一章 第三話
1
何本もの巨大樹を利用した格納庫並みに巨大な天幕。雨粒が打ち付けるその下には、壊れた鉄機兵が倒れていた。正確に言えば仰向けにされて、蔦のワイヤーで固定されている。
ガルグは見張りのミアと連れだって、その側に行き残骸へと触れた。
装甲が剥がされた下の部分。二の腕の内部にある物体に。
一見するとゴム製の塊。筋肉のような形状の何か。ガルグはその物体の正体もそして機能の多くも知っていた。
「魔動筋肉か。まあ当然だな」
「ハーフエルフ何故そんな物を見る?」
「敵を知り己を知れど結局最後は運次第と言うだろうが。せめて運次第に持ち込むために情報収集は必須なんだよ」
ガルグは言いながらナイフを出して、ゴムの表面を四角く切った。
そしてゴムを剥がすとその中から硬質の金属が現れる。
「こいつは人間に例えると神経、筋肉の機能を兼ねている。半流体金属で作られた魔動筋肉っつー代物だ」
「そんなに柔らかそうには見えんが?」
「そりゃ魔力を通してないからな」
ガルグが手を当て魔力を通すと金属がわなわなと蠢き出す。
まさに“半”液体金属である。
「魔力によって筋肉と神経、そして力場の発生を行う。それによって機兵は運動する。機兵の根幹技術の一つだ。ま、外にある俺のエルギアとかエルフ用はここが木製だがな」
ガルグはヘイザーと戦った後、直ぐに情報集めを開始した。
つまりエルギアは天幕の側にガルグによって放置されている。しかも捕虜のヘイザーを捕まえて手の平に握り込んだままである。
もっともコクピットには精霊が残ってエルギアの番をしていた。それに捕虜は封印されている。脱出するのはガルグでも無理だ。
よってガルグは解説を続けた。
「結局機能は全く同じだ。使える魔法によって材質や構造が異なってはいるんだが。俺みたいなハーフなら兎も角も、普通種族には得手不得手がある」
「ハーフエルフを誇る口ぶりだな」
「生憎俺は誇ったことはない。ハーフだと知られるだけで危険だ」
これはガルグのただの本音である。
確かにハーフは他種族に比べ魔法を扱う力に秀でる。しかしだからなんだと言うのだろう。他者を制する者が秀でている。そんな考えはただの傲慢だ。
ガルグが内心呆れていると、ミアがそのガルグに向け聞いてきた。
「では貴様は何故、我らに手を貸す? ハーフエルフを敵視するハーフに協力してなんのメリットがある?」
ミアからすれば当然の疑念だ。
彼女は姫を守るために居る。ガルグは戦力であると同時にエルリアにとって危険な要素だ。
「俺の目的は三つある」
そこでガルグは答えることにした。内心彼を嫌っている者に。
「第一にセーフハウスを得るため。いくら俺が逃げるのが得意でもハーフは命を狙われ続ける。さっきも運次第だと言っただろ? 悪いが俺は死にたくないんでね」
もっとも三つの内の一つだが。
「二つ目は私的だから伏せておく。三つ目は馬鹿にされるのが落ちだ。生憎俺はナイーブな男だ。お前みたいに図太くねーんだよ」
「それで私が納得するとでも?」
だがミアが引き下がるはずもない。
そこでガルグは超絶に嫌々三つ目だけは明かすことにした。
「じゃあ三つ目は教えといてやる。俺の目的は──世界平和だ」
「貴様が私を馬鹿にしているな?」
「いや大真面目だ。まあ俺としても、どうにかなるとは思っちゃいないが」
ガルグは言うとミアをスルーして、倒れた機兵の調査を続けた。
2
雨は平等に降り注ぐ。人間が設置した野営地にも。
その会議用仮設テントの皮、天井に雨粒が叩きつける。
騎士団長アズマはその下で、一人帰還したズズニを迎えた。
「返り討ちに遭ったと聞いている」
「すいません! 俺みたいなチンピラが一人だけ生き残っちまいました!」
「顔を上げろズズニ。一兵卒が、責を負うような問題ではない」
鎧を着て腕を組んだアズマは下げたズズニの頭を上げさせる。
責を負うべき者はここに居ない。居るとすれば騎士団長アズマだ。
もっともこの作戦を考えた立案者はアズマではないのだが。
「フレイドは既に首都に帰還した。奴の道徳心はカス以下だが、退き時は意外に心得ている」
「あの野郎!」
「貴様の気持ちはわかる。だが今は状況を報告しろ」
アズマはこれで騎士団長である。冷静さは常に備わっている。
一方ズズニはまだ収まらない。だが報告が彼の仕事だった。
「俺達ブラス小隊はエルフの機兵部隊を誘き出しました。その残骸は持ち帰りましたが、鉄機兵とはだいぶ違います」
「エルフは我らとは違う種族だ。当然と考えるべきだろうな」
「乗り手がわからんので性能は、正直俺には答えられません。ただ隊長は対処してましたぜ。救援隊を出してくれていれば!」
ズズニは机を全力で蹴った。フレイド大臣にそうする代わり。
しかしその直後自らの腕を掴んで冷静さを取り戻した。
「けど隊長はなんでやられたのか。正直そこは理解出来ませんぜ。俺が逃げる時間を稼いだ後、単機でなら撤退できたはずだ」
「その答は、私が知っている」
アズマは机を起こして言った。
「ヘイザー機は破壊の直前まで戦闘データを蓄積していた。ヘイザーはそれをデバイスに入れて情報を転送してきたらしい。どうやら貴様が出会った以上に、厄介な敵が彼方には居るな。こちらに有利な情報もあるが」
ヘイザー機に何が起こったのかを、アズマだけがおそらく知っていた。
彼は優秀な部隊長だった。故にアズマへと転送したのだ。
「とにかく貴様は体を休めろ。フレイドに落とし前はつけさせる」
アズマは言うとマントを翻し、雨が降りしきる外へと向かった。
3
ガルグが天幕に入り一刻。鉄機兵の検死は終了した。
相変わらず雨の降る外に出てエルギアのコクピットへと飛び乗る。
すると中では精霊の少女が相変わらず静かに浮いて居た。体が縮んだ状態でである。
「ここでの仕事は大体終わった。だがこいつはまだここに置いておく。悪いが、私的な用件がある。それまでお前の件はお預けだ」
「了解致しましたご主人様」
彼女はガルグに対し従順だ。
ガルグはそれが気に入っていないが。
とは言え今は戦争中である。贅沢を言える状況ではない。
「問題は一つずつ解決する」
ガルグは言うと今度は飛び降りて、また雨に降られびしょびしょになった。
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