第三章 小鬼とウリカの魔法
第7話
リシュカが祖母から教えてもらった「古くさい魔法」は二つある。
一つは、小さな星を降らせる魔法。
もう一つは、小さな星を眠らせる魔法だ。
祖母が子供のころに学校の先生に教えてもらった魔法だと言っていたけれど、どちらもミルフォルンの教科書には載っていない。
祖母はたくさんの魔法を知っていたけれど、変わった魔法もよく知っていた。魔法というよりも「おまじない」と言ったほうがぴったりなものばかりだった。
例えば、茂みの中に抜け道を作る魔法や、タンポポの綿毛に道案内をしてもらう魔法、白猫を黒猫に変える魔法、カエルに詩を歌わせる魔法なんてものもあった。
だから祖母は、変わり者の魔女と言われていた。でも本人もそのあだ名を楽しむように面白い魔法をいつも披露してはみんなを笑わせていたのだった。
――魔法使いは人を幸せにするために創られたんだよ。
といつも言っていた。
そんな祖母がこの二つの「古くさい魔法」だけは、秘密の魔法だと言って、決して人前で披露することはなかった。
そしてリシュカには、「本当に困ったときに使いなさい」と言って教えてくれたのだった。
「お金がないと本当に困ってしまうから」
リシュカは言い訳をするように独り言を言った。
星屑は人間に高く売れる。ステラクレードが田舎だからなのかよく分からないが、ここの星屑は良い値で売れるようだ。ステラクレード産のものにこだわる人間もいるという話を聞いたこともある。
リシュカには両親がいない。
物心ついたときにはすでにいなかった。
祖母によれば、「彼らはこの世界に飽きちゃった」のだという。だから、帰っていったのだという。
魔法使いには寿命がない。病気や事故で死ぬことはあるけれど、老衰というものはない。けれど、多くの魔法使いは千年も経たないうちに、自らの意志で自然の中に帰って行く。それが魔法使いの死だ。
帰る理由は人それぞれで、悲しみのために帰っていく者も地上の生活に満足して帰っていく者も実に様々だ。
リシュカの祖母はリシュカが魔法学校に合格し、そのお祝いを盛大にした後で、「もう未練はないわ」と言った。
「私はずいぶん長生きをしたわ。もっと早くに帰っても良かったのだけど、あなたの成長を見守りたかったから」
「それなら、私が立派な魔法使いになるまで見守ってよ」
とリシュカが言うと、
「あなたはもう立派な魔法使いよ」
と祖母はほほ笑んだ。
「どこが立派な魔法使いなんだろう?」
リシュカは寂しくなった財布をのぞきながらつぶやいた。
立派な魔法使いがお金の心配をして、禁止されているアルバイトをしたりするだろうか?
お金がなければいくら魔法が使えても食事もできないし、水晶玉も買えないし、おしゃれなアクセサリーも季節限定ケーキも買えない。
それに、とリシュカは思う。
恋愛だってまだしたことがない。
ネラのように積極的になるのは難しいけれど、かといって興味がないわけではない。リシュカも年頃の女の子らしくいつか素敵な人と素敵な恋愛がしたいと考えることくらいはあるのだ。具体性はないけれど。
「この世界に飽きるってどういうことなんだろう?」
まだステラクレードから出たことさえないし、やりたいことも欲しいものもたくさんある。リシュカはまだ百年も生きてはいないけれど、自分もいつかこの世界に飽きたり、満足する日が来るなんて想像できなかった。やりたいことが多すぎて、全部できるのか心配になるくらいだ。
リシュカはベッドで寝返りをうった。
夜空では満月がまぶしいくらいに煌々と輝いていた。
――もう星屑を集めるのはやめろ。
ウリカの言葉が頭の中から離れない。
いったい、ウリカという子は何者なのだろうか?
何のためにミルフォルンに来たのだろう?
――もしかして、彼女も星屑が目当てなのだとしたら?
とふと考える。このあたりで価値があるものと言えば、星屑ぐらいしかないからだ。
だからやめろと言ったのかもしれない。自分の取り分が減ってしまうから。
それが一番納得できる答えのような気がした。けれど、ララ・ファーンの魔法使いがお金に困ってわざわざ大陸の西の端まで来るだろうか、と考えるとやはりありそうにもなかった。ララ・ファーンに入学したというだけでも引く手あまたで仕事には困らないと聞いたことがあるからだ。
それならいったい……。
やはり考えても考えても分からない。
リシュカはまた寝返りをうつ。
今夜もなかなか眠れそうになかった。
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