一章 第二話



 青い粒子が漂うその中で、現れた銀色の髪の少女。彼女は空中からゆっくりと、地面に向かって降り立った。

 ガルグはその瞳を覗いたが、感情を読み取ることは出来ない。言葉を発することもなく、ただ虚ろに景色を見つめている。

 故に、ガルグは近づいた。


「おい。そこの女。生きてるか?」


 そしてとりあえず声をかけてみた。

 しかし少女からの返答は無い。それどころか反応すらもしない。


「完全無視か。それともフィギアか?」


 そこで仕方なく手を伸ばす。直ぐに間違いだったと気付いたが。


「転移魔法!?」


 巨大な魔法陣が、ガルグの足の下に広がった。兵器と少女とガルグとを、おそらく何処かに転移するものだ。ガルグは瞬間それに勘づいた。

 だが逃れるには、遅すぎた。


「くそ……!」


 魔法陣が光を放ち、輝きを増して包み込む。

 そしてガルグ達は次の瞬間まとめて姿を消し去った。


「姫。これで良かったのでしょうか?」

「ええ。私は信じていますから。大聖樹様も、お兄様のことも」


 全ての出来事が起こった後で、それを見ていたエルフ達が言った。



 しかし事態は深刻だった。

 エルフの新兵器を探るべく、進行した鉄機兵の部隊。ヘイザー、カッシス、ズズニの部隊はその新兵器と戦っていた。


「予想以上だ! エルフの新兵器……!」


 ヘイザーの機兵が剣を振るう。

 相手は鉄機兵と同じサイズ。同じ二足歩行の人型だ。

 ただし材質は別の物だろう。おそらくは硬質の有機物か。虫のようなイメージも抱かせる、エルフらしい自然物の兵器だ。

 その性能は鉄機兵と同じ。少なくともそう劣ってはいない。

 実際三機の鉄機兵の内、カッシス機は既に大破していた。


「おい! カッシス! 返事しろ!」


 ズズニがカッシス機に呼びかけるが返事は一切聞こえてこない。そのズズニ機も戦闘中であり、カッシスを助けに行く暇も無い。

 従って部隊長のヘイザーは、ついに苦渋の決断を下した。ヘイザーはズズニ機の敵を斬り、それを蹴り飛ばし指示をだす。


「ズズニ! お前はそいつを持って直ちに戦域を離脱しろ!」

「カッシスは!?」

「連れ帰る! 生きていれば!」

「ちっ。了解! 援護も呼んでくらあ!」


 するとズズニも歴戦の兵士だ。ヘイザーの意図を直ぐに理解して、残骸を引きずり歩き始めた。

 当然その間は無防備だが、それはヘイザーも知っている。


「貴様らの相手はこのヘイザーだ。死にたい者から寄ってこい」


 故にヘイザー機は剣を構え、エルフの機体に立ち塞がった。


 ===============


 一方、彼等と戦うエルフの状況も限界に近かった。


「まだ姫との連絡はつかないの!?」

「いいえ! 聖域内にいるようで!」

「援護に来られる守護機兵は!? あの一機は手練れよ!」

「今来てます! ただ、遠いので間に合うかどうか……。戦闘状態に入る前なら転移魔法が使えたのですが」

「とにかく今は援護を急がせて。それと一般人の避難もよ!」


 指揮をとる壮年の女性エルフ。彼女が若いエルフに指示を出す。その内容と彼女の表情が、戦況のきわどさを物語る。

 敵機は一機。こちらは三機。戦いは普通数で決するが、敵の兵士は明らかに手練れだ。事実、彼に撃破された機兵が既に何機も大地を舐めている。

 人間とエルフ。機兵と機兵。互いに命を奪い合っていた。



 ズズニが撤退してから数分。


「はあはあはあ……。これで、最後か」


 ヘイザーは息を切らして言った。

 機兵はヘイザーのものを残して全てが大破し、沈黙している。つまりヘイザーは勝ったのだ。

 だがまだやるべき事がある。


「後は聖樹を倒し、帰還する」


 ヘイザーが言うと機兵は剣を、天を突くように垂直に立てた。

 勝ち鬨を上げているわけではない。


「闘気よ、集まり敵を討て!」


 ヘイザーの機兵の剣の先に、炎が生まれて球体を作る。それはみるみるうちに大きくなり、やがて機兵の大きさにまでなる。

 これは魔法だ。それも強力な。


「フレイムシュート!」


 ヘイザーはそれを聖樹向かって解き放つ。

 人間であるヘイザーからしても聖樹は簡単に判別できた。巨大樹よりも生命力に満ち、魔力の宿った聖なる樹。

 聖樹はエルフの生活の基盤。いや、命の源そのものだ。燃やしておけばその対処に追われ、追撃どころではなくなるだろう。それがヘイザーの思惑だ。

 火炎球は吸い込まれるように、聖樹に向かって飛んでいく。

 しかしその途中──異変が起きた。


「なんだ!? この光! トラップか?」


 ヘイザーは輝く聖樹に言った。

 聖樹がにわかに光を放ち、一瞬の内に視界を奪う。聖樹は、炎はどうなったのか──その眩しさで何も分からない。

 そして光が消え目が慣れたとき──


「アレは……なんだ? エルフの兵器か?」


 ヘイザーの視界に現れたのはおそらく一機の機兵であった。

 人間の機兵とエルフの機兵。その二つが混ざったような物。それが聖樹の木の根元に立って、炎の球を防いだようだった。

 一方、ガルグはその機兵の中──操縦席の上に座っていた。いや正確には飛ばされて落ちた。

 パイロットシートにはまずはガルグが、その上から銀髪謎少女が。転移魔法によって現れた。


「ぐ! クソ! 何がどうなった!?」


 しかしガルグには意味が分からない。よってまずは周囲を確かめた。

 ガルグは椅子に座らされており、膝の上に少女が乗っている。まるでお姫様だっこのようだが、ガルグは全く嬉しくなどない。

 次に周りだが、浮いているようだ。椅子と、何か操作用の機械と、ガルグ達は空中に浮いている。もっともガルグにそう見えるだけで、景色は壁に映された物だが。

 そこでようやくガルグも理解した。ここはおそらくアノ機兵の中だ。そして目の前に敵がいる。


「ご主人様」


 その時だった。遂に銀髪の少女が喋った。


「ようこそ……」

「いや黙れ。つーかそこどけ」


 しかしガルグはそれを遮った。それは少女が邪魔だったからだ。


「了解しました。」


 すると少女は文字通り小さく、体が縮んでふわりと浮かんだ。

 それでガルグは気が付いた。


「は。便利だな。精霊か?」


 精霊とは自然の中で生まれ、生活している存在だ。魔力の濃い場所から生まれるが、詳しい生態はわかっていない。より正確には生物でもない。


「はい。私は貴方の下僕です」


 少女はその精霊で、下僕だ。

 微妙に会話がずれてはいるが、今それを正す暇などはない。


「じゃ、精霊。こいつを動かすぞ。前方にもろに敵がいるからな」

「了解。ではこのグリップをどうぞ」


 ガルグが精霊の少女に言うと、握る形の棒が現れた。

 それはふわりと宙に浮いて居たが、ガルグが握ると重みが伝わる。


「ほー。これで機兵を操作するのか?」

「違います。それは発動機です。この機兵は魔力波操作式。ご主人様の放つ魔力により、感覚的に機兵は動きます」

「便利な玩具だ。泣けてくる」


 事実、ガルグが考えたとおりに機兵は右手を動かした。

 そして、ヘイザーの方はと言えば目の前の敵に戸惑っていた。

 一部は鉄機兵だが、しかし──ヘイザーは兵士なりに考えた。エルフの兵器と鉄機兵。目の前の兵器はその融合だ。味方である可能性は低いが、操縦者が誰かはわからない。


「なぜ動かない。誘っているのか?」


 その上融合機兵には、戦闘する気配が見られない。

 まだ二機の間には距離がある。接近するか。魔法を放つか。何もせずに時間を稼ぐのか。

 ヘイザーは息を整えながら、機兵の様子を窺っていた。



 ヘイザーが考えていたその頃、ズズニは指示通りに逃げていた。

 エルフの兵器を持ってはいるのでその速度は緩慢その物だが、ヘイザーの時間稼ぎが効いたか幸い敵からの追撃は無い。

 そして、遂にエルフの森を抜け鉄機兵は草原に現れた。空には雲が垂れ込めているが、まだ雨が降るには至っていない。強まってきた風が草を撫で、その一部を空に巻き上げている。


「よっしゃ。ここまで来れば通信が……復活しやがった! 聞こえるか!?」


 そこでズズニは援軍を呼ぶため、野営地の司令部に呼び掛けた。

 当然、その間も鉄機兵は野営地に向けて歩かせている。


「こ……ら、第五野営地司令室。まず所属とコードを述べられたし」

「第二師団特殊部隊ズズニだ! コードはコバルト・キーラ・ブラス!」

「確認した。ズズニ。状況は?」

「ブラス作戦は第三段階! エルフの新兵器も確保したぜ!」

「本当なら驚くべき成果だ。きっと勲章を授与されるだろう」

「んなもんいいから援軍を出せ! まだ隊長が時間を稼いでる!」


 ズズニは語気を強めて指示をした。


「りょ、了解。指揮官に確認を……」


 通信士も迫力に押されたか、慌てて確認しに動き出す。指揮官のアズマへと連絡を──しようとして、途中で止められた。

 ローブの老人に肩を叩かれ、そっと耳元で囁かれたのだ。


「残念だが、援軍は出せない」

「てめえこら! ふざけてやがんのか!?」


 そしてズズニは耳を疑った。


「残念だが援軍は……出せない」


 だが何度聞いても答は同じ。兵隊は命令に逆らえない。


「だったらフレイドに伝えやがれよ! 帰ったらぶっ殺してやるってな! この国王の腰巾着野郎!」


 ズズニは見ずとも全てを悟り、通信ごしに怒りをぶちまけた。



 エルフの森に立つ機兵と機兵。ガルグとヘイザーは互いの意図を読み合い、未だに動かずにいた。

 だがそろそろ仕掛けても良いだろう。無論直ぐ戦うわけではないが。


「おーい。そこの鉄機兵ー。聞こえてたらさっさと返事しろ」

「これは、周囲魔力領域を利用した……魔力震動会話か? まさかこんな魔法まで使うとは」

「今それ重要か? ま、おかげで意思疎通出来るのはわかったが」


 ガルグは機兵の中にいて、ヘイザーとの対話に成功した。

 戦闘中魔力は広がって、球形の領域を形作る。それを空気と同じ様に使い、その振動で会話したのである。本来は言葉を旨く出せない種族や人間向けの魔法だが、幸い機兵にも応用できた。

 相手のヘイザーもそれに気付いてガルグへと質問を投げかける。


「貴様、何者だ?」

「ハーフエルフ。つまり……」

「エルフの希少種か。本当なら初めて遭遇した」

「またそれか。慣れてても傷つくぞ? 俺も半分は人間なんだが」


 ガルグはしれっと笑って言った。

 結局ハーフエルフはどちらにも敵と思われる存在なのだ。そんなことは重々知っている。

 しかしただのエルフよりまだマシだ。


「とは言え、今のは水に流してだ。俺からお前に提案なんだが……ここはおとなしく退いてくれないか?」


 そこでガルグは交渉に移った。


「後ろから撃たないと言う保証は?」

「残念ながらない。無茶を言うなよ」


 もっともガルグも最初から、成功するとは思っていないが。


「では断る。ハーフエルフの者よ」

「後悔するなよ?」

「したことなど無い」

「さすが兵士は嘘が上手だな」


 ガルグは再び笑みを浮かべると──機兵エルギアの右手を回した。


「ならこのエルギアにぶっ壊されろ」

「エルギア?」

「神様の名前だよ。今俺がこの玩具に、つけたんだ」


 無駄な話をしている間にも、互いに魔力のギアを上げていく。

 ガルグもヘイザーも覚悟を決めた。後はどちらが先に動くかだ。

 まだ雨は空から降っては来ない。

 そして──ヘイザーが先に動いた。


「フレイムボルト!」


 ヘイザーの鉄機兵の剣の先。小さな炎が複数現れ、ガルグのエルギアへと飛びかかる。


「甘いな」


 しかしそれはエルギアの、手前で全て弾けて消え去った。

 ガルグがエルギアの右手を伸ばし、魔法の壁を作り出したのだ。エルギアの右手はエルフの機兵──よってエルフの魔法を使用する。


「水の障壁か。それならば……ニードルボール、回転生成!」


 ヘイザーは直ぐそれに対処して、今度は鉄の魔法を使用した。一つトゲトゲの鉄塊が、鉄機兵の前に作り出される。

 だがガルグは少しも焦らない。


「今度は少し趣向を凝らそうか」


 エルギアが左手を前に出すと、同じ鉄塊が作られる。左腕は鉄機兵のものだ。よって人間の魔法が使える。

 それにガルグはハーフエルフである。


「なに!?」

「ほら撃ってこい」

「ちい! 砕け!」


 ヘイザーがその鉄塊を放つが、結果は既に分かりきっていた。


「砕け」


 双方から放たれた──鉄塊はぶつかって地に落ちる。当然二機とも全く無傷だ。

 しかし戦況は互角とは言えず、ヘイザーは歯を強く噛みしめた。

 一方、ガルグはまだまだ余裕だ。


「ほらな。後悔してきただろう?」


 ガルグは言って機兵エルギアを、ゆっくりと敵に向けて歩かせる。


「ご主人様。よろしいでしょうか?」


 すると精霊から急に聞かれた。今まで居るのも忘れていたが、ずっと横に浮かんでいたのである。


「なんだ?」

「もっと速く走れます」

「知っててゆっくり近づいてんだよ。その方が威圧感があるだろう?」


 ガルグは溜息交じりに言った。どうやら精霊は天然らしい。

 が、今は精霊よりも敵だ。


「甲殻剣精製。よっと」


 ガルグの魔法でエルギアの、右手から木の蔓が長く伸びた。それは細長い塊を作り、直ぐに再び右手へと戻る。すると後には剣が残された。

 片刃で透けた刃の剣。エルギアはそれを右手で掴み、ヒュンと一振り切っ先を下げる。ゆっくりと、敵へと歩きながら。

 それを見た人間のヘイザーも、近接戦を選び対抗する。


「おおお!」


 彼は叫びを上げながら鉄機兵を前へと走らせる。そして重たい金属の剣を、エルギアに向けて振り下ろす。

 だが、エルギアはそれを受け止めて──そして鍔迫り合いに移行した。

 両機兵の大きさはほぼ同じ。しかしパワーは一目瞭然だ。


「へろへろだな」


 ガルグは指摘した。


「黙れエルフ!」


 ヘイザーは叫んだが、鉄機兵は一二歩後退する。


「意識が朦朧としてきたはずだ。魔力を消費しすぎるとそうなる」


 ガルグは最初から気が付いていた。敵は既に長期の戦闘で、疲弊し本来の実力は無い。

 遂には鉄機兵は膝をつき、エルギアの剣が肩に食い込んだ。


「く。天よ我を導き給え」


 ヘイザーが天に祈りを捧げる。

 すると魔力の防御が解除され、代わりに鉄機兵が熱を帯びる。彼は帰還を諦めたのだろう。

 炎の魔力で鉄機兵ごと、エルギアを道連れにするつもりだ。


「自爆か。だがそれを待っていた」


 それこそガルグの思惑通りだ。


「根よ。奴の体を食い破れ」


 エルギアの右手から蔦が伸び──鉄機兵の関節部へと向かう。無数のそれは弱点を貫き、機体の内部に入り込む。そして機械の内蔵を破壊し、自爆を止め操縦席に至る。

 ヘイザーも狙いに気が付いたのか、腰につけたナイフに手を伸ばす。しかし自害する寸前で、彼の手に根の先が絡みついた。


「不覚!」

「ほーら。おねんねの時間だ」


 そして根はヘイザーの首を締め、彼の意識を数秒で奪った。

 後は胸部の装甲を剥ぎ取り、機兵の中から取り出せば良い。捕虜。つまり兵士のヘイザーを。


「玩具の兵隊さん。残念だな。一応警告してやったのに」


 ガルグは心底がっかりしながら、ヘイザーをエルギアの目ごしに見た。


「ご主人様。殺さないのですか?」


 するとまた精霊が聞いてきた。


「まあな。それが所謂戦争だ」


 ガルグはそれに投げやりに答えた。操縦席に深く腰掛けて。

 その直後雨が降り出した。まるで汚れを洗い流すように。

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