王公苑との再会



 正殿への階段に到着した。

 この一歩一歩が分岐点になる。わたしは息をととのえた。


 大階段を登る。

 真紅の裳裾もすそが階段を引きずり赤い布が流れていくように、見る者を圧倒するだろう。


 彼が用意した衣装は、この灰色の階段に鮮やかに映える。


 そういえば、あの日も……。

 江湖の屋敷をでて王宮に到着した日も、この階段を登った。あの時、放浪楽士のことで頭をいっぱいだった。


 なんと遠い昔に思えるだろう。

 はるかに遠く、まるで別の人生のようだ。


 リュウセイの背後を歩きながら、心が冷たく冴えわたっていく。


 正殿を見上げた。

 わたしたちを迎えるために出てきた王公苑わんごんゆぇん王寧寧わんにーにーの姿が見える。


「アロール王府の第三王子、青飛龍せいふぇいろんさま。ご到着」


 内官がよく通る声で告げた。歓迎の太鼓が鳴る。


 ランワン王府の重臣たちは、リュウセイに敬意を示し左右に道を開ける。

 リュウセイは当然のように彼らの間を歩いて行く。その姿には畏怖いふさえ覚える。堂々とした姿は、まさに王のお出ましだった。


 アロール側の儀仗兵が、彼の背後を守りながら続く。もし、リュウセイが禁忌をおかし天界でもつ上神の力を使えば、儀仗兵など、まったく必要ないことだろう。


「よくお越しいただいた、青飛龍せいふぇいろん殿下」


 リュウセイに引けを取らない大仰な態度で、王公苑わんごんゆぇんが拱手した。


 リュウセイは……、軽く横目を流し、声もかけずに先に歩いていく。すでに心理戦がはじまった。


 彼の背後をアロール儀仗兵が続く。

 小国ランワンには、それを止める力はない。圧倒的な大国に対して、卑屈ひくつにならざるをえない。


 ──考えてみれば、かわいそうな国と民だ。この国は、あまりに弱く、大国の顔色を見るしか生き延びる道はないのだから。


 あんなに恐ろしいと思った王公苑わんごんゆぇんの謀反も、アロール王府の第三王子に対しては無力のようだ。


 今回の戴冠式前に、使節団の長としてリュウセイの役目は、国境で問題を起こしたランワン国へ賠償を求めることだ。

 王公苑わんごんゆぇんも、それはわかっているだろう。

 彼が国境でいざこざを起こしたのは、父を追い詰めるための布石。アロール王府に対しては穏便に済ませたいはずだ。


 このタヌキとキツネの化かし合いのような会議を、リュウセイは、どう扱うのだろう。おそらく、王公苑わんごんゆぇんは彼の若さをあなどっている。まさか、数千年も生きている天界の神とは思いもよらない。


 わたしたちは正殿隣の執務室に案内された。

 椅子にすわって会合をする長卓がある部屋だ。

 父がこの部屋を使っていたところを見たことがない。だから、わたしもはじめての場所だ。


 長卓の上座を、当然のようにリュウセイが支配し腰を下ろす。彼はあるかないかの笑みを浮かべ、わたしに隣にすわるように目配せする。その様子は悪戯っ子のようで、彼が楽しんでいるとわかった。


 困った男だ。

 整然と足音を立て、威嚇いかくするよう背後に儀仗兵が並ぶ。

 

 ランワン側の主な重鎮たちは、卓の向こう側に立っている。リュウセイは手をあげ、すわるようにと優雅に合図した。


 彼らは、かしこまって腰をおろす。王公苑わんごんゆぇん王寧寧わんにーにー以外には丞相と諌議大夫かんぎたいふなど5名の出席者。丞相以外は知らない者たちだ。おそらく、向こう側はわたしの顔を知っているだろうが。


 彼らは、国境でのイザコザに対する賠償に怯えているにちがいない。


 形式的な挨拶を経て切り出したのは、卑屈とも言える提案だった。

 例年の貢物みつぎものに加えて、更なる財宝、農作物などを提案してきた。それらの提案にリュウセイは表情も変えない。


 彼らは、おおいに父を誹謗ひぼうし、国境での問題も父の責任とした。


「では、すべての責任は、退任した王に寄るものということか」

「ここ数年、飢饉ききんにより民の不満も多く、そこはお察しいただければ」


 王公苑わんごんゆぇんはシワの寄った顔でゆがんだ笑みを浮かべた。


「ほお」

「前王は退任するに至って、従兄弟のわたしに後を託しました。今後は、あのような不始末を起こさないと、ここに宣言いたします。改めてご容赦していただきたく、お願い申し上げる所存です」


 リュウセイがわたしを見た。


「紹介しよう」と、彼はわたしを示した。

「わたしの許嫁いいなずけだ」


 わたしは顔を覆う布をはずした。

 その瞬間、執務室は、あらたな緊張に包まれた。


 彼らの驚きは想像してあまりある。


 まさか、わたしが出席するなど、思いもよらなかったにちがいない。あっという驚愕の表情を浮かべた。唯一、王公苑わんごんゆぇんだけが目を細めただけだ。

 

「おっ」と、思わず声を出したのは、王寧寧わんにーにーだ。


 彼は複雑な表情をしていた。もっとも驚き、また、怒っているような、喜んでいるような、なんとも言えない顔でわたしを見ている。


「麻莉王女さま、ご無事でなによりでございます。行方がわからず心配しておりました」


 王公苑わんごんゆぇんは動じない。慇懃いんぎんな態度でわたしに笑いかける。


「わたくしの無事なのを喜んでくださるとは。では、退任するという父はどこにおりますか?」

「心労が重なられたのか、お休みいただいております」

「あの襲撃は誰が首謀者だったのです」

「襲撃とは?」


 王公苑わんごんゆぇんは空とぼけた。


「襲撃です。ご存知ないのでしょうか。父の住む黄金御殿から火が出たのを、この目で見ました」

「あいにくと、あの時、わたしは出かけておりまして、大変なときに王さまをお助けできずに。王さまは心労で病に伏せっておいでです」


 王公苑わんごんゆぇんはどこまでもシラを切るつもりだと、それでわかった。


「それにしても。麻莉王女さま、アロール王府の第三王子さまの許嫁とは存じませんでした」

「父の計らいです」

「丞相」と、王公苑わんごんゆぇんは隣のすわる、人がいいだけのお飾り丞相に聞いた。

「わたしは知らなかったが、麻莉王女は、わが息子との婚姻の約束だったのではなかったか?」

「そ、それは」


 それを聞いて、リュウセイがいきなり声をだして笑いはじめた。


「茶番はよそう。王公苑わんごんゆぇん


(つづく)

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