第5話

 名前はウリカ・ハイランジア。

 このあたりでは聞いたことのない変わった名前だ。どうやら容姿もこのあたりの人とは少し違うらしい。


 今や校内はウリカの噂話で持ちきりだった。しかし、リシュカが実際に彼女を見ることができたのは、ウリカが転入してきてから一週間も後のことだった。それも、人混みの隙間からやっと小さな姿を見ることができただけだった。

 見た目はリシュカたちと変わらない年頃の女の子だった(人間で言えば十八~二十歳前後だが、魔法使いの年齢を見た目で判断するのは大変危険だ)

 すらりと背が高く、手足が長い。黒っぽい瞳に切れ長のツリ目、そして、短く切ったまっすぐの髪は珍しい紫色をしていた。

 知的で神秘的な雰囲気をもった不思議な感じのする女の子だった。たしかにこのあたりでは見かけない風貌と雰囲気を持っている。


 その後もしばらくは、ウリカが行く場所には必ず人だかりができていた。

 先生たちが怒って竜巻の魔法で生徒たちを蹴散らすぐらいだったが、その渦中にいるウリカ自身はいつ見ても冷静そのもので、風に飛ばされていく野次馬たちを見てもすました表情を崩すことはなかった。

 そのうちに、その落ち着き払った態度に反感をもつ生徒まであらわれるようになっていた。リシュカにとってはララ・ファーンは雲の上の存在で憧れしか感じなかったが、上級学生の中には妬む者もいたようだ。


「落ちこぼれて田舎に来たくせに」


 と陰口を叩く生徒も後を絶たなかった。

 ところがある時、最高学位の黒マントの生徒が彼女に「いたずら」をしようとしたところ(何の魔法かはここでは書けない)本人さえ気がつかないうちに返り討ちにあい(何の魔法かはとても書けない)彼は三日三晩、生死の間をさまよったのち、「ママぁ!」と泣き叫びながら故郷に帰っていった、という。

 その場面を偶然目撃した生徒によると、どんな罰を受けてもあの魔法だけにはかかりたくない、と顔を青くしながら言った、という。

 それ以来、彼女の陰口を言うものはいなくなり、人だかりも潮が引くように消えていった。


「あの子、世界が違うって感じがする」


 昼食中、ネラが周囲を気にしながら言った。

 あの子とは当然ウリカのことだ。

 近頃では、ウリカの親衛隊ができ、彼女のことを少しでも悪く言うと密告され、海に投げ捨てられるという物騒な噂が流れていた。


「本当にどうしてミルフォルンに来たんだろう?」


 そんな噂など信じていないリシュカだったが、自然と声は小さくなっていた。


「ねえ、あたし、思ったんだけど」


 ネラがリシュカの耳元でささやいた。


「流星群が連れてきた子供ってあの子のことなんじゃないの?」

「は?」


 リシュカは顔をしかめて身を引いた。


「あの子が神様の子供だって言うの?」


 ネラは真面目な顔でうなずく。


「馬鹿馬鹿しい」

 とリシュカは笑った。


「だって、あんな紫色の髪なんて見たことないし」

「東の方では普通かもしれないでしょう?」

「タイミング的にもちょうどじゃない?」

「偶然に決まってる」


 ネラは不服そうにぽってりとした唇をとがらせた。


「またリシュカはそういう現実的なことを言うんだから」

「だいたい、もしそうだったとしても、何のためにこんな田舎に神様の子供がやってくるわけ?」

「それは……まあ、観光的なあれとか……」

「森しかないのに?」

「神様ともなると、そういう素朴なのがかえって良いのよ。何もないが逆に新鮮、みたいな」

「ない、ない、ない」

「もう! リシュカったら夢がないんだから」

「いまどき、そんな伝承信じてる方が少ないでしょ」

「そんなこと言うなんて。リシュカ、もしかして人間化してきたんじゃないの?」


 ネラは不満の声をあげて、ベーコンがたっぷり詰まったサンドイッチを頬張った。


「人間化って、やめてよ」


 リシュカは盛大に顔をしかめた。

 人間と共に住むようになって魔法使いの世界もずいぶんと変わってきた。

 人間は不思議なことを何でも解明し、魔法のように新しいものを作ってしまう。それを「科学」と呼ぶらしい。

 特に人間が発明したデンキという明かりはミルフォルンでも当たり前に使われるほど普及していた。人間の発明した道具には魔法を使うよりも便利なものがたくさんある。それ以外にも、人間の作る料理やお菓子は見た目も綺麗で美味しいものが多く、人間の作る服は形も模様も凝っていておしゃれで面白い。

 そのため都会では、人間かぶれの魔法使いもいるのだという。その影響で、「神話なんて非科学的だ」とか「魔法は古い」などと言う魔法使いまであらわれるようになっていた。そういう魔法使いたちのことを、「人間化してる」というのだ。


「冗談」


 ネラは笑う。


「ララ・ファーンでは神話時代の魔法を教えてるって噂があるけど、あの子も使えるのかな?」

「黒マントの上級生に使った魔法がそれだって噂はあるけど……」


 二人は顔を見合わせて吹き出した。

 あの事件以来、威張り腐っていた黒マントの上級生たちがすっかり大人しくなっていたからだ。


「リシュカ、ウリカと授業一緒になったことある?」

「まだない」

「あたしもないのよね。魔法使うところ見てみたいのに」

「たしかに。ララ・ファーンの魔法ってどんな魔法だろう?」


 祖母の話では土地によって使われる魔法も違うのだという。

 リシュカが教わったのはその中でもほんの一部しかない。大陸にはどんな魔法があるのか、まだ魔法学校すら卒業していないリシュカだが、それを想像するとネラに負けず劣らず夢見がちになってしまう。


「ミルフォルンにしかない魔法もあるのかな?」


 リシュカがぽつりと言う。


「ミルフォルンにしかない魔法? まさか」

「だよね。魔法書の原書すらないんだから」


 有名な魔法学校には有名な卒業生が一人か二人は必ずいて、彼らが残した魔法書が保管されているものだ。

 しかし、残念ながらミルフォルンにはそんな高名な魔法使いは一人もいないうえに、有名な魔法書の写しすらろくに揃っていない。原書を読みに行くと言ったまま帰ってこない先生もたくさんいた。


「じゃあ、本当にウリカは何をしに来たんだろう?」


 老魔法使いの暇つぶしでなければ、ララ・ファーンの若い魔法使いがここで得られるものなんて、どう考えても思いつかなかった。


「ちょっとした謎解きね」

 とネラが言う。


 それにはリシュカも同意するしかなかった。けれど、答えはさっぱり分からない。


「リシュカは次、何の授業なの?」

「久しぶりに水晶占いの授業があるの。洞窟にこもって瞑想中だったペレンネス先生が二年ぶりに帰ってきたみたい」


 リシュカは残念そうに言った。


「水晶占いかあ。あたしも迷ったけど、花占いにしたんだよね」


 そういえば、ネラは今日、髪に大きなぼたんの花をつけている。


「占いって苦手だから、ラッキーって思っていたのに。実は私、一度も占いに成功したことがないんだよね」

「本当?」

「ネラは占い得意だもんね」

「まあね。あたし、将来は占い師になるのも悪くないかもって思ってるくらいだから」

「でも、ネラは惚れっぽいから難しいかも」

「どういう意味?」

「イケメンには甘くなるでしょ」


 ネラは否定した。目をそらしながら。

 魔法学校では決まった授業も学年もない。それぞれが好きな授業を選択し、取った単位数によって七つの学位が授けられるようになっている。

 リシュカたちの青のマントは一番下の学位で、最高学位の黒のマントを取ることができれば立派な魔法使いとして認められ、学校を卒業することができる。

 もっとも、卒業も強制ではなく、黒のマントを取っても学校に残って様々な勉強や研究を続けている魔法使いもたくさんいる。

 噂によると、黒マントを取ってもまだ使えない魔法があるという話だが、立派な魔法使いになるにはどこまで行けばいいのか、正直なところリシュカにはまだよく分かっていなかった。


 だから、今は苦手なものでも色々な授業に出るようにしてはいるが、占い魔法だけはどうしても上手くいかない。水晶玉を前にすると、自分が魔法使いであることを忘れてしまうほどだった。

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