第8話
校舎の裏には「いたずら妖精の森」が広がっている。
その名の通り、いたずら妖精がたくさん棲んでいる森で、普段は生徒の立ち入りが禁止されている保護区となっている。
この森には都市部では珍しい妖精も数多くいるらしく、時々都市から研究者がやってくることもあるが、たいていは妖精のいたずらにあって怒って帰ってしまう。彼ら曰く、田舎の妖精は礼儀がなっていないらしい。
今日はその森で「妖精と上手く付き合う方法」の授業の実地訓練が行われることになっていた。これは人気のある授業の一つだった。なぜかと言うと、良い成績を収めた生徒には珍しい鉱物や植物がご褒美としてもらえることがあるためだ。
珍しいものに目がないリシュカも陽気な気分で集合場所に向かった。今回の褒美品はなんだろうかとにやにやしながら想像をしていたが、一瞬で顔を曇らせる。思わず後ずさりしそうになる。
そこに、ウリカの姿があったからだ。
前回の授業にはいなかったのに、と疑問に思う。
どうも彼女は決まった授業を取っているのではなく、神出鬼没に色々なところにあらわれるようだ。そんな授業の取り方は通常ではできないはずだが、やはりララ・ファーンの魔法使いということで特別待遇されているのだろう。それはすでに誰の目からもあきらかになっていたが、「ララ・ファーンの魔法使いだから当然だ」という意見が大半で文句を言うものはいなくなっていた。
そのかわり、噂話はどんどんと誇張されている。最近の噂によると、ウリカは王宮からの指令で魔法学校やその生徒たちを監査するためにやってきたのではないかとささやかれていた。
都会では人間の人口が増えてきたためか、最近魔法使いに対する規則が厳しくなっているらしい。その影響ではと危惧している者もいるようだ。魔法使いの問題行動をひとつづつ晒上げて、いづれ魔法が使用禁止になるではないかと怯えている者までいる。
しかしさすがに、彼女が流星群が連れてきた神様の子供ではないかという噂話はなかった。
なるべくウリカに見られないようにリシュカは後ろに立ったけれど、やはり気になってこっそり彼女の様子をうかがってしまう。
ウリカはミルフォルンのマントではなく、藍色に銀の刺繍の入ったマントを身につけている。やはり、この辺りでは見かけない不思議な模様と細やかな刺繍は嫌でも人目を引いた。紫色のマントはミルフォルンの学位にはないはずだ。ララ・ファーンではどういう学位なのか分からないが、美しい光沢を放つマントは決して下級学生ではないことを物語っていた。
それに、美しいマントを身につけた姿は、まるでお城に住むお姫様、いや、女王様と言っても違和感がないほどだった。涼しげな目元に短い髪、知的そうなきりっとした眉と真っすぐに通った鼻筋、神秘的な美しさと凛としたたたずまいはやはり普通の魔法使いとは違って見える。
それとも、ララ・ファーンに行けばウリカのような魔女がたくさんいるのだろうか?
じろじろと観察しすぎてしまったせいか、ふと、ウリカが振り返った。
リシュカはとっさに目を反らしてしまう。
しまったと思って視線を戻そうとしたとき、「妖精と上手く付き合う方法」のヒービー先生がダチョウに乗ってやってきた。
ヒービー先生は妖精の血を引く魔法使いで、背丈は一メートルもない。いつもダチョウに乗っていて、ハーブで編んだ帽子や服を身につけている。顔も目も鼻も口もまん丸で、タヌキに似ている。後ろにしっぽが生えていても誰も驚かないのではないかと思う。むしろ、ないことを不思議に思うくらいだ。
「みなさん」
小さな女の子のような甲高い声で先生は言った。
「今日は小鬼のデリーを駆除をしてもらいます。一番たくさん駆除した人にはご褒美をあげます!」
生徒たちの間で歓声が起こった。もちろん、リシュカも声を上げた一人だ。
ヒービー先生のご褒美は、ゴーストの結晶や妖精の羽など、普通のお店では手には入らない珍しいものばかりなのだ。つまり、高く売れるものばかりということなのだ。
「しっかりお小遣いを稼がないと」
リシュカは一人不敵な笑みを浮かべていた。星屑が思ったように集まらなかったため、新作アクセサリーも季節限定ケーキも我慢しているのだ。今回の褒美品が価値のあるものなら、そんな我慢も終わりにできる。
「それでは、魔よけの花冠を配ります」
妖精たちにいたずらをされないように、ローズマリーやセージなど魔よけのハーブでつくった花冠が配られた。さらに、先生が一人ずつ魔よけのまじないをかけてくれる。頭から胡椒を振りかけられてみんなくしゃみが止まらない。その後で、小鬼たちを入れる革の袋が配られた。
「それでは、みなさん、頑張ってください!」
ヒービー先生が笛を吹いた。
生徒たちは競うように森の中へと駆け出して行く。すでに入り口で小競り合いが起こっていた。
「喧嘩をする子は減点です!」
ヒービー先生のダチョウが喧嘩している生徒たちの頭を小突いていた。
その隙間をリシュカは猫のようにすり抜けていく。
小鬼のデリーとは親指ほどしかない小さな鬼の妖精だ。いつも土の中で暮らしていて、地上に出てくることは滅多にない。
人に害を及ぼすことはほとんどないが、彼らは木の根っこを食べるので、定期的に駆除しなければ、根っこを食べ尽くして森中の木々を腐らせてしまうのだ。
リシュカは他の生徒たちから離れて森の奥深くへと進んでいった。
道に迷わないように髪の毛を結んでつくったまじないをところどころに落としながら進んでいく。背の高い針葉樹がこちらをのぞきこむようにして生えている。濃い緑色の葉が影を落として、森の奥深くに迷い込ませようとしているかのようだった。動物の泣き声はあまり多くないのに、風や木の葉の音が笑い声に聞こえて少し落ち着かない。
普通の森では魔法の火をかざせば木々が道を開けてくれるのに、ここではむしろ邪魔をしようと枝が大きくしなってくるので、灯りをつけるのも慎重にならなければならない。
針葉樹が開けた場所に灌木の茂みがあった。
これはきっと妖精が作ったトンネルだ。
「ジンジャー、バジル、どくだみ茶」
リシュカは呪文を唱えてその中へ入っていった。これは、妖精が作ったトンネルに入ってもいたずらをされないおまじないだ。もちろん、祖母から教わった魔法だった。
それでも、マントが何度か後ろに引っ張られることがある。しかし、決して後ろを振り返ってはいけない。後ろを振り返ると最後、道に迷って何時間も外に出られなくなってしまうからだ。
無事にトンネルを潜り抜けると開けた場所に出た。
「この辺りでいいかな」
上を見上げるとぽっかりと丸い青空が見えている。そこから陽光が降りそそぎ、木陰が不思議な模様を描いている。これは森の魔法陣とも呼ばれている。模様のでき方で意味が変わってくるが、今日の木陰は妖精を集めるのに最適のようだ。祖母はこの森の魔法陣を読み解くのが上手かった。リシュカはまだまだ経験が足りないが、妖精駆除のアルバイトも数多くこなしているせいかだいぶ上手く読み解けるようになっていた。
辺りを見回して他の生徒が誰もいないことを確かめると、リシュカは懐から小さな袋を取り出した。その中からキラキラと輝く塩のようなものをひとつまみした。
それは、星屑の粉だ。星屑を集めたときにこぼれた粉をかき集めたものだ。
リシュカはその星屑粉を地面にばらまいた。
そして繁みに隠れると、息を殺してじっと様子をうかがった。
しばらく待つと、地面にぽこぽこと小さな山ができた。すると、その中から何十匹ものデリーたちが顔をのぞかせた。彼らは辺りを警戒して何もいないことを確認すると、星屑粉のまわりに集まってきた。
そして、砂糖をなめるようにそれを指で触ると、嬉しそうにきゃっきゃっとはしゃぎだした。ただし、見た目が年老いた赤ん坊のような風貌なので、可愛らしくはない。
「今だ」
リシュカはさっと繁みから飛び出した。
「ウェントゥニス!」
と手をぐるぐると回した。
すると、デリーたちの周りで風が渦を巻いた。それがどんどん細く狭くなって彼らを追い詰める。風は縄のように輪になって取り囲む。
リシュカはぐっと腕を引いた。すると、風でできた縄が絞められてデリーたちを一網打尽にした。
「完璧!」
リシュカはガッツポーズをしながら満足げにうなずいた。
アルバイトのおかげでこういう魔法もすこぶる得意だ。
デリーたちはキイキイとわめいていたが、子守歌の魔法をかけるとすやすやと寝てしまった。見た目が可愛ければもっとよかったのに、とリシュカは残念に思う。
リシュカはデリーたちを袋につめこむ。配られた革の袋はクラーケンの革で作られているという特殊なもので、中身にあわせてどこまでも膨らむ優れものだ。リシュカは大きく膨らんだ袋を見てにやにやと笑った。これでご褒美はもらったようなものだ。
「なるほどな」
突然背後から声が聞こえて、リシュカは飛び上がらんばかりに驚いた。振り返ると、なんとウリカが立っていた。
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