるカウンターに進んでいった。


「リシュカ、待ってたぞ」


 小さなカウンターには、口ひげを生やして蝶ネクタイをした男が座っていた。この店の主人であるフェルセン氏だ。

 フェルセン氏はパイプ煙草を一口吸ってにやりと笑った。ご自慢のダイヤモンドの差し歯がきらりと光った。

 リシュカはカバンから星屑の入った革袋を出す。

 今日は、月に一度、星屑を買い取ってもらえる日なのだ。

 しかし、ためらいがちに袋を差し出すと、中身をのぞき込んだフェルセン氏が案の定曇った顔をした。


「これだけか? まあ、質は悪くないようだが」


 リシュカは肩をすぼめた。


「そうなの、ちょっと予想外のことが起きて」

「予想外?」


 リシュカはうなずいて店の中を見回すと、他に客がいないのを確認してから、思わせぶりに身を乗り出した。


「この前の流星群の日に、紫色の流れ星が落ちてきたの。その星屑を取ろうとしたんだけど、上手くいかなくて」

「紫色の流れ星?」


 フェルセン氏は首をかしげて天井を見上げた。


「そう。一つだけ紫色に光ってて、まるで魚が泳ぐみたいにゆっくり流れてきたの。あんな流れ星ははじめて。だから絶対に、あれから星屑を取ったら高値で売れると思ったのに」

「欲を出すと上手くいかないもんさ」


 フェルセン氏は笑った。

 そしてふと思い出したように言った。


「……そういやあ人間の新聞にそんなことが書いてあったな」

「本当に? 人間が? みんなあの紫の流れ星を見たってこと? それで? 大騒ぎになってた?」


 興奮気味にたずねたが、フェルセン氏は落ち落ち着き払ってパイプを吸う。


「だから落ち着けって。そんなんだから上手くいかなかったんだよ」

「でも」

「大騒ぎになんかなってねえよ。珍しい流れ星が見れました、よかったですねってその程度さ」

「それだけ?」


 リシュカはがっかりとする。

 人間にとって紫の流れ星なんて驚くほどのものでもないということだろうか?


「人間って大きな風船を箱で吊るしてちょっと浮き上がっただけでも大騒ぎするくせに」


 リシュカは不機嫌に言った。

 少し前、人間が自分たちも空を飛べるようになったと言って大騒ぎしていたのだ。魔法でも使えるようになったのかと思いきや、箱に大きな風船をつけて少し浮き上がっただけだった。彼らに言わせるとそれはものすごい発明と技術の結晶なのだそうだが、リシュカやまわりの魔法使いたちにはそのすごさはよく分からなかった。

 そうかと思うと、魔法使いの魔法を手品だと疑ってみたり、安易に魔法を使うなと怒ってきたり、人間というのはよく分からない。


「そういやあ。俺もガキの頃に一度見た気がするなあ。あれは……三百年くらい前だったか……」

「そうなの?」

「あの頃は星見と言って、みんなで酒を飲みながら流星群を見る風習があったんだよ。いつの間にかなくなっちまったが」

「素敵なイベントなのにもったいない」


 でも、それがあったら星屑集めのバイトができなくなってしまうかも、と思うと複雑だった。


「まあ、このあたりじゃ流星群は珍しくもねえからな。それに、酒に酔っぱらって何が流れていたって気がつかないようなありさまだったしな」

「紫の流れ星も?」

「そうさ。もしかしたら何度も見てたかもしれねえな。でも、記憶にある限りじゃ一度だって騒ぎになったことはなかったと思うがな。もっとも、酔っ払ってほとんど覚えてねえが」


 フェルセン氏は大きな声をたてて笑った。


「そんな」


 リシュカは不満げに声を上げた。


「俺は天文学には詳しくないが、紫色の流れ星ってのはそんなに珍しいもんなのか?」


 そう言われると自信がない。

 自分がはじめて見たというだけで、もしかしたら紫色をした流れ星なんてたまにあるものなのかもしれない。そう思うと、神様の子供だなんだと言っていたことがたまらなく恥ずかしくなってしまった。


「まあ、そんなに気を落とすなよ」


 フェルセン氏はパイプをくわえたままで笑った。


「珍しいといやあ、おまえんとこの学校にララ・ファーンの魔法使いが来たんだって?」

「よくご存じで」

「何言ってやがんだ。町中の噂だよ。魔法使いだけじゃない。人間たちまで近頃はその話で持ちきりだからな」

「へえ、人間まで?」

「人間は俺たちよりも噂話が好きだからな。とにかく、今は猫も杓子もララ・ファーンだ。紫の流れ星よりも話題だろうな」


 フェルセン氏は言った。


「なんでも、キツネ目の美人って話じゃねえか。今日は一緒じゃねえのか?」

「そんなわけないでしょ」


 フェルセン氏はがははと笑った。

 もし、ウリカをこの店に連れてきたらどんな反応をするんだろう? とリシュカは想像してみる。案外楽しそうにするかもしれない。こんなに狭くてゴミ箱みたいな店がグラツィアルにあるとは思えないからだ。


「まあ、とにかく今回の報酬は――」


 フェルセン氏は星屑を天秤に乗せてはかると、金貨を数枚リシュカの手にのせた。


「こんだけだな。質は良いからいつもよりおまけはしといてやるよ」


 しかし、それはいつもの半分ぐらいしかなかった。


「これだけ……」


 リシュカは消え入りそうな声で言った。


「たしか、次の流星群はしばらく先だったな」

「これじゃあ、退学どころか生きていけないかも」


 その場で崩れ落ちてしまいそうだった。

 そうしたら、ここの本棚の一隅に収まって、誰かが買ってくれるまで静かに生きよう、などと本気で考えはじめていた。

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