第二章 ララ・ファーンからの転入生

第4話

 ミルフォルン魔法学校は森の中にある小さな魔法学校だ。

 創立は千年と新しく、長閑で普通の学校だった。

 ミルフォルンの森があるステラクレードは大陸の西の端にあり、その半分が森におおわれた静かでのんびりとした田舎町だ。

 羊の放牧が盛んなこと、流れ星がたくさん降ること、森に棲む妖精の種類が多いことが特徴で、都市でたびたび問題になる魔法使いと人間のいさかいもほとんど起こらない平和な町だ。


「流星群の日だったなら起こしてくれれば良かったのに」


 ネラはふわふわの金髪にターコイズの髪飾りをつけながら口をとがらせた。


「何度も起こしたけど、ネラったら全然起きてくれないから」


 リシュカは嘘をついた。

 たとえ友達といえどもアルバイトのことは秘密にしているのだ。


「それでね、昨日の流星群の中に変わった流れ星があったの。なんと、紫色に光ってたの。紫色の流れ星!」

「紫色の流れ星?」


 ネラは疑うように首をかしげた。


「そう。珍しいでしょう?」

「紫色をした星なんて聞いたことないけど、本当に流れ星だったの?」

「他の流れ星とは少し違っていたけど、流れ星であることは確かだと思う」

「へえ……」


 ネラはぽてっとした唇に桜色の口紅をつける。人形のようにぱっちりとした目とマシュマロのように白い肌によく似合っていた。


「ねえ、それって神様の子供だったんじゃない?」


 ネラが唐突に言う。


「何の話?」


 今度はリシュカが首をかしげた。


「ほら、流星群の言い伝えってあったじゃない? 流星群は神様の子供を連れてくるって」


 ネラがくるっと振り返り、青色のマントがキラキラと輝いた。

 彼女のマントはレースやリボン、ビーズで可愛らしく飾られている。ネラはリシュカと違ってとてもおしゃれだ。アクセサリーも化粧品も呆れるくらいたくさん持っている。毎日一つずつ使ったとしても全部使うには何年かかるのだろうかと疑問に思うくらいだった。


「あったけど」

「きっと、その紫色の流れ星が流星群が連れてきた神様の子供なのよ」

「まさか」

「神様の子供ってどんな人だろう? かっこいいのかなあ……」


 リシュカの返事を無視してネラはすっかり妄想の世界にひたっていた。しかもなぜか、「白馬に乗った素敵な王子様」を想像していることはその表情から容易に想像できた。ネラはとても夢見がちな性格なのだ。


――流星群は神様の子供を連れてくる


 それは最初の魔法使いたちが流れ星から生まれたという神話からきた言い伝えだ。

 神話によると、流れ星は地上の治め方をめぐって喧嘩別れをした太陽神と月の女神が仲直りをして愛を伝えあったときに生まれたものなのだという。そのときに流れ星から五人の魔法使いが生まれ、二度と太陽神と月の女神が喧嘩をしないように地上を治めたという物語が伝わっているのだ。


「神様の子供ね……」


 ではあの水の音は神様の子供が落ちた音だろうか? と考えてリシュカは一人で笑った。いくらそんな言い伝えがあろうと、この何もない田舎町に神様の子供が何をしに来るというのか、想像もつかなかったからだ。

 考え込んでいると、鐘が鳴った。

 朝食の時間を知らせる鐘の音だ。


「もうそんな時間! はやく行こう」


 ネラはぱっと笑顔になってリシュカの手を引っ張った。もちろん、リシュカも朝食のメニューのことですでに頭がいっぱいになっていた。昨夜はアルバイトをしていたから、特にお腹はペコペコだ。

 リシュカたちは流れ星のことなど忘れて食堂へ走っていった。ベアリー婦人に「廊下は走らないように」と叱られながら。


 彼女たちが食堂に着くなり、「ねえ、聞いた?」と噂話が回ってきた。


「ララ・ファーンから転入生が来るんだって」

「ララ・ファーンって、あのララ・ファーン?」

「そりゃあ、ララ・ファーンといえば、あのララ・ファーンに決まってるでしょ?」

「そう、あのララ・ファーンから転入生が来るんだよ!」


 食堂はいつにも増してにぎやかだった。カウンターには様々な果物やパン、飲み物が並び、生徒は好みのものを自由にとる方式となっている。その色鮮やかな果物やケーキに負けないくらい生徒たちは色めきだっている。


「まさか」


 リシュカはリンゴと人参のマフィンを手に取りながら言った。


「ホント、ホント」

 と、みんなが口をそろえて言う。


「ララ・ファーンって、あのララ・ファーン?」


 ララ・ファーンとは東の大都市グラツィアルにある最古の魔法学校のことだ。

 遙か創世記の時代、最初に生まれた五人の魔法使いのうちの一人ララ・ファーンが創立したと言われている学校で、大陸全土から一握りの優れた魔法使いのみが入学することを許される最高峰の魔法学校である。王宮付きの魔法使いはララ・ファーンの魔法学校を卒業していなければならないという決まりもあるほどだった。

 しかし、ここステラクレードでは、ララ・ファーン出身の魔法使いすら目にする機会はなく、その学校の存在自体がおとぎ話のようだった。そのララ・ファーンから転入生が来るというのだから、みんなが騒ぐのも無理はない。


「でも、なんでララ・ファーンからこんなド田舎の魔法学校にやってくるの?」


 ネラがアップルパイに山盛りのバニラアイスをのせながら聞いた。

 ネラは小柄なのに驚くほどよく食べる。他にもオムレツを三種とハンバーグ、パンケーキにコーンスープもトレイの上にのっていた。

 いつもよりお腹がペコペコのリシュカでさえ、この半分も食べられないというのに。この小さな体のどこに入っていくのか、それこそ魔法のようだ。


「そんなことまでは知らないけど……落ちこぼれちゃったとか? 田舎に興味があるとか? 駆け落ちしたとか……まあ、色々あるんじゃない?」

「駆け落ち! それ、素敵!」


 ネラは目を輝かせた。


「駆け落ちって」

「それならもう少しロマンチックな場所に行くんじゃない? ジェードとかさ」


 ジェードは南にある有名なリゾート地のことだ。食べ物も新鮮で、色鮮やかな植物に澄みきった青空、建物は特産の白い石で出来ていて年中明るい太陽を浴びてパールのように輝いているらしい。そして、ジェードの海は透き通ったエメラルドグリーンをしていると誰かが言っていた。

 ステラクレードの海はいつも暗い灰色だ。海は繋がっているはずなのに、どうしてそんなに色が違うのだろうかとリシュカはいつも不思議に思っている。


「駆け落ちなんだから、そんな人の多いところに行くわけないでしょう?」

「でも、私も駆け落ちするならジェードに行ってみたいな」


 女の子たちはしばらく駆け落ち話に夢中になっていた。そもそも駆け落ち相手はどこに行ったのか、という疑問を無視してめいめいが駆け落ちの理想について熱く語っていた。

 しかし、そのうちにまた転入生の話に戻っていた。これは珍しいことだ。彼女たちの脱線話を元に戻すほど、ララ・ファーンの転入生は大きな関心事だと言えるのだった。


「すごい魔法使いって変な人が多いって聞くし、単なる気まぐれじゃない?」


 たしかに、学校の先生たちも変な人ばかりだとリシュカはうなずく。その先生たちよりすごい魔法使いなら、きっとすごい変な人なのかもしれない。


「それで、どんな人なの?」


 ところが、この質問には様々な答えが返ってきた。

 ある人は、目が合うと気絶してしまうくらいの絶世の美女だと言い、ある人は、五匹のヒグマを一人で退治した屈強な男だと言い、ある人は、七十五人の妻を持つ美男子だと言い、ある人は、生まれた瞬間に自身の魔力で町を滅ぼした赤ん坊だと言った。

 どれも本当だとは思えないものばかりだったけれど。


「私は白馬に乗った王子様みたいな人だったらいいんだけどなあ」


 ネラは十センチくらい厚みがあるパンケーキにメイプルシロップをたっぷりかけながら、夢見がちに言った。


「どうせ、図書館の本を読み尽くして暇を持て余してる老魔法使いじゃない?」 『もう一度学生気分を味わいたくなったんじゃ』とか言って」

「ありそう」

「たしかに」


 みんなは大笑いしながら同意した。

 ネラはつまらなさそうにパンケーキを口に入れた。


「リシュカは現実的すぎる」

 と文句を言いながら。


 ところが、ララ・ファーンからやってきた転入生はどの予想とも違っていた。

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