江湖に囚われた美しい姫
わたしは十八歳になるまで、江湖の森に囲まれた父の家で育った。
この家を普通に家と呼ぶ人は少ないけれど。
実際は、『王妃の別邸』とか『あのランワン王の別宅』とか呼ばれている。その名に、少しだけ恥ずかしさを覚えてしまう。だって、この屋敷は私のためだけに、莫大な浪費をしているのだから。
父は、弱小国家ランワン王府の王であり、わたしをここに閉じ込めることで、大切に養っていると思いこんでいた。
わたしの母である
出立する前、母は江湖のわたしのもとに訪れた。
「
「お母さま、わたしも行ける?」
「これはお仕事ですから。それに、いいこと、麻莉。そのように人におねだりするのは、卑しい者のすることですよ」
そう言って出かけた母は、式典で気の触れた龍に殺された。いまも、龍の呪いで氷づけになり、その惨めな姿を地上に晒しているらしい。
父は大いに嘆き悲しんだ。
数日、部屋に閉じこもった後、「麻莉はどこにいる」と、わたしを呼んだ。
五歳だったわたしは、その死を深く理解していなかったと思う。
父はわたしを抱きしめると、ペットとしてポンポンをくれた。細く長いモフモフの尻尾と長い耳を持つポンポンは希少な奇獣だ。特に黄金色に輝く体毛が、暗がりでうっすらと周囲を照らす珍しい種だった。
わたしは一瞬で、
「慰めになろう」と、父は悲痛な声でわたしを抱きしめた。
それで父を慰めるべきかどうか当惑した。五歳のわたしには父が何を望むかわからなかったからだ。今もわからないけれど。
「麻莉、おまえは辛くないかい?」
「お父さま、わたし、そういう気持ちを持てないの」
「それは、残念なことだよ。お前の母ほど美しく賢く、そして、素晴らしい女性はいなかったのだから。お母さまを、これからもずっと誇りに思いなさい」
そう、母は偉大な人であった。欠点など全くない。多くの人々に尊敬され、美しく。そして、残酷だった。
わたしは覚えている。
母の目は、いつもこう語っていた。
『わたしの娘なのに、なんてお前は平凡なの』と。
母亡きあと一ヶ月もすると、父は王としての役目を思い出した。あるいは、田舎の刺激のない日々に退屈したのかもしれない。
そして、都に戻った父は、江湖に帰って来ることはなかった。
わたしはひとり堅牢な別宅で、贅沢な生活を与えられた。
友人といえば、同じ階級の子供しかいない。
その一人、
「ああ、哀れな
「こんな堅苦しい場所に、ずっと囚われた箱入り娘。なんて謎めいた存在なの。あなたは、きっと幸せな恋をするにちがいないわ」
「まあ、なぜ?」
「おお、麻莉。都には狼がいっぱいなの。わたしは哀れにも、奴らにも食い殺されるにちがいないのよ。だから、田舎の屋敷でポンポンと過ごすあなたが羨ましい。あなたは、いい恋しかしない運命よ」と、信じてもいない言葉を口にする。
それはまるで砂糖菓子のように、口の中で溶けてしまう空虚な言葉だ。
これは都でリュウセイと出会う一週間前のこと。日々は昨日も今日も、そして、明日も同じように生ぬるく過ぎていくはずだった。
初夏のけだるい午後、二階にしつらえた
運命の時が近づいた。
(つづく)
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