第5話 殿下を海に誘いました

翌日、目が覚めると昨日の怒りが嘘の様に、すっかり収まっていた。そう、私はとにかく翌日まで引きずらない、切り替えが物凄く早いタイプなのだ。


そうだわ、今日は殿下を海に連れて行かないと。キキとも約束したし、それに何より、私の華麗な泳ぎを殿下に見せつけないとね。早速着替えを済ませ、朝食を食べる為食堂へと向かおうとした時だった。


コンコン

「ステファニー、ちょっといいかい?」


やって来たのはお父様だ。昨日の事で文句でもいいに来たのかしら?そう思っていたのだが…


「急遽今から王都に戻らなければいけなくなったんだ。どうしても外せない仕事が入ってな。いいか、くれぐれも殿下に無礼を働くなよ!いいな、分かったな」


「お言葉ですがお父様、私に無礼を働いたのは殿下の方ですわよ。フォークをベロベロ舐めただの、どんくさいだの、本当に失礼しちゃうわ!」


「たとえ殿下が無礼を働いたとしても、耐えろ。いいな。そもそも、殿下は元々大人しいお方なんだぞ。とにかく私はもう行かないといけないんだ。それじゃあ、後を頼んだぞ」


そう言うと、物凄い勢いで部屋から出て行ったお父様。本当に慌ただしい人ね。でも、うるさいのが1人帰ってくれたから良かったわ。とにかく、朝食を食べないと。


急いで食堂に向かうと、既に殿下が待っていた。


「おはようございます、殿下。お待たせしてごめんなさい。さあ、朝食にしましょう」


急いで席に着いて、食事を済ます。


「今日は毒見をしてくれないのかい?」


ふと殿下の方を見ると、料理が手つかずだ。まだ毒を入れてあると思っているのかしら?面倒くさい男ね。仕方ない。早速殿下のお料理を1口ずつ食べていく。


「今日も毒なんて入っておりませんでしょう?どうぞ召し上がって下さい」


そう伝え、さっさと自分の席に戻り朝食の続きを頂こうとしたのだが…なぜか私の方にやって来て、フォークを奪い取った殿下。昨日と同じ様に丁寧にフォークをふき取り


「君が使っていたフォークなら、確実に毒は含まれていないからね」


そう言って、私のフォークで食事をし始めたのだ。本当に面倒な男ね。まあ、それで気が済むならいいわ。そうだわ、海に誘わないと。


「殿下、今日のご予定は?」


「特に決まっていないけれど」


よし、予定なしね。


「それでしたら、私と一緒に海に行きませんか?王都にも海はありますが、領地の海は人がほとんどおりませんので、ゆっくり過ごせますわよ」


「海か…僕は…」


「それでは、また後程殿下の部屋に迎えに行きますわね。それでは、ごきげんよう」


そう言い切り、さっさと自室に戻る。後ろで


「ステファニー嬢、僕は…」


そう叫んでいたが、スルーしておいた。海の話を振った時、何となく乗り気ではない感じがした。でも、キキと約束したのだ。何が何でも海に連れて行かないと、私が嘘つきになってしまうわ。


とりあえず、いつもの様にワンピースに着替える。そうだわ、殿下の着替えも準備しないとね。確かお兄様用に準備してあった、新品の物があったはずだ。


「エリー、男用の水に濡れてもいい服があったわよね。準備してくれるかしら?」


「かしこまりました。あの、お嬢様。まさかそのお洋服をノア殿下に着せるおつもりでは…」


「ええ、そのつもりよ。一緒に海に行くのだもの。当たり前じゃない」


エリーは一体何を言っているのかしら?海に行くなら、水に濡れてもいい服で行くのが普通だわ。


「ノア殿下は海に行くとおっしゃられたのですか?」


「もちろんよ。だから早く準備をして」


「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」


まだ納得のいかない様子のエリーだったが、とりあえず洋服を持って来てくれた。早速殿下の部屋へと向かう。


コンコン

「殿下、失礼いたします。水に濡れてもいい服を持ってきましたので、今すぐこれに着替えて下さい」


「ステファニー嬢、勝手に人の部屋に入ってこないでくれ」


なぜか文句を言う殿下。


「ノックをしましたわよ。それより早く海に行きましょう!これに着替えて下さい。ほら、早く」


とにかく早くキキに殿下を紹介したいのだ。そんな思いから、つい殿下に詰め寄ってしまった。


「ステファニー嬢は、そんなに僕の裸が見たいのかい?」


そう言って笑った殿下。よく考えたら、今すぐ服を脱いで着替えをしろと迫った様なもの。嫌だ、私ったら恥ずかしい!


「ごめんなさい。着替えたら出て来て下さい」


急いで部屋から出た。きっと顔は茹でだこの様に真っ赤だろう。殿下の部屋を護衛している騎士達が、チラチラとこちらを見ている。しばらくすると、着替えて出て来た殿下。


「てっきり僕の裸を見る為、扉の隙間から覗いているかと思ったけれど、大人しく待っていたんだね」


そう言ってニヤリと笑った。誰があんたの裸なんて覗くものですか!失礼にも程があるわ。


「殿下、私はそんな変態ではありません!」


つい真っ赤な顔で抗議してしまった。


「冗談だよ。本当に君はからかいがいがあるね。さあ、行こうか」


涼しい顔で歩き出した殿下。何なのよ、あの男は!私をからかったのね!沸き上がる怒りを何とか抑え、急いで殿下に付いて行く。よし、やっと海に向かえるわ。私の華麗なる泳ぎを見せつけてやるんだから。


俄然張り切るステファニーであった。

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