一章 第七話



 王国は今、大いに揺れていた。

 接見の間にてフレイドとアズマ、そして王が揃って怒鳴っている。


「アズマ! あれは貴様の部下だろう! 第八砦の管理も貴様だ!」

「貴様が勝手に配備したからだ! フレイド! それを私のせいなどと!」

「やめよと言うのがわからぬか! 二人共まずは落ち着いて話せ!」


 フレイドがアズマに責任を問い、アズマはそれをフレイドに返す。そしてその横で頼りない王が喧嘩を制止しようと努力する。

 こんな事態に陥っているのも、全てはガルグ達が原因だ。


「深呼吸だ! 深呼吸だぞ! ほれ!」


 それでも王の命令に従い、二人は深く呼吸を整えた。

 だが、このやり取りは全てフェイクだ。二人共内面は冷めている。

 そのため直ぐ二人は声を鎮め、しごく真っ当な議論を始めた。


「良いだろうアズマ。とりあえず、責任論は脇に置いておく」

「当然だ。それよりも今すべきは、対策を考えることだろう」


 フレイドに言われアズマも答えた。

 両者とも責任を避けただけだ。キレる者は政治に向いていない。

 それよりアズマの言葉の通り、王国は今危機を迎えていた。


「まずは現状の分析だ。王。私からよろしいでしょうか?」

「よい。アズマ。よろしく頼んだぞ」


 王の許可を得てアズマは始める。


「ではまずエルフの変化から。これまでエルフは森は守れても攻めてくることは無い、と思われた。これはエルフらの生態、特に、ウッドエルフに見られるものによる。森を離れれば魔力は弱まる。故に攻撃は不可能だ、とな」


 アズマ達の王国も知っていた。エルフが抱える弱点を。


「だが昨夜、マーガン砦……第八砦が襲撃を受けた。あそこはエルフの森から来られる。が、山を挟み距離がある」


 アズマは腕を組んで説明した。


「つまり、奴らは我らが国を、脅かす術を手に入れたのだ」

「アズマ。そうとも限らないのでは? やられたのは鉄機兵が一機だ。砦も重要な拠点ではない」


 だがフレイドが直ぐ異議を唱えた。


「王国を攻め落とす戦力など、奴らにあるとは思えんぞ」

「言い切るな。フレイド。証拠でも?」

「いや……。だが想像はつくだろう」


 フレイドは眉をしかめて言った。


「ブラッドエルフやホーリーエルフは、聖樹の影響を受けないと聞く。そやつらで部隊を設立すれば、第八砦くらい落とせようが」

「なるほど。そしてその種のエルフなら数が少ないと言う訳か」

「そうよアズマ。その上戦士だぞ。数は相当に限られる。とても王国を攻め落とせるとは……」


 これで状況分析は終わった。

 後はこれからどう対処するかだ。


「うむうむ。それでは二人共、この後我が国はどうするべきだ?」

「王。それに関しては私から」

「フレイドか。良いぞ。言ってみよ」


 まずフレイドが二つ案を出した。


「一つ目は今までの延長で、エルフを分析しながら攻める。これにより庶民は疲弊しましょう。だが問題への、対処はしやすい。万が一の事態も避けられます」


 第一には安全策である。しかしこれは彼の本音ではない。


「二つ目は森を攻め落とす。幸い近隣の人間国は鉄機兵の配備が遅い様子。援軍としては役立ちませぬ。が、空き巣などは避けられるかと」


 第二の案。こちらが本音だった。

 彼が微かに笑っていたことを、アズマは決して見逃しはしない。

 しかし鈍感な王様は別だ。


「ふーむふむ。悩み所だな」


 レイランド王は二つの案の、どちらを選ぶか考え始める。。

 が、アズマは王へと提言した。


「まだ私からも提案が」

「ほう。なんだアズマ。言ってみよ」

「では慎みながら、我が王よ。エルフとの停戦も一つかと」

「なに停戦!? 今更エルフとか!?」


 その提案は王を驚かせた。

 だがそれ以上に驚いたのは、その傍らの大臣フレイドだ。


「馬鹿な。エルフどもと停戦など。第一やつらが呑むとも思えん」

「それは条件次第ではないのか? そもそも我らが攻撃するまで、エルフ達は森から出なかった。戦いを好まない種族なのだ」

「我々が攻める前までだ! 既に聖樹を焼いているのだぞ。奴らが許すなどとは思えんわ」


 フレイドの反対にはワケがある。


「戦争を提案したのは貴殿。きっと奴らは首をほしがるな」

「騎士団長の言う事か! アズマ!」


 二人共、戦争に加担した。

 そして国王も立場は同じだ。


「わかったわかった。二人共。少しくらい考えさせてくれ。一昼夜の後に結論を出す。他に何もなければ解散だ」


 レイランド国王は逃げるように、玉座を後にし背を向けた。



 一方その頃エルフの森でも、ガルグが政治を行っていた。と、言ってもこちらはもっと下位の──直属の部下に対してのものだ。

 雨上がりのエルフの森の中。まだ露が葉から煌めき落ちる。

 そんな中で待つガルグの元に、一人のエルフが現れた。


「来たかニノ」

「隊長。御用ですか?」


 彼女は特殊部隊のニノだった。


「ああ。まあ御用と言えばそうなるな」


 ガルグはニノの言葉に応えると、露骨な殺気を彼女に放った。


「隊長?」

「俺は今疑ってる。この森にはおそらくスパイが居る」


 ガルグは彼女に向かって言った。


「こう言う汚れ仕事は俺向きだ。だからニノ、慎重に返事しろ」


 そしてゆっくりと、ゆっくりと、ニノの方に向かって歩いて行く。

 ニノの方は体が固まって、魔力を高める様子なども無い。


「私は……スパイではありません」


 だが喉から何とか絞り出す。

 その間にも二人は近づいて、既に距離は二メートルを切った。とうにニノを殺害できる距離だ。


「だな。悪かった。俺のミスらしい」


 そこでようやくガルグは停止した。

 すると余程恐怖を感じたのか、ニノはその場で崩れ落ちてしまう。


「はあ、はあ……。いえ、わかってもらえれば」


 彼女はガルグを見上げて言った。

 ニノはガルグが思うよりもずっと、繊細な性格のエルフなのか。それともよほど嘘が上手いかだ。


「そうだな。ああそれと、一応だが、この件はここだけの話にしろ。スパイが居るなら必ず見つける」


 ガルグは言うとニノに背を向けて、何事も無いように歩き出した。

 しかしそれを見送っているニノは、当分の間動けなかった。



 それから少し経ったエルフの森。幻想的な風景の中を、ガルグは当て所も無く歩いていた。

 エルフ達は変わらずつれないが、ほんの少し敵意は和らいだ。今までガルグが行った、戦いの結果と言えるだろうか。子供や頭が柔らかい者は偶に近寄って来たりする。

 しかし現在の問題は、その彼等に潜んでいる物だ。


「さーて。どうしたものかなこれは」


 露骨に疑って当てを外した。故にガルグはぶらぶらとしていた。

 もしスパイがこの森に居るのなら、行動は慎重にするべきだ。探っていることがバレてしまえば、スパイは姿を消すだろう。

 ガルグはそんなことを思いながら、ゆっくりエルフの森を散歩する。

 すると──


「水の流れ落ちる音?」


 ガルグはその音に直ぐ気付いた。

 水の流れ落ちる美しい音。その音は心を癒やしてくれる。ガルグはそれに導かれるままに、茂みの奥へと分け入った。

 しかしそれは軽率な行動だ。直ぐにガルグはそれを思い知る。


「おっと」


 ガルグは瞬間的に、流れ落ちる水から目を逸らした。

 確かに滝は在った。美しい──煌めく流れと苔むした岩が。しかし問題はその下で、エルフが水浴びをしていたことだ。

 幸い彼女は背を向けていたが、悪いことにガルグは狩人だ。観察眼も記憶力も良い。


「きゃ!」

「すまない。人が居るとはな」


 とにかくガルグは謝った。もちろん彼女に背を向けたままで。


「あ……あの。私こそごめんなさい。今直ぐに服を着ますので」


 すると彼女からは許しが得られ、ついで衣擦れの音が聞こえ出す。

 そして暫く時間が経った後──


「あの……もう見ても大丈夫ですよ」


 彼女は鈴のような声で言った。

 見ろと言われてそれを無視するのも、それはそれでかなりの失礼だ。そんなわけでガルグは振り返り、挨拶だけでもする事にした。


「どうも」

「えっと……はい。こんにちは」


 すると彼女は挨拶を返した。

 可愛らしくも美しいエルフ。その態度は非常に控え目で、ガルグに対してもじもじしている。


「私。あの、えっと、ルエルです」

「ガルグだ。知ってるとは思うがな」


 だが自己紹介されたので、ガルグも釣られて自己紹介した。

 非常に気まずい雰囲気だ。何か話題を作るべきだろう──そう思ったとき、ガルグは気付いた。


「ふむ。お前ホーリーエルフだな?」

「えっと。はい。あの、そうです……」


 どうやら当たっていたらしい。ルエルはうつむき加減で答えた。

 ガルグが何故気が付いたかと言えば、それはオーラを観察したからだ。


「ホーリーは他のエルフとは違う、魔力のオーラがあるからな」

「わかるんですか?」

「注意して見ればな。俺もオーラのせいで苦労した。変装しても直ぐにバレちまう。偽装できるように修行をしたが、上手く行くまではでは大変だった」


 ガルグは何故かだらだらと語った。

 オーラとは常に生き物が纏う、魔力で作られた薄いバリアだ。その属性比率は種族ごとに、違うので種族を判別できる。

 因みにたとえ同じ種族でも、個体ごとオーラは微妙に違う。


「ご苦労を──されてきたのですね」

「ああ。今は今で苦労しているが」


 そこまで言ってガルグは気が付いた。

 立場の高いホーリーエルフなら、作戦の内容も調べられる。その上エルフの森が焼かれても、そこから離れて生きていけるのだ。

 まさにスパイには打って付けだろう。


「つーわけで俺はそろそろ行くわ」


 ガルグはルエルにヒントを貰って、その場を去るため踵を返した。

 しかしその途中ルエルから、思わぬ言葉がかけられる。


「あの……私、応援しています!」

「ありがとさん。心に留めておく」


 ガルグは少し照れくささを感じ、振り返らずにその場を立ち去った。

 しかしその途中、ガルグの記憶が意識に何か訴えかける。

 あのルエルのオーラ、確かどこかで──ガルグは彼女を知っている。少しだけそんな感覚があった。

 しかしそれは小さな疑念であり、直ぐにガルグは本題に戻った。



 良い子も悪い子も寝静まる夜。ガルグは一軒の家を訪ねた。

 この森の中で最も大きく、もっとも豪華な作りの家だ。つまり、この家に住んでいる者はエルフの最高権力者である。それはガルグの苦手な奴だった。

 ガルグがリビングへと通されると──彼女がガルグを出迎える。


「まあお兄様! ようこそ我が家へ! 今、お紅茶を入れてまいりますね」


 寝間着を纏ったエルリアだ。つまりはエルフの姫である。


「茶は良い。エルリア、相変わらずだな」

「はい。エルリアは元気です」


 寝ぼけていても良さそうなものだが、エルリアは目を輝かせて言った。

 一方、その傍らの人物もガルグにとっては苦手な相手だ。


「貴様も相変わらず無礼だな?」


 仮面のエルフはガルグに言った。エルリアの護衛、ミアである。


「あー。ミアも元気そーでなによりだ」

「棒読みするな。斬り付けたくなる」

「お前じゃ無理だな。諦めろ」


 早速二人は喧嘩になった。

 そしてエルリアが仲裁に入る。


「ミア。お兄様。仲良く、ですよ」


 ここまでが鉄板の流れである。

 前座が終わったところで本題。


「エルリア。ほんとに茶はいらんから、俺の疑問に答えてくれないか?」


 ガルグはエルリアへと要求した。


「わかりました。お兄様。なんなりと」


 幸いエルリアは協力的だ。これなら話は簡単だろう。


「特殊部隊の夜襲を知っていた、ホーリーエルフを全員教えろ」


 よって、ガルグは端的に聞いた。

 だがその瞬間エルリアの、表情が驚きに変化する。


「えーと。はい。良いですよ」

「明らかに嘘を吐いてるな」


 エルリアは目を泳がせていたので、当然ガルグに直ぐバレた。

 しかしガルグに協力できるのは、この件においてはエルリアだけだ。


「まあ良い。とりあえず言ってみろ」


 そこでガルグは一応聞いてみた。


「うう。今このエルフの森に居る、ホーリーエルフは少ないですね」

「具体的には?」

「私とお兄様。それともう一人。マミ様です」


 すると案の定、明らかに嘘だ。


「ルエルは?」

「ええ? 誰ですかそれは?」


 エルリアは何とか取り繕うが、ガルグと目が全然合っていない。

 嘘が下手すぎるにも程がある。とは言え話は進めるべきだ。


「じゃあ聞くが、マミはどう言う奴だ?」

「お姉様ですか? そうですね。芸術家肌のエルフです。普段は自宅に籠もってばかりで、でも絵は凄く上手なんですよ」


 エルリアは今度は普通に言った。本当に嘘が下手である。


「作戦については、知っていたか?」

「え? そう言えばあの夜見ましたね……。あのお姉様が夜歩きなんて、珍しいので覚えていたんです」

「ビンゴだな。そのマミとやらが黒だ」


 だがガルグはしっかり答を得た。スパイはマミに間違い無いだろう。


「じゃ、行くぞ。エルリア、直ぐに着替えろ」

「え? ここでですか? それはその……。もう少しステップを踏んでから……」


 エルリアは頬を赤らめた。わざとやっているのかも知れないが。


「んなわけないだろ。自室でだ。マミの家に出向いて確かめる」

「では正装で。直ぐに戻りますね」


 ガルグに言われてエルリアが去った。

 するとガルグとミアの二人きりだ。幸いミアは姫の護衛らしく、いつもの仮面と服である。

 ガルグは──そのミアをじっと見た。


「なんだ? 私に何か文句でも?」

「いいや。ただ警戒してるだけだ」

「それはお互い様だ。ハーフエルフ」


 相変わらずミアはガルグに対し、強い敵愾心があるらしい。

 しかし仕方なく二人はそのまま、しばしエルリアの着替えを待った。



 エルフの森の夜は良い景色だ。昼は地味な発光生物に──夜になると一斉に色が着く。そして魔法でもかけたかのような、幻想的な景色を作り出す。その明るさは街灯が無くても、深夜に散歩出来る程である。

 その中をガルグ、エルリア、ミアの、三人は歩きやって来た。ホーリーエルフ『マミ』の家の前だ。

 大きく装飾もかなり派手だが、ホーリーエルフの家ならあり得る。

 三人はそのドアの前に立ち、エルリアがドアをドンドン叩いた。

 しかし今は夜の遅い時間だ。直ぐにはマミも家から出てこない。


「マミお姉様! エルリアですよー!」


 エルリアがなどと言いながら、ドアを叩き続けること一分。ようやく足音がバタバタとして、続いて目の前のドアが開いた。


「ふあ。どうしたのです、エルリア様。私になにか御用がありまして?」


 出て来たのは髪を緩く結んだ、エルフの大人の女性であった。と、言ってもエルフは長生きだ。見た目通りの歳ではないだろう。


「実はお話がありまして、少し上がっても良いですか?」

「お話? こんなお時間に?」

「少しだけ急ぎの用でしたので。それと、出来れば中で話せます?」


 エルリアはすらすら彼女に言った。先ほどと違う華麗な嘘で。

 一方、マミの方はどう返すか──


「エルリア様は歓迎致します。ですが護衛の方を入れるのは……。特にそこの下賤なハーフエルフ。我が家の空気が穢れます」


 かなり不遜な態度ではあるが、こちらも嘘ならそこそこ上手い。

 しかもエルリアの感情を煽り本音を引き出す効果も見込める。もちろん彼女がスパイなら、だが。


「むう。お兄様もミアも決して、下賤な者などではありません! と言うか下賤な人なんて……!」

「まてエルリア。俺は外で待つ」


 ガルグはふくれるエルリアを、途中で制止し素直に退いた。


「私も外で待機しています」


 そしてミアも直ぐさま同意する。

 こうなればエルリアが一人だけ、文句を言う必要性も無い。


「むむむ。わかりましたお姉様。では二人だけでお話します」

「そう来なくては。では参りましょう。目が覚めるお茶もありますわ」


 こうしてエルリアとマミの二人が、マミの家の中に入っていった。

 するとリビングに達したところで、遂にマミがその本性を晒す。


「それでエルリア。本当のところは、ここにはなにをなさりに来られたの?」


 マミの手にナイフが握られていた。

 一見すると包丁に見えるが、その刃には文様が浮かぶ。おそらく魔法の発動機──杖のような物体なのだろう。


「えーと、なんの話でしょうか?」


 しかしエルリアはとぼけて言った。


「知らないのなら申し上げますわ。私はレイランドのスパイですの。これから貴方を人質にとって、エルフの森からサヨウナラします」


 すると遂にマミが真実を吐く。


「あらら。やっぱりそうですか」


 エルリアは悲しそうな目で、マミの瞳を見つめながら言った。


「気付いておられたのね。でもそれなら、武器くらいは持ってくるべきですわ」

「武器ならちゃんと持って来てますけど。でも必要は無いと思います」


 そしてエルリアが告げるとにわかに、彼女の手首が輝きを放つ。

 だがそれは本命の武器ではない。


「ブレスレット型発動機!? ですがまだ……!」

「ふふふ。お仕置きです」


 エルリアが障壁を作り出すと──その瞬間、家の壁が崩れた。と、言うより突き破られたのだ。巨大な機兵の手によって。

 その手は驚くマミをすくい上げ、掴み取って空中に引き上げた。


「いよう。スパイのエルフ。迂闊だな」


 ガルグはその間抜けなスパイへと、家の屋根の上から笑い、告げた。

 その横にミアも立っており、ガルグと違って憤る。


「まさか姫とエルフを裏切るとは! ホーリーエルフと言えど、許されん! この私が八つ裂きにしてくれる!」


 ミアは直ぐマミを切り刻みそうだ。

 が、それではガルグが少し困る。


「まあ待てよ。俺の話が先だ」


 ガルグはミアを制止して言った。


「実はお前の件で間違って、疑っちまったエルフが居てな。それが今機兵に乗ってるんだが、疑いを晴らしたいらしいんだ。そこで聞くが他にスパイは居るか? 他の情報も持ってたら、情状酌量してやれるかもな」


 そしてガルグはマミへと聞いた。

 だがそこは腐ってもスパイである。そうそう本音は話さない。


「知らない! 私はなにも知らないわ!」


 マミは偉そうにガルグへと言った。

 だが彼女の命は操縦者──つまりニノが見たまま握っている。少しだけ力を強めてやれば、マミは為す術無く締め付けられる。


「ぎゃあああ! 潰れる! 潰れますわあああ!」

「あー怒れるエルフが暴走した。このままだと、ぐしゃっと行くかもな」


 ガルグは楽しそうにマミに言った。するとマミも観念したらしい。


「もう居ません! 私の知る限り! 渡した情報も! 話します! だから潰さないで! お願いよおおお!」


 こうなってはまな板の上の鯉。最初から言えば良かったのである。


「じゃ、後は尋問官に任すか。ニノ。封印してやってくれ」

「了解。裏切り者。さようなら」

「ちょ、ま……!」


 こうしてマミは包まれて、同情の余地無く封印された。


「これで用事は済んだ。はい終了」


 そしてガルグは手を叩いて言った。


「なら早く姫を家へと帰せ。お前とは違い繊細なのだ」


 すると直ぐさまミアが噛みついた。

 しかしガルグにはもう一つ、確かめなければならないことがある。


「もちろん。ただしミア、お前は別だ。エルリアを家に戻した後で、この紙に書いてある場所に来い」


 そう言ってガルグはミアに向かって、小さい紙のメモを差し出した。


「逃げるなよ?」


 ガルグの双眸は──鈍くも鋭く、輝いていた。



 水の流れ落ちる涼しい音が、ガルグの心を少しだけ癒やす。

 ここは昼にルエルと会った滝。夜になると尚更良い景色だ。小さな光に大きな光。それらが美しく輝いている。


「しかしまあ、お前があのルエルとは」


 そんなイリュージョンの中でガルグは、現れた人影に向けて言った。

 彼女は仮面の剣士──ミアだ。しかしルエルと、ガルグはそう呼んだ。


「私も変なのは理解している」


 するとミアは意外にもあっさりと、ガルグの話を素直に認めた。

 ミアとルエルは同一のエルフ。同じ存在と言う事だ。

 実に衝撃的な事実だが、ガルグは気にせず続けて聞いた。


「で、どっちの方が本心なんだ? それとも二重人格ってやつか?」

「両方が私だよ。だがしかし……元の性格はルエルの方だ」


 ミアはその問いに続けて答えた。


「私とエルリア様は双子だが、エルフの掟で私が姉だ。しかし才では姫が優れていた」

「なるほど。話が読めてきた」

「そうだろう? 故に私は隠され、ひっそりと育てられてきた。エルリア様を守る護衛として。だが元があんな性格だ」

「そこで仮面か?」

「ああそうだ。ただの暗示だが強くはなった。それに仮面にはオーラを変えて、ホーリーを隠す意味もある」


 ミアは仮面を触りながら言った。


「なるほど。そんなことを企むのは……」

「ラナ様だ」

「ろくなことやらねえな……」


 ガルグの予想通り仕掛け人は、長老エルフのラナらしい。かつてガルグの母を処刑した、呪われしエルフ族の長老だ。


「私はラナ様に感謝している。妹の側にいられるからな」


 ミアは境遇を受け入れている。少なくともそれは本音に見えた。

 しかし懸案も在るらしい。


「このことが皆に知られれば、エルリア様の力は低下する。故に聞こう。ハーフ、いやガルグよ。この件を公表する気はあるか?」


 故にか──ミアは聞いてきた。かなり強い殺気を伴って。

 しかしガルグにそんなつもりは無い。


「いや。お前を戦力にはするが、公表する気なんて全くない。そんな暇も俺には無いんでね」


 ガルグは言いながらミアに背を向け、欠伸をしながら歩き出す。


「感謝する」

「やめろ。気持ち悪い。ルエルにならまだしも、お前だぞ?」


 ガルグは去りながらそう返事した。

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