一章 第八話



 草原と森の丁度中間に、エルギアが一機だけで立って居た。その上空には雲が垂れ込めて、ガルグを少しだけ陰鬱にする。

 だがガルグとティアがここに来たのは、それなりに理由があってのことだ。


「ふむ。不味いことになってきた」


 ガルグはぽつりと呟いた。


「ご主人様。どうかしたのですか?」

「まあな。ちょっと強い嵐が来る」


 心配してきたティアに応えたが、事態は思ったよりも深刻だ。

 ガルグは直ぐエルギアを歩かせてエルフの森へと引き返す。


「嵐、ですか?」

「ああそうだ。備えはしてきたが、間に合うか?」


 ガルグはティアに問われ答えたが、今度は自分自身に問いかけた。



 その日の朝。レイランド王城で──歴史は非常に大きく動いた。

 いつものように王に呼び出され、接見の間へと訪れたアズマ。その視界はレイランドの国王、そしてフレイドを同時に捉えた。問題はフレイドがしたり顔を、隠そうともしていなかったことだ。

 これは悪夢始まりだと言えた。


「アズマ・ロロドール。参上した」


 が、アズマはとにかく王に言った。

 すると案の定、横のフレイドが即座にアズマに向かって返す。


「アズマよ。王が決断なされたぞ!」


 鼻息も荒くフレイドは言った。

 しかしさすがに出しゃばりが過ぎる。


「これこれフレイド。予から言わせぬか」

「これはすみませぬ。余計な真似を……」


 王が言うとフレイドが引き下がる。

 そして代わりに王が立ち上がり、一歩二歩と、前に進み出た。


「アズマよ。予は遂に決断した。エルフに対し決戦を仕掛ける!」


 その上で王はアズマに告げた。珍しく力強い印象で。

 だがアズマにすれば予想の通り。まさに愚行と呼ぶべき行いだ。

 とは言えここで苦言を呈しても、王の機嫌を損ねるだけだろう。

 アズマは慎重にことを進める。


「なるほど。具体的な戦略は?」


 アズマは王に対し、まず聞いた。


「うむ。まず防衛部隊を残し、ほぼ全軍をエルフの森へやる。複数の野営地に集結させ、揃ったところで一斉に攻める。エルフの生活の源である、大聖樹を焼き払い倒すのだ」

「もしも、辿り着けない場合には? 痛手を被ることになりますが……」

「安心せよ! そこも織り込み済みだ! フレイドによるとエルフの多くは森を離れられぬ脆弱な者。仮にこちらがやられたとしても、首都まで攻め込むのは不可能だ! なんならそこで和平を持ち出せば、奴らもころりと乗ってくるだろう」

「ふむ。なるほど。筋は通っています」


 アズマはその解説を聞き、内心王を酷く馬鹿にした。

 すべてフレイドの入れ知恵だろうが、攻撃後の和平など不可能だ。森を大切にしているエルフが、そんな提案に乗るわけがない。

 フレイドと、アズマの折衷案──とでもおそらくは言いたいのだろう。だがフレイドは負けるつもりが無い。故に王へと吹き込んだのである。

 アズマは戦うのが好きだ。が、無駄死にを増やす趣味は無い。

 さて、問題はどう動くかだが──


「では王よ。私も進言が」


 アズマは次善の策を考えた。


「ほうなんだ!? なんでも言うてみよ!」

「念のためと言うこともある。私は王の護衛に回りたい」


 アズマは王に策を提示した。

 だがその言葉に反応したのは、王ではなくその横のフレイドだ。


「なんだと!? では指揮官はどうする!?」

「ヘイザーに譲る。適任だ。頭が良く、部下の信頼もある」


 アズマはフレイドへと返答した。

 これ以上アズマが国を空ければ、部下や国民がどうなるか。それにアズマは敵の性格を──あのハーフエルフを一度見ている。


「さすが忠信アズマ! 良く申した!」


 幸い王は至極馬鹿である。この提案の裏には気付かない。


「では私の鉄機兵ドラークを、与えヘイザーに指揮を執らせます。私には新型がありますので。フレイドもそれで文句は無いな?」

「無論だ! 王の決定なのだぞ!」


 フレイドは露骨に嫌がりながら、アズマの作戦案に同意した。


「ではヘイザーには私から。攻め方は彼と煮詰めてください」


 アズマは言って彼等に背を向けた。

 フレイドには一本返したが、そのアズマの顔には喜びなど無い。アズマは既に次の戦いに、考えを巡らしていたからだ。

 燃えさかる炎。苦しむ民草。生存を賭けた戦が始まる。

 アズマがそれを一番知っていた。



 人間の王の邪悪な企み。その対策を立てるためガルグは、家にエルリアとミアを呼びつけた。それと部下のサシャとニノも一緒だ。更に元からティアと飼い猫の、ルルが居るので賑やかにも見える。

 彼等の中央には机がありその上に、地図が広げられている。地図はこの周辺を描いたもので──北西方向にはエルフの森。南東にはレイランド王国が、多少雑な絵で乗っている。

 それを見ながら既にメンバーは、あれこれと意見を言い合っていた。


「あーよし。全員揃ったな。各員言いたいこともあるだろう。が、話が終わるまで待ちやがれ」


 その賑やかなるメンバーに、ガルグは強めの口調で言った。


「現在レイランドの騎士団は、このコロニーを攻める準備中だ。この攻撃は洒落にならん規模で、鉄機兵だけでも二十投入。歩兵の数は想像もつかん」


 ガルグはレイランドの決断を、王が決めたその日には知っていた。その理由は大きく二つある。


「旅商人がこれのネタ元だ。が、状況から真実味がある。既に王国の鉄機兵達が、野営地に向けて移動を開始。まだそんなに数は増えていないが、数日の内には出揃うだろう。そうなったらいよいよ戦争だ」


 ガルグは続けてメンバーに言った。

 情報源と現在の状況。そのどちらからも確度は高いと。

 しかしガルグはこんなときのために、既に作戦を考えていた。ガルグはその説明を開始する。


「そこでこっちもアクションを起こす。とりあえずまずは守りを固め……」

「ちょっと待てハーフ」


 だがその途中、仮面の剣士ミアがそれを止めた。


「なんだミア?」

「姫の判断が先だ。それが筋というものだろう」


 ミアの言い分ももっともだ。だが多くの場合、エルリアは──


「ミア。お兄様に、任せましょう」


 ガルグに理解がある。驚く程。

 それはそれでどうかと思うのだが、今はそれが非常にありがたい。


「それじゃあ話を続けるぞ。守りを固めておいて、その上で、王国の中枢を破壊する。メンバーはここに居る連中と、間に合えば追加もあるかもしれん」


 ガルグは恐ろしい策を伝えた。

 となれば当然、噛みついてくる。


「正気かハーフ? 大将自らが、動くなど愚行にも程がある」


 案の定、ミアが反論してきた。

 しかしガルグの策にはワケがある。


「この森を離れて戦えるのは、エルフの中では俺達だけだ。その上、今後増える予定も無い」


 ガルグは皆に対して言った。


「しかも不味いことにウッドエルフは、聖樹から──生まれてくるわけだ。攻撃によって聖樹が焼ければ、その分生まれてくる数も減る。まあブラッドを増やす手もあるが、人道性には欠けるしな。つまり守りに回れば回るほど、こっちは徐々に不利になって行く」


 すると部屋の空気が重くなった。どうやら反論は、無いらしい。


「じゃあ納得して貰った所で、これからすべきことを説明する」


 ガルグは言って、説明を始めた。



 結晶化した木々が立ち並ぶ、ここは聖域と呼ばれる場所だ。その中央にそびえる大聖樹──ガルグはその幹に、手で触れていた。ミアも少しだけ離れた場所で、ガルグと同じように触れている。

 二人共やっていることは同じ。大聖樹から魔法をかけている。

 エルフの森の木々はその全てが大聖樹にとって子供も同じ。そのため、大聖樹から森の木々全てに魔法がかけられる。ただしホーリーエルフ限定の、非常に疲れる作業であるが。

 そんな訳で、仲の悪い二人がそろって魔法をかけていた。もっともミアによればミアの方は、ガルグを悪くは思っていないが。


「どうだミア? 魔法の進捗は?」


 そこで──ガルグは聞いてみた。


「こちらはまだ二割終えたところだ」


 するとミアは素直に返事した。


「そっちは?」


 その上でそう返す。


「割合は俺も同じだな。本数で言えば五倍程度だが」

「ふん。相変わらず嫌味な男だ」


 ミアはその返答を聞いて言った。

 だがこれがガルグだ。だからこそ、戦争するには向いている。


「やつらも、上手くやってると良いが」


 ガルグはそしてぽつりと呟いた。


 ===============


 これは全てガルグの策である。

 ガルグの家に集合した者に──ガルグは指示を一つずつ伝えた。


「まずエルリア。非戦闘員を、森の北西部へと避難させろ」

「はい。頑張りますねお兄様」


 エルリア。彼女は住民の避難。


「俺とミアは大聖樹へと向かい、森の木々に魔法を設置する。対鉄機兵、対歩兵トラップ、及びタレットとして利用する」

「良いだろう。ハーフ。賢明だ」


 ガルグとミア。特殊な罠の設置。


「サシャとニノは他の兵士と共に、出来るだけ罠を張ってくれ。地面に、人だけ引っかかるヤツ」

「「了解」」


 サシャとニノ。対人地雷。


「最後に、ティアはここで待機しろ。それとルルのご飯も頼む」

「うけたまわりました。ご主人様」


 ティアと、ついでに猫のルルは待機。


 ===============


 そんなわけでガルグは大聖樹に、必死で魔法をかけている。エルフの森は非常に広大だ。当然、ぱぱっと終わるワケもない。

 二人がそんなことをしていると──突然地面がぐらりと揺れた。それは一定のリズムで刻まれ、徐々に強く大きくなって行く。


「おいハーフ。この震動は……」

「心配するな。たぶん敵じゃない」


 ガルグは、焦りだしたミアに言った。

 しかし現れたその姿をみて、ミアは臨戦態勢に入る。


「なんだ!? あの骨のような機兵は! エルフの守護機兵ではないはずだ!」


 現れたのはミアの言うとおり、白い骨で出来た機兵であった。その装甲には色とりどりの、巨大なビーズが埋め込まれている。


「ああ。アレは獣人用の機兵だ。間に合わないかと思ったが……」


 一方、ガルグは落ち着いていた。

 だがミアの驚きは更に続く。なにせ機兵の手の平の上に、死んだはずのエルフが居たからだ。

 可愛らしい少女のようなエルフ──その名はラナ。エルフの長老で、ガルグの母親を殺した仇。


「遅くなって悪かったねガルグ。機兵の製造に手こずったのさ」


 そのラナはガルグに向かって言った。死んでるどころかぴんぴんしている。。


「ラナ様!? ガルグが殺したのでは……」

「偽装したんだよ。見りゃわかるだろう」


 ガルグは、鈍いミアへと言った。


「北東の山に住む獣人は、エルフには基本──友好的だ。とは言え援護を頼むには、知名度のあるメッセンジャーが要る。警戒心が強いんだよ奴ら。まあそれ自体は良いことなんだが」


 つまり獣人に援軍を、頼むためラナを利用した。無論スパイが居ることも考え、ラナ以外のエルフを全て騙し。

 そんなことを説明していると、機兵の、胸のハッチが開いた。

 そして翼の生えた獣人が、フワリとガルグの前に降りてくる。


「私は獣人の、カク・カカクだ。貴様が例のハーフエルフだな。話に聞くより少々ひょろいが」


 その獣人はカクと言うらしい。


「そう言うお前は猛禽系か。頭まで筋肉じゃないと良いが」


 ガルグは即座に皮肉を返した。

 カクは筋骨隆々の男で、背には茶色の羽が生えている。それはまるで飾り物のようだが、正真正銘体の一部だ。齢はおそらく二十代。若いが精悍な顔つきである。


「まあ良い。とにかく手駒は揃った。これでようやく五分に戦える」


 ガルグはそのカクから離れると、再び魔法の作業に戻った。



 夜。ガルグはようやく作業を終え、ふらふらになって家に帰還した。既に周りはキラキラしているが、そんなことに気を割く余裕は無い。

 とにかく何とか玄関に入り、そこでばったりと倒れて転がる。そして仰向けになって手を広げ、「あー」などと意味もなく呟いた。

 すると足音がガルグに近づき、やがて止まってガルグへと告げる。


「お帰りなさいませ。ご主人様」


 それはティアで、ガルグの近くに立ち、上からガルグを見下ろしていた。

 彼女はスカートを穿いているので下着がガルグからは丸見えだ。もっとも彼女は精霊なので、服と言うより体の一部だが。


「ティアか。パンツが丸見えなんだが?」

「はい。問題がありますでしょうか?」

「さあな。疲れすぎてもうわからん」


 ガルグはティアの疑問に答えつつ、ひょいっと体を浮かせて立たせた。

 そしてティアにしっかりと向き合って、聞かねばならないことを聞く。それは決戦に赴く前に、はっきりさせねばならないことだ。


「前にも聞いた様な気がするが、お前、前世の記憶はあるか?」

「申し訳ありません。ご主人様。お言葉の意味が理解出来ません」


 だがティアは困惑して返事した。

 彼女はガルグの精霊だ。ガルグに嘘などつけないだろう。

 それに確かに、説明が足りない。


「俺の考えでは、おそらくこうだ。ハーフの俺の支援するためには、全ての属性が必要になる。しかしそんな精霊は居ないから、大聖樹は自前で作り出した」


 よって、ガルグはティアへと言った。


「死んだ人間の魂を使い、精霊へと転生させたわけだ。元々エルフには『木の営み』と、言う転生の概念があるしな。死せるエルフの魂は聖樹に、戻り、生まれ変わるというものだ。その力で精霊を生み出した。つまりティア。目の前のお前をだ」


 機兵エルギアの元になった物。破壊された鉄機兵の残骸。そこに乗っていた人間が、ティアになったとガルグは疑った。

 そしてその人間とはおそらくは、騎士団長アズマの孫である。


「申し訳ありません。わかりません」


 しかしティアはガルグに謝罪した。

 そんなことはガルグも望まない。


「謝るな。悪いのはこの俺だ。お前には何の罪も無い」


 ガルグは言うと、部屋へと歩き出す。だがティアはその背中を追ってきて、ガルグに向かって静かに言った。


「私はご主人様を守ります。ご主人様の事が、好きですから」


 きっと、その言葉は真実だ。

 しかしだからこそガルグの胸は、棘で突き刺されるように痛んだ。

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