第一部最終話:彼に会いたい
「
「使用人として、このように申し上げることは大変に
「もちろんよ、浜木」
「ですから、あえて申し上げます。
聞き間違いではないかと、思わず握っていた手に力を込めた。
「
「浜木」
「お姫さま、幸福は身分やお金で買えるものではないことを存じております。お姫さまが、いつも幸せで笑っていてくだされば、それだけが浜木の願いです」
誰もが賞賛する美しく賢明で素晴らしい母だが、わたしは母の恐ろしい視線しか記憶にない。幼い頃、母がとても怖かったのだ。
「王さまは、
「浜木。もし、そうなら恐ろしいことね」
「まあまあ、まあ、わたしは話しすぎたようにございますよ」
となりで軽く腰をおろす人の良い浜木。なにを思いながら幼いわたしを育てたのだろうか。
思い出すのは……、バタバタしながら常に見守ってくれた愛情深い彼女の姿。
「あなたさまはお優しく純粋な方でございます。お顔つきは
浜木は顔を真っ赤に染めて言いつのった。
浜木、ごめんね。
そして、本当にありがとう。恨みもせずに、自分の子に対するようにわたしを育ててくれて。
彼女がいつもわたしの背後にいて、いつも穏やかな笑みを浮かべながら追いかけていた。
幼いころからの優しい記憶。
わたしの母のような浜木。
あなたがいなければ、わたしは、きっと愛を知らなかっただろう。
その夜、眠りが浅く何度も目覚め、そして、ひどい夢を見た。
暑い夜だった。
目覚めても息苦しく、もう眠れなかった。
夜は恐ろしい。隠していたものがあらわになり、心に牙をむく。それは毒のように身体中をまわる。
わたしの生活はとても規則正しいものだ。
王宮にきて、その規則が多少は崩れた。それでも、一定の時間に起きて、分刻みですべきことが決まっているのは同じだ。
朝起きて、顔を洗ってもらう。場にあった
それはみな侍女たちの仕事で、わたしは人形のように従う。
食事をして勉学。あるいは、教養としての楽器の演奏。日によって武術訓練から舞踏があり、昼食の時間は五十分。それが終わると十分の休憩をいれて、昼からの課題。
食事中は礼儀作法の講師がついて、背筋の伸ばし方や器の使い方、そして、話題の選び方などを教授してくれる。
酒の飲み方教室が終わると、入浴。侍女が風呂に湯を入れ、わたしの身体をくまなく清める。
夜着をつけてもらい、寝台にはいる。それが午後十時。朝六時にカーテンが開けられると、また、同じ繰り返し。
心の底でわたしは自分の心のままに生きたいと、ずっと思ってきた。
いつも辛かった。自由意志など必要とされなかった。
王とはいえ、朝廷の言うがままの
わたしは自分の境遇にはじめて疑問をもった。それは、身体が震えるほどの衝撃だった。
このまま生きていくと思うと吐き気がする。喉まで胃の内容物が上がり、ウッと思った瞬間、寝台を汚していた。
リュウセイ、彼に会いたい。
わたしの自由の象徴である彼に。あの夢のような時間。彼なしで、わたしはこの先を生きていくことができるだろうか。
夜が更けた。
雨は止んでおり、雲が切れて、青白い大きな月が光を投げかけている。昨夜より、少し欠けているが満月に近い月だった。
リュウセイ……。彼は珠花の寝台で眠っている? それとも、別のところにいるのか。
遠くで雷がなっていた。
ゴロゴロと身体の芯に届く音。
もうすぐ嵐がやってくる。
(第一部完 第二部につづく)
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