第7話 吸血魔王から得た能力

 至って真面目に返したつもりだったが、エルスカには意外な返答に聞こえてしまったらしい。

 エルスカは首を傾げ、「どういうことじゃ?」と再び訊ねた。


「能力がないせいで、俺はみんなに失望されて仲間すら失いました。でも、俺はそれを仕方ないって言葉だけで終わらしたくないんです。俺だって、努力すればできるんだってことを証明したい。それで、みんなに認めてもらいたいんです」


 誰一人として、トウマを認めてくれる人などいなかった。

 そんな人物がいれば、今も彼に仕えているはずだ。


「……孤独は辛いですよ。自分が何を言っても、誰も振り向いてくれない。苦しくて、悲鳴を上げたくなっても、誰も助けてくれない。能力のない劣等感に押しつぶされそうになっても、頼れる人はいなくて、自分で何とかするしかなくて……」


「だから、孤独から抜け出すためにお前は魔族を救いたい、と……?」


「恨んでいるだけじゃ、結局変わらないですからね。他人を変えられないなら、自分で変わるしかないでしょう」


 他人の考えを変えるよりも、自分が変わる方がはるかに楽だ。

 むしろ、無理に他人の考えを捻じ曲げようとすれば、さらに嫌われるかもしれない。


 嫌われたら、孤独になる。

 悪循環に陥るのだ。


 そうならないためには、救うしかない。


 魔族を救い、みんなから慕われる。

 魔王としての役目を十全に果たすことができた日には、きっと孤独からも抜け出せるはずだ。


「……もし、助けた者たちが、再びお前を慕うとしよう。じゃが、その時にお前の傍につく連中は、一度は裏切った者たちばかりじゃ。また裏切るかもしれぬ。それでも、お前は魔族を救いたいというのか?」


「裏切る原因を作ったのは俺ですよ。また裏切られてしまうかもしれないって思うのは当然だと思います。でも、そうはさせませんから。――俺自身が変わって、もう二度と、裏切られないように強くなります」


 最後の皿を洗い終え、トウマは手を拭きながらエルスカへ振り返った。

 黒い兜に隠れた素顔。

 兜に空いた僅かな隙間から深紅の瞳が覗き、鋭くエルスカを射貫いた。


「そのためにも、俺はもっと強くなりたいです。勇者も追い返せるほどに、強く……」


「……なるほどの」


 エルスカは瞑目し、もたれかかっていた扉から背を外した。

 トウマの正面に立ち、兜に包まれた頬に触れる。しなやかな指先が固い感触を撫でる。


「なら、私が与えた能力は、お前にもいい効果を与えるじゃろう」

「能力……」


 勇者との戦闘の最中、エルスカに吸血されたことを思い出すトウマ。

 そういえば、あの能力が何なのかを聞いていなかったことを思い出す。


「あの能力は、一体……」


吸血鬼ヴァンパイア継承魔術インヘリタンス――」


継承魔術インヘリタンス……?」


「いわば、固有魔術ユニークスキルの劣化版のようなものじゃ。固有魔術ユニークスキルの中には、他人に自分のスキルを与えるものがあるのじゃ。吸血鬼の固有魔術ユニークスキルもその一つ……私が、お主にスキルを継承したのじゃ」


 吸血鬼は血を吸うことで眷属を増やし、同胞を増やしていく魔族だ。

 伝承の中には、吸血鬼は疫病や伝染病という話もある。


 すなわち、病気のように固有魔術ユニークスキル感染うつすのだ。


「……継承魔術インヘリタンスは、継承主の力や継承する者との相性によって、発現する力に差が出てくる。継承主の力が弱ければ、受け継いだ者に発現する能力は落ちてしまう。相性が悪くても同じじゃ。じゃが――」


 エルスカはにぃ、と口の端をつり上げて、


「私とお前は、相性がよかったようじゃのぅ」


 楽し気に笑うエルスカ。


 彼女が思い出しているのは、トウマが勇者を下したあの場面だろう。

 散々魔族を苦しめてきた勇者に屈辱を与えられて、さぞ愉快に見えたに違いない。


 ただ、あの場にエルスカはいなかったはずだ。

 姿を消していた彼女は、どこからトウマを見ていたのだろうか?


 疑問に感じるトウマだったが、それほど気にしなくていいことだと気づく。

 今は吸血鬼の能力について知ることが先だ。


「エルスカ様に継承魔術インヘリタンスを頂けたなら、俺もあなたと同じ力が使える、ってことですか」


固有魔術ユニークスキルには劣るが、ほとんど同じ能力を扱えるようになる。お前と私は相性が良かっようじゃし、私と力もほとんど変わらぬじゃろう」


「ッ……!」


 歴代魔王の中で、エルスカは最も力を持っていた魔王と言われている。

 そんな彼女とほとんど同じ力ということは、他の魔族を圧倒するほどの力といっても過言ではない。


「俺に、そんな力が……」


 昨日までなら信じられない出来事だったはずだ。

 けれど、勇者を追い返したのは確かに自分なのだ。

 あの勇者よりも強大な力を得たかもしれないという実感は、ある。


「そうじゃとも。お前は魔界で最も強くなったと言えるじゃろう。じゃから……」


 兜越しに、トウマの頬の部分に触れていたエルスカは。


 ぎりり……と、片手で兜を掴んだ。


「え……」


「その力を与えた分、私のために働いてもらうからのぅ?」


「わ、分かってます……って、ちょ、ちょっと!」


 メキメキメキ…………エルスカが片手で握りしめた兜が悲鳴を上げ、緩やかに湾曲していく。

 慌てだすトウマを見て、エルスカは口の端を笑みに歪めた。


「のぅ、お前は吸血鬼の固有魔術ユニークスキルがどんなものか、知っておるか?」


「い、いや……」


 吸血鬼の力を受けたとはいえ、トウマにはその全容までは分かっていない。

 戸惑うトウマに、エルスカは続けて話す。


吸血鬼ヴァンパイア固有魔術ユニークスキルには、様々な能力がある。一番有名なところでは『噛んだ者を自らの眷属どれいにする』こと。血を操ること。そして、『怪力』という能力もあるのぅ」


 今、エルスカが鋼鉄の兜を片手で曲げようとしているみたいに。

 元々、人や魔族の身体は十パーセントしか力を使っていないと言われている。

 リミッターを外せば、身体が自壊してしまうからだ。


 それに対して、吸血鬼は力を百パーセント使うことができる。

 不死の能力を持つ吸血鬼は、自壊してもたちまちに身体を再生してしまうからだ。


 故に、力を抑える必要がない。


 トウマが勇者と戦った際に発揮した怪力も、吸血鬼の固有魔術ユニークスキルを受け継いだ結果だ。

 今更になってトウマはそのことを思い出し、冷や汗を流す。


 改めて初代魔王エルスカの力に恐れをなすトウマの前で、エルスカは笑みを浮かべる。

 妖艶な笑い方。

 美しくも恐ろしさを感じる魔王の笑みだった。


「くふっ……ようやく、私のために仕える駒ができたのじゃ。存分に、利用させてもらうからのう? 今までの魔王はダメじゃったからの。継承しても、相性が悪くてそれほどの力を得ることは出来んかった……じゃが、お前は違う」


「な、何を言っているんですか? そ、それよりも兜が壊れま……」


「――初代魔王の名を以て、貴様に命じるぞ」


 兜がメキメキと悲鳴を上げる中、エルスカは冷徹な声で。


「――人間を滅ぼせ。一人残らず、駆逐するのじゃ」


 藤色の吸血魔王は、恨みが込められた声音でそう言った。

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