第五章

第五章 見かけと実力、世界を変革する力その一

 まりんは一歩一歩、カルジへと近づいていく。足で地面を踏み締める度に、張り付いていた周囲の氷と雪が溶け出し、空気中へ蒸発していった。

 全身からはまだ炎こそ出ていないものの、熱を帯びて湯気が立ち昇っている。


「誰だ、貴様。今まで目に留まっていなかったが、元同志ミリルから身体を奪われた憐れな被害者か?」


 カルジは、ミリルの姿をしたまりんに関心が湧いたようだった。ヘルメットの内側から放たれた声は、攻撃的な雰囲気とは裏腹に妙に涼やかな響きをしている。

 その声質から察して、年齢は比較的若いように思えた。


「私は東郷まりんて言います。別に特別な人間じゃありません。十年前まで、都内の高校に通っていた普通の女子高生ですよ」


「東郷……? まさか今になって、また忌々しいその苗字を聞くとはな。まあ、構わんか。どうせこの場で斬り捨てるだけだ」


 カルジはミリルと大佐のことなど意識の外に追いやったように、すっと姿を掻き消すが如く地面を蹴って跳躍する。

 そしてまりんから数メートル離れた位置に、彼は音もなく着地した。片手にはキャンサーを仕留めたと思われる刀を構え、まりんと向き合う。

 間近で改めて見て分かったが、体格は大佐ほど恵まれている訳ではないようだ。

 だが、見た目と実力が一致しないことを、まりんは身を以って知っている。

 なぜなら、一介の女子高生に過ぎない彼女自身が、弱々しい見かけと内包した極炎の能力の凄まじさが不一致なのだから。

 まりんは勇気を振り絞り、更に一歩カルジとの距離を縮めた。だが、戦う決意はしたものの、目の前の男の殺気を前にすると、やはり射竦められてしまう。

 そしてこの声だ。前にも聞いた覚えがあり、嫌な記憶が蘇りかけていた。


「さ、さあ……始めましょうか。カルジさんでしたっけ? 気のせいですけど、私と貴方って前にどこかで……」


「ああ、口は開かなくていい。貴様のその妙に怯えたような挙動、演技でないのは分かる。だが、この場に立つのは自信の表れ。何か根拠があって、俺に勝てると踏んでいる訳だ」


 まりんの言葉を遮り、カルジは手にした刀を構え直す。

 そして彼女を値踏みしているようだ。戦いに慣れてなさそうな女が逃げもせず、勝つ気で自分と相対している。

 そのミスマッチが、不信感を抱かせているようだった。


「す、すみません! でも、誤解させる気なんてなくて、これが素の私なんですっ」


「二度言わせるな、喋らなくてもいい。だが、そのちぐはぐさに俄然、興味が湧いた」


 カルジが刀身を後方に向け、構えた姿勢のまま身体を沈み込ませる。それに対し、まりんが生存本能から拳を前に突き出したのは、ほぼ同時だった。

 瞬間、まりんの拳から巨大な炎が放たれ、斬り払われたカルジの刀と激突する。

 カルジのそれは、まさに悪鬼をも斬り捨てるかのような剛剣の力だった。

 あっという間に大気が裂け、更には超音速の衝撃波までもが生じる。だが、まりんの拳を模した業火はそれすら上回り、彼を飲み込んで爆発を引き起こした。

 全身を燃やされながら、カルジは空中を高く舞い、やがて地面に背から墜落する。

 一方のまりんも、攻撃の反動で仰け反ったまま十数メートル程も後退し、よろよろと背中からひっくり返って倒れてしまった。


「あいたたぁ……」


 まりんは地面に手をついて、もたもたと立ち上がろうとする。互いに地に背をつけ、致命的な隙を晒していたが、誰も追撃は仕掛けられなかった。

 しかし、あの規模の炎をまともに喰らったカルジの方が、ダメージは大きいはず。

 まりんはそう考えていたものの、いつの間にか、カルジの方が先に立ち上がっていた。

 少し遅れて、まりんも慌てて起き上がるが、カルジの全身は今も炎に包まれ、服や皮膚を焦がし続けている。


「疑問が解けてきたな。貴様、俺や元同志ミリルと同じく能力者か。だが、久しぶりに戦力になる逸材と出会えたかと思えば、邪魔が入ったのが心底腹立たしい」


「え? 邪魔がって……どういう……」


 まりんがカルジに聞き返した、その時だった。


「グルロロロォォアアァっ……!!」


 比較的近くで獣染みた雄叫びがした。それも一つや二つではない。ここ周辺を取り囲むように、あちこちからだ。

 前にも聞き覚えがあったため、まりんはすぐに理解した。相当数いるキャンサー達の大群が、人の匂いを嗅ぎ付けて群がってきたのだと。

 辺りから幾度も幾度も、足音が響く。次第にその音は大きくなり、こちらへ近づいてきているのが伝わってきた。

 やがて建物と建物の間などから、咆哮の主達が巨体を現し始める。やはり思った通り、やって来たのは大型のキャンサー達の群れだった。

 だが、いつか見た、巨大な蜥蜴だけではない。まりんにとっては初めて見る、手足が不自然に長い大猿のような連中まで混ざっていた。

 そいつらの数は少なく見積もっても、二十体以上。まりんら四人がいる駐車場の中心に向かって、一斉に歩き出してきていた。


「まったく。殺せど殺せど湧いて出てくる、鬱陶しい奴らだ。しばし待て、女。どうやら貴様と戦う前に、悪を駆逐しなくてはならなくなった」


 カルジが中指と人差し指を揃え、天に向かって突き出す。それを合図として、駐車場で息絶えていたキャンサー達の巨体が揺れ動き、皮膚がもぞもぞと蠢き出した。

 今度はそれら肉体を内側から突き破り、赤い何かが上空へと噴出する。まりんには、それが流動する東洋の龍の姿に似た赤い液体のように見えた。

 そんなものが全部で五体、空を飛び回っている。意思を持っているかの如き龍達は、数体の蜥蜴のキャンサーの頭部や胴体に激突し、へばりつく。

 そのまま体皮を喰い破り、体積を増して身体中の穴という穴から噴き出した。


「キャンサー共の血肉よ、俺の力となれ」


 合計で五体のキャンサー達を内部から破裂させ、喰い殺した赤い龍達は、真上からカルジへと同時に降り注ぐ。

 大量のそれらが彼を燃やしていたまりんの炎を消火していき、主に皮膚などから、体内に取り込まれていった。

 まりんは赤い液体だと思っていた龍の正体に、ここでようやく勘付く。

 夥しい数のヒルだった。あれらがキャンサーの肉体に潜り込んで、内部で爆発的に数を増やして内臓を喰らい、最終的に破裂させたのだ。

 そして総仕上げとして奪ったカロリーをカルジ自身に取り込み、力へと還元。外見こそ変わらないが、以前よりもあの男の肉体の力強さが増しているような気がした。

 こんなグロテスクなものがあの男の能力なのかと、まりんは息を呑む。


「目障りだ、下等なキャンサー共。すべての弱き正義と悪には、俺が平等に天誅を下す。世界を俺の正義で塗り替えるのだからな」


 両手を左右に広げ、大量のヒル達を体内に取り入れたカルジは、まりんに向き直る。その動きは、およそ瞬き程の間に過ぎなかった。

 だが、たったその間に、彼の首が胴体から斬り飛ばされる。ヘルメットを被った頭部が宙を舞い、それから少し遅れて、首の断面から血飛沫が噴き上がった。


「油断大敵だぜ、若造がっ」


「あ、え……! た、大佐さんっ!」


 ぐらりと前のめりに倒れたカルジの向こう側から現れたのは、大佐だった。その手にはたった今、振るわれたであろう刀が握られている。

 刀身は血で濡れ、ぽたぽたと地面に滴っていた。


「キャンサー共に集中しろよ、東郷まりん。この場を乗り切るぜ」


「は、はいっ! ……って、危ないです、大佐さん! 後ろから……っ!」


 まりんの視線の先、大佐の背後から蜥蜴のキャンサーが牙を剥いて迫っていた。だが、血相を変えて彼女が叫んだと同時。

 大佐は瞬時に振り返り、蜥蜴の顎下を真上に向かって蹴り上げていた。体長六メートルはあろうその怪物は空高く舞い上がり、しばし後に地面に勢いよく激突する。

 無機質な蜥蜴の両眼は白目を剥き、口から泡を吹いてもう動かなくなっていた。

 今の攻撃は、まりんのように特殊能力を使った訳ではない。ただ純粋な蹴り技のみで、大佐は人の体格を遥かに上回るキャンサーを倒してのけたのだ。


「え、え……? す、すごいです……っ」


「俺は常人の数十倍の筋力を持つ特異体質なんでな。お陰で子供の頃から、加減を間違えて大切なものまで壊し過ぎちまったが、今はただ感謝しているぜ」


 大佐はそう言い放ち、今度は四足で駆けてきた大猿の額に裏拳を叩き込む。

 その一撃の殴打にて、大猿の顔面が弾け飛んだ。脳漿をぶちまけながら、巨大な猿は建物の壁に衝突し、崩れてきた瓦礫に埋もれてしまう。

 そんな獅子奮迅の戦いぶりを見せる大佐の元にミリルが駆け寄り、彼と背中合わせで彼女も拳銃をキャンサー達に向ける。


「頼りにしてるからね、大佐。絶対、ここから生き延びるよ」


「ああ、当然だろ。俺のこの力は、大切な者を守るために天から授かったんだ。若いお前達をこんな所で戦死させたりするかよ」


 地響きを鳴らしながら接近してくる、キャンサー達の群れ。奴らは、まりん達がいる中心に向かって移動し、包囲を狭めてきている。

 何体かは倒したが、数はまだまだいる。蜥蜴型は近距離で三人を見下ろし、大猿型はその後方で逃げ道を塞ぐように立ちはだかっていた。

 こいつらには理知か、もしくは野生の本能がある。まりんは、そう思った。各々が果たす役割を理解したように、陣形を組んでいるのだから。

 力の出し惜しみをする余裕などなさそうだ。それを悟った彼女は、これまで同様に強い情動を燃料として極炎の能力を揺り動かす。

 今回、抱いた感情は危機感だった。これからまさに自分達を喰い殺そうとしているキャンサー達を前に湧き上がるそれが起爆剤となり、身体が燃え上がっていく。

 そのまま地面を蹴って足元から炎を噴出させたまりんは、跳躍する。そしてミリルと大佐が攻撃の巻き添えを食わない位置に着地すると、敵の方に向き直った。


「ミリル、大佐さん、離れて見ていてください! これからキャンサー達に私のありったけの大技をお見舞いして、退路を確保しますからっ!」


 まりんは一呼吸し、自分にならきっと出来るはずだと言い聞かせた。だが、その間にもキャンサー達は、彼女の方に足音を響かせながらやってきている。

 それでも、焦らず冷静に……。彼女は拳に炎を集束させたまま、敵を見据える。

 この極炎の能力の使い方が、少しずつ分かってきた。小細工なんて必要がなく、身を守ることも考える必要などない。

 能力を全開にして目一杯、炎を放つ。ただそれだけで事足りる。拳を後ろに引いて、敵に向かって突き出せば、すべてを殲滅できる火力があるのだ。

 それを頭で理解したまりんは、無心で炎を纏わせた右の拳を固め、後ろに引く。そしてただ力任せに真っ直ぐに、敵陣を狙いすまして、正拳を突き出した。

 それだけだった。そんな単純な動作によって拳から放たれた膨大な熱エネルギーは爆裂音を轟かせ、キャンサーの群れを蹂躙していく。

 そのまま進行方向の遥か遠くの街並みまでも、次々と直線的に破壊を続け、極炎が通り抜けていった道を、何も残らない焦土へと変貌させていった。

 近代兵器にも引けを取らない、凄まじい破壊力だった。それを目の当たりにし、大佐は信じられないものを見た顔で呆気に取られている。


「おいおい……。これだけの力がありゃあ、世界のパワーバランスすら変えられるんじゃねぇか? 過激派の連中も、北海道のキャンサー共だって、簡単に……」


「ね、凄いでしょう? あ~あ、やっぱりこの力、私のものにしたかったなぁ」


 ミリルと大佐から向けられる羨望の眼差しに反して、まりんは消耗していた。

 これでキャンサーの頭数は、半分以下に減らせた。逃げ道も出来上がったが、そのせいで生き残ったキャンサー達の意識が彼女に向いてしまう。

 しかし、ミリルと大佐が逃げ切れるならそれでいい。そう思い、自分の方に近づいてきているキャンサー達を前にして、彼女は走りながら叫んだ。


「二人共、今の内に車で集落に行ってください! 私も後から追いますから!」


 今、ミリルと大佐とワゴン車の近くには、キャンサーはいない。まりんが注意を引き付けているこのタイミングなら、逃げることも可能なはずだ。

 しかし、二人は動かなかった。なぜ――そう思ったが、まりんを無関係な戦いに巻き込んでおいて、自分達だけで逃げ出すことを良しとしなかったのだろうか。

 防寒マスクで表情が読めない大佐と違い、ミリルの顔は怒っているように見えた。


「まりんちゃん、本気で言ってる? 私には見届ける義務があるんだよ。部外者の君が戦ってるのに、当事者の私が逃げられる訳がないじゃない」


「で、でもっ……! 集落の皆が、これから襲われるんですよっ?」


「でももヘチマもないよ。確かに皆のことは心配だけど、ここで逃げたら今度こそ君に失望されちゃうでしょ。逃げる時は一緒、死ぬときも一緒だよ」


 ミリルも口先だけではなく、自分なりに筋を通そうとしているようだ。

 しかし、彼女とこうして問答している間にも、生き残ったキャンサー達に加えて、新手の連中までが現れ、まりんに向かってきている。

 時間がない。早期に決着をつけると腹を決めたまりんは、奴らへと走った。

 一歩進む度に地面の氷と雪が蒸発し、高熱のフィールドを纏ったまりんの意思を反映させた炎のうねりが、周囲に広がっていく。

 その炎熱をまともに受けたキャンサー達は悲鳴を上げ、悶え苦しむ。しかし、奴らは全身を炎で焼かれながらも、彼女に襲い掛かってきた。

 奴らから立て続けに繰り出されるのは、鋭い腕の一振りや踏みつけだ。巨体を誇るキャンサーが放つそれら攻撃の強烈さは、人を遥かに凌駕している。

 だが、いずれの攻撃も、まりんに届くことはなかった。届く前に炎に弾かれ、逆に触れた側から奴らの皮膚と肉が炭化していくためだ。


「素晴らしいぞっ、想像以上の逸材だ。女……いや、東郷まりん、だったか?」


 その時、ふいにまるで地の底から響いてきたかのような声がした。

 後少しで思い出しかけている、聞き覚えのある男の声が……。まりんがそこに目をやると、首なしライダーが生首を両手で抱えて直立していた。

 彼が持つ生首は、顔を覆い隠すヘルメットを被っている。そしてあの身体に着込んだライダースジャケットは、カルジで間違いなかった。

 首が切断されたにも関わらず、生きて動いていることにまりんは驚く。


「な、何で動けるんですかっ! し、死んでいるはずなのにっ……」


 まりんの疑問には答えず、カルジは首があった場所に、切断された頭部を乗せた。

 そして何事もなかったように首が接着され、彼女に向かって歩き始める。

 目を疑う、異常な光景だった。彼の進行方向をミリルや大佐だけではなく、キャンサー達までが戦々恐々として、道を譲っていくのだから。


「戦場を割りやがった……あの野郎。キャンサーすら畏怖させたのかよ」


「うん、あいつの方も、まりんちゃんに張り合うつもりだわ……」


 駐車場の脇に移動したミリルと大佐は、固唾を呑んで見守っている。キャンサー達でさえ動きを止め、低い唸り声を漏らしつつ彼の動向を窺うだけだ。

 そんな中、カルジはいよいよ誰にも阻まれることなく、まりんの正面に立った。


「東郷まりん、どうだ。俺と手を組まないか? その炎を操る力を、俺の目指す正義のために役立てろ。返答次第では、集落の襲撃は中止にしてやってもいい」


「えっ、集落を襲うのを止めてもらえるんですかっ!?」


「ああ、悪い取り引きじゃないはずだ」


 カルジから持ち掛けられた取り引きに、まりんの心は揺れた。

 この男が大悪党なのは、誰の目にも明らかだ。しかし、少なくとも集落の人達に危害が加えられることがないなら、ここで従う選択肢も……。

 彼女が判断に迷っていた時、カルジが右手を差し出してきた。この手を取るべきかまりんが逡巡していると、ミリルが叫んで言った。


「駄目だからね、まりんちゃん! そいつが一度決めたことを覆すなんてあり得ない! 付き合いの長い私だから、それが分かるのっ!」


「黙れ、元同志ミリル。従わなければ、全員殺すだけだ。俺にはそれをやるだけの力がある」


「え、えっ……!?」


 まりんは、困惑した。元々、優柔不断な性格をしている彼女は、重大であればある程、自分の判断が信じられなくなるきらいがある。

 特に人命がかかった極限の状況だからこそ、尚更、その悪癖に拍車をかけた。

 ミリルとカルジの意見が食い違い、場が硬直する。しかし、そんな誰も動くに動けない緊張状態を解いたのは大佐だった。


「らあぁっ! そろそろ死んどきな、若造がっ!」


 それはまたも刀で首を狙いすました、カルジの背後からの斬撃だった。

 しかし、今回、それは決まらなかった。カルジが振り返ることなく、刀を後ろに回して背面で受け止めたのだ。

 そして間を置かずカルジは振り向き、刀で攻撃に転じた。刀身がぶつかり合い、互いに弾かれた反動で数メートル後退ってから止まった。


「二度も続けて不意打ちとは、芸のない真似だ、大佐。まあ、それも仕方がないか。俺は、すでに師である貴様を超えたからな」


「おいおい、笑わせるぜ。とうに五十歳を過ぎた俺を超えた程度で、有頂天かよ」


 カルジも口ではそう言いつつ、大佐を侮ってはいないようだった。楽な戦いにならないと覚悟しているのか、刀を構えつつ間合いを計っている。

 キャンサー達の群れもミリルも、ほぼ全員が二人の鬼気に気圧され動けない。ただ一人、まりんを除いては。

 そう、まりんだけは例外だった。絶対の防御力、自身を纏う炎があらゆる攻撃をも弾く事実が、彼女に安心感を与えていたからだ。

 それにやはりカルジの言葉など、信用が置けない。何しろ、こいつはかつて東京の人達を殺し回った、救世ボランティアの過激派であることを思い出したからだ。

 判断に時間はかかったものの、かつてのトラウマになっている苦い記憶が、ようやくまりんに戦うことを決断させていた。

 能力を全開にすればこの状況を打開できそうな自信も、それを手伝う。だが、彼女が二人の戦いに横槍を入れようと動いた時、大佐は声を上げて制止した。


「来るんじゃねぇ! ミリルを連れて逃げろ! 何でも炎を纏いながら飛行できるんだってな? なら、お前ら二人だけで集落に行け、皆を頼んだぜ!」


「じゃ、じゃあ、大佐さんはどうするんですかっ?」


「俺は自信過剰で不出来な元弟子を倒してから、ワゴン車に乗って追いかける。少しばかり遅れるだけだ! 死ぬ気は微塵もねぇよ!」


 一人だけこの場で足止めを買って出た大佐の覚悟を、無下にできるだろうか。まりんが考える暇もなく、その背後からミリルが駆け寄って、彼女に抱きついた。

 炎を身に纏うまりんに触れ、業火に焼かれても平然と腰を手を回している。しかも、それでもミリルの衣服や肉は炭化していなかった。


「まりんちゃん、行って! 大佐なら大丈夫だからっ。あの人は私が尊敬してるお父さんみたいな人だから、絶対に死なないわ! 今までもそうだったもの!」


「わ、わ、分かりましたよっ!!」


 二人の剣幕に押され、まりんは心を決めた。下半身から地面に向けて炎を噴出させ、上空に飛び上がっていく。

 そのまま全身に高熱のフィールドを纏ったまま高速で街並みの遥か上を飛行し、元いた場所がみるみる遠ざかっていった。


「ミリル、しっかり掴まっててください! 振り落とされないでくださいよ!」


「当たり前でしょ。それより急いで、まりんちゃん。道案内は私がするから」


「は、はいっ」


 大佐とカルジを戦場に残し、まりんは更に速度を上げた。熱の勢いが増してもミリルは何事もないかのように耐え、行き先を指示してくれる。

 正直、今から出発してヘリコプターに追いつけるのかと焦りが滲んだが、そんな後先のことは一先ず頭の隅に追いやり、とにかくただ先を急いだ。

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