豚仮面あるいは鉄仮面卿

人類種の点滴

第1話 豚仮面ができるまで

 『純金のプリズン』所謂,抜きゲー。設定や時代背景,登場人物のバックボーンは程々にエロさのみに比重を置いたゲームだった。製作者の性癖なのか,あらゆる性癖の人物に買って欲しかったからなのか,上から熟女に片足突っ込んだ年齢の女性に年端もいかない幼女。寝取られに洗脳,なんでもござれ。性癖の博覧会かなにかの様なラインナップをしている。因みに,純愛だけは何故かない。ハードが多いからだろうか。

 しかし,属性が多い反面竿役は一人である。製作者も男まで考えるのは面倒だったようだ。フランシス・バハル伯爵子息。バハル伯爵家の次期当主にして,作品唯一の嫌われ役。肥え太り,首と顔の境界線は無く醜い達磨の様な体系をしている。家の権力を使うだけの無能ではあるが,エロ方向での才能はピカ一で性癖の博覧会の大半はこの男によって行われていることだ。

 そんな駄目な方向へ多彩な男は,幼少期は正反対に純粋無垢な少年でありあらゆることに興味を示す可愛げもあった。使用人同士の不倫現場を目撃した挙句,女の方は更に複数の男と関係を持っており,ドロドロ修羅場を通り越して西部戦線の様な様相になり始めているのを見たのが,ゆがみの始まりだった様だ。

 伯爵家では蝶よ花よと育てられ,少しばかり天狗になっていたフランシスは王都で自分より優秀な者達を多く見ることで鼻を折られ腐っていくことになる。後は,抜きゲーの竿役に相応しい屑っぷりと,節操のなさ絶倫さ。主人公が純愛に行けば,追放や処刑粛清といった末路を辿ることになる。主人公が途中で心折れてしまえば,何処から湧いてきたか分からないコネを使って主人公を殺害,ヒロイン達を集めて性欲に溺れる。要は,ロクでもないキャラクターなのである。

 そんなキャラクターに憑依転生してしまった男が居た。

 平々凡々,波風の立たない人生を目標とする男にとってフランシス・バハルという男は全くの正反対の存在。なにより,抜きゲーだから許されるふわっとした設定が男には立ちはだかった。

 王の力は形だけに形骸化し,貴族が幅を利かせる。国内はスパイや犯罪者の巣窟と化し,スラムは拡大の一途を辿っている。精々,主人公の周辺だけまるで別世界の様に綺麗になっているだけだ。元のフランシス・バハルが死んだところで,国の屋台骨は完全に腐りきっている。幸せなキスをして終了なんて生易しい終わり方は出来そうにないだろう。

 周辺諸国とも関係性は希薄で,なんなら仮想敵国扱いされている可能性すらある。じわじわと真綿で首を締めるかの様に嘗て地球で行われたイギリスによる中国へのアヘン輸出の焼き増しか,国内には違法な薬物が蔓延。フランシスが得意とするエロ方面の薬もこのように流れてきたのは容易に考えがつく。

 仮に憑依した男がフランシスの運命を変え,真人間の様にしたところで所詮は伯爵家の跡取り。国を如何にかする事なんて夢のまた夢,絵に描いた餅の様なものだ。貴族社会は縦社会。トップダウンであり,官僚制と似て非なる構造をしている。一人の裁量が余りにも大きく,そこに付随する利権や利益も大きい。権力もその大きさに比例して大きくなる。元が現代日本に住んでいた一般人には土台無理な話なのだ。

 性処理のお供として少しばかりプレイしたことのある男はこの国がいかに終わっているか知っている。貴族という特権階級ではあるがその特権を保証してくれる国が泥船では何の意味もない。早急に乗り換える必要がある。

 しかし,男にはその方法が全く思いつかなかった。政戦なんて一度もしたことが無い。誰かの上に立った経験も無い。社会の歯車にそんな経験はあるはずもない。そこで男は考えた。原作をなぞりながら別の組織か国に鞍替えすればいいのでは?と。原作でフランシスが辿る未来は処刑か追放。基本的には追放が多く,処刑されても文字のみ書かれるだけの味気無さがフランシスだ。処刑されるほどの大罪を犯さずに原作をなぞれば晴れて自由の身。そのまま他の国に流れ着くのも良いだろう。

 ここで男はある問題にぶち当たる。生活基盤と顔だ。国の中である程度好き勝手暴れて居れば国外にも商人や人の口伝に広がる。特に,悪評は簡単に広まってしまうものだ。それは不味い。追放されて一文無しになる可能性があるのに,働き先がなくなるのは避けたい。最低限の文化的生活が保障されていないなんて男にとっては耐えられたものじゃない。

 ここで残念なのは,この男が行動力のある馬鹿である事とやると決めたことに対しては有能であったこと。

 男はまず,王国での仮の姿を作ることを決意した。出来るだけ,万人が醜いと醜悪であると判断できる見た目を用意しそれを身にまとう。着ぐるみの様なものだ。ガワが少々可愛くないが。そして,王国を追放されればその着ぐるみを捨て去り晴れて自由の身となる寸法である。もしもの為に,着ぐるみの中でも仮面か何かで隠しておこうと男は考えた。最高を想像するより最低を想像しておいた方が心に余裕ができる。彼の教訓である。

 そうと決まれば話は早い。まだまだ抜きゲーが始まるのは先であるし,男自身も肥え太る前の幼少期。今から準備しておけば,万全だろう。途中で不測の事態を思いついたらその対策を用意することもできる。男は自分の完璧()な計画に興奮していた。出家すればいいと思うのだけど…。

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