一章 第六話
1
地下に作られたレンガ積みの部屋。揺れる魔法の炎で照らされた、堅牢で殺風景な空間。そこには机一つと椅子四つ。簡素な家具が並べられていた。
そしてその椅子の一つには、窮屈そうにアズマが腰掛ける。普段と違い服を着ているが、そもそも体が大きすぎるのだ。
と、その部屋にある唯一のドア。そこから一人、男が現れた。
アズマに助けられたあの男。ローブを纏ったヘイザーだ。
「ふ。来たか」
「申し訳ありません。少々聴取が長引きまして……」
「だろうな。相手はあのフレイドだ。色々引き出したかったのだろう」
アズマはヘイザーに向かって言った。
その顔は揺れる灯りに照らされ、笑みも少しだけ歪んで見える。
「それで、奴からは何を聞かれた? まあ想像など容易につくが」
「アズマ様が何か取引したか。またはエルフの間者を見たかなど」
「ふむ。まったくの予想通りだな」
「それと戦った相手について」
「あのハーフエルフか。何と答えた?」
「見たとおりのことを。問題でも?」
「いや。それで良い。さすがヘイザーだ」
アズマはヘイザーから聞き取って、彼の行いをねぎらった。
だが、ヘイザーは不満があるらしい。
「いえ。カッシスを失いました。私は批難されても仕方ない」
ヘイザーは悲しみを浮かべ、言った。
「お前の性格ならそうだろう。だが戦時中だ。まだ耐えよ」
それでもアズマは評価を変えない。
「ヘイザー。いずれ戦いは終わる。その時にこそお前が必要だ」
「終わるのでしょうか?」
「ああ必ずな。だが終わり方でこの国は変わる」
アズマは先を見て戦っていた。それはおそらくフレイドも同じだ。
「我がロロドール家は争ってきた。奴のマスダン家と、長きにわたり」
「ええ。知っています。有名です。特に相克の夜の逸話など……」
「あれか。数百年前の話だ。今でも、それを引き摺っているがな」
アズマは壁の向こうを見て言った。
「良い機会だ。ヘイザー。お前にも、あの日の真実を教えて置こう」
それはロロドール家に伝えられる『相克の夜』の真実だ。
アズマは自虐的に少し笑い、それからヘイザーに語り始めた。
2
時は五百年近く前のこと。
レイランドの首都。首都レイランドでその惨劇の夜は幕を開けた。
レンガ道を歩く一人の男。貴族特有の派手な服を着て、彼は暗い夜道を歩いていた。彼を照らすのはまだ薄暗い、魔法を使った街灯だけだ。
悲劇はその途中に始まった。
「……!?」
彼は声すらも上げられず、瞬時に命を奪われた。
倒れ伏した彼はミード・マスダン。当時のマスダン家の当主だった。
暗殺者は仕事の証として、彼の身につけたロケットを奪う。
この事件だけでも悲劇なのだが、話はこの場所で終わらなかった。
===============
その夜。ミードが殺された後。より大規模な惨劇が起こった。
舞台は対立するロロドール家。その当主が住む巨大な屋敷だ。そこでは何人もの人間が、一夜にして死体へと変えられた。
子供や一部の使用人以外、ほぼ皆殺しの惨状だ。
それは現在までも語り継がれ──相克の夜と称された。
3
「これが事件の概要だ」
アズマはヘイザーに向かって言った。
だがこれは、確かに概要だ。この程度なら誰でも知っている。
「皮肉な話として有名です。両家が暗殺者を雇い入れ、同日に暗殺を行った。数日後の会議で決められる、大臣の座を掴み取るために」
ヘイザーは悲しそうに呟いた。
「残念だが、それは間違いだ」
だがアズマはそれを聞いて笑った。
「ではいったい……」
「我がロロドール家だ。腐敗した我が家は暗殺者を、雇いフレイド家当主を暗殺。その上で暗殺者を殺害し、口封じを目論むも……失敗。暗殺者からの報復を受けた。見せしめの意味もあったのだろうな」
アズマの口から語られたのは、数百年越しの真実だった。
いくら昔のことだとは言っても知られればアズマには痛手となる。もっとも証拠など何処にも無いが。
それでもヘイザーは不審を感じ、故にアズマへと聞いてみた。
「何故……そんな話を、今私に?」
「お前も知るべき歴史の闇だ。腐敗。暗殺。挙げ句の報復。みな他者を頼った故に生まれた」
するとアズマはその問いに答えた。
「自らを磨き、自らを信ず。それが上位に立つ者の責務だ」
「私に上に立つ者になれと?」
「ふん。なるさ。だから言っている」
そしてアズマは少しだけ笑うと、席を立ち扉へと歩き出した。
「いつも通り、時間をずらして出よ」
「了解。アズマ騎士団長」
ヘイザーに背を向けて去るアズマ。
「貴族でない私が、人の上に? 団長の考えは読めないな」
ヘイザーは彼が去った後、暗がりの中ぽつりと呟いた。
4
夜。虫達が歌う頃。起伏のある山岳地形の中、三機の機兵が進軍していた。一機はガルグのエルギアで、もう二機はサシャとニノのククロアだ。
つまり、エルフ特殊部隊の任務。それも演習でなく実戦だ。
「ここまでだな全機停止しろ」
「サシャ機、了解」
「ニノ機了解」
その中でガルグは二人を止めた。
「ここから先は奴らの罠がある。解除しながら慎重に進むぞ」
これは夜襲だ。それならば静かに、隠れて攻め入るべきだろう。
「いや。まて……人が来る」
しかし直ぐにトラブルが訪れた。
道のむこうから二人ほど、明かりを持った人間が迫る。その速度からまだ気づいていない。おそらく彼等は哨戒だろう。
「隊長。どうします?」
「良い質問だ。お前らはそこで待っていろ」
ガルグはニノに聞かれそう答えた。
そしてエルギアのハッチを開けて、操縦席から飛び降りる。更に素早くガルグは物陰へ。
「おい! それじゃ賭けにならねえだろう」
「はは。じゃ、別のネタを持ってこ……」
「っ!」
刹那、ガルグは人間の横を、影となって瞬時に通り過ぎた。
すると二人の人間の首から、鮮血が線の形で吹き出す。彼等は言葉をあげることもせず、魔法など当然使用出来ない。
無言のまま大地に転がって、やがて物言わぬ屍となった。
「すごい……」
「本当に、見事です」
サシャとニノもこれには驚いて、素直に感嘆の、声を上げた。
しかしガルグは二人とは違い、既に次のことを考えている。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
「二人共。作戦変更だ。戦闘時の魔力レベルに上げて、俺のエルギアの後ろに続け」
ガルグは直ぐにエルギアに戻ると、ティアは無視して部下二人に言った。
「えーと……」
「奇襲をかけるのですか?」
ニノの方がより頭が回る。
「そうだ。奴らが戻らなかったら人間側も俺達に気付く。だったらゆっくり近づくよりも、一気に襲って混乱を招く」
作戦変更。ガルグは言うと、直ぐさま魔力を引き上げた。のんびりしている暇は無い。
「魔力を戦闘レベルに上昇」
「「了解」」
それを受けて残り二人も、魔力のギアを一段引き上げる。
そして──夜襲が始まった。
「行くぞ。ティアはマッピングを頼む」
「うけたまわりました。ご主人様」
「サシャ機も続きます!」
「ニノ機、同じく」
三機は轟音を響かせながら、人間の砦へと進軍する。
「対人罠魔法、発動します」
「構わん。デカいのだけ消し飛ばす」
ティアが報告してきたが、ガルグはそれにも動じない。
エルギアは罠を踏みつぶし、魔法を当てて──爆発させていく。
すると当然人間も気が付く。
「敵襲ー! 敵襲だー!」
「木機兵がくるぞ! 隊列をくめ!」
まず見張りが警鐘を打ち鳴らし、兵士達は壁の上に整列。そして炎や雷の魔法を一斉にガルグ達に向け、放つ。
「混合障壁。このまま突っ込む。二人は兵士共を薙ぎ払え」
ガルグは直ぐさまそれを感知して、障壁を作り出し指示を出した。
「「了解!」」
「土塊連弾! 押しつぶせ!」
「風刃閃。隊長。これで後は……」
サシャ機は土塊を次々飛ばし、ニノ機は風の刃を解き放つ。
それぞれ兵士を吹き飛ばし、彼等は叫びを上げて死んで行く。
「ふん!」
そして、ガルグの一声で、エルギアが砦へと突っ込んだ。
砦は籠城するための物だ。一度侵入すれば脆くなる。鉄機兵が居なければ尚更に、抵抗する力は低くなる。
「二人共後はわかっているな?」
「はい! 同胞の仇を討ちます!」
「いや違う。逃げる者は放置しろ。抗う者を優先的に殺れ」
ガルグは一抹の不安を覚え、昂ぶるサシャの精神をいさめた。
「サシャは私がフォローしておきます。隊長は目的を」
「ニノ。任せる」
幸いニノが申し出てくれた。残った敵は問題無いだろう。
「よし。ティア。マッピングはどうなった?」
「完了しました。今表示します」
「なら俺は目標を破壊する。徹底的に、完膚なきまでに」
ガルグが言うとエルギアの剣──その切っ先に火球が現れる。
「保管庫1。保管庫2。保管庫3。魔動バイク小屋」
そしてガルグは攻撃を始めた。砦の重要施設に向かってその火炎球を解き放ち、焼き払う。
最早人間の兵士には──抗う力は残されていない。
戦意を維持していた者達も、サシャとニノに無力化されて行く。
「む」
しかしその途中──ガルグだけが、敵の反撃に気が付いた。
「ふん。歩兵を囮にするとはな」
ガルグは二人をフォローする位置へ。次の瞬間金属球が来る。それは遥か遠くから放たれて、サシャ機に向かって飛んできた。
もしガルグが気付いていなければ、サシャ機は深手を負っていただろう。
「捕獲魔法・水」
だが気が付いた。ガルグのエルギアがそれを受け止め──
「そら。持って帰れ。鉄パンチ」
そのまま拳で返してやった。今度は全く逆の方向へ。
狙撃してきた鉄機兵に向かい、激突して機体を破壊する。
「あ、ありがとうございます。隊長──その、すみません」
「謝るなサシャ。それよりも終わりだ。目標は全て破壊した」
ガルグは二人に対して言った。
「帰還する。全機引き返せ。しんがりは俺だ。早くしろ」
「「了解」」
するとニノ機サシャ機共に、踵を返して歩き出す。
しかしガルグはその後数秒だけ、遥か遠くを見ながら考えた。
こんな辺境に狙撃鉄機兵? こちらの動きを知られていたか──それはあくまでも疑念に過ぎない。単に以前から配備していたか、または作戦が被ったか。可能性はいくらでもあるのだが、どうにも、不信感がぬぐえない。
「ご主人様?」
「いや。帰還する」
ガルグはティアに心配されて直ぐ、エルギアの足を動かした。考えを誰にも悟られぬよう。
それと──
「ティア。今回は良くやった」
ガルグは横に浮かぶティアを褒めた。
「私はご主人様の下僕です」
「だとしても素直に受け取っておけ」
「はい。了解しました。ご主人様」
ティアは少し困惑したらしい。
だがガルグはその様子が何故か、おかしくて少し笑ってしまった。
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