第6話 魔族は衰退していく

 その後、ルミアとの食事を終えると、トウマは城の空き部屋へと彼女を案内した。


 元々、臣下たちが寝泊まりするために、部屋はいくつも作られている。客人が泊まる用のゲストルームもある。……ゲストルームのほうが豪華なので、もちろん、ルミアをそちらへ案内することに。


 部屋の扉の前まで歩いてきたルミアは、一旦立ち止まると、トウマへ振り返った。訝し気な表情を浮かべ、訊ねてくる。


「あの……本当に、あなたは私に何もするつもりはないの?」

「うむ! 俺はルミアちゃんを助けたかっただけだからな!」

「……だったら、そんな遠くじゃなくてもっと近くに来たら?」


 廊下の端で、ルミアが部屋に入るのを見守っているトウマを半眼で睨んだ。


 トウマは全力で首を振った。

 ルミアに近づけば、トウマの心臓は緊張で破裂してしまうからだ。


「はぁ……まあ、悪い魔族じゃなさそうなのよね……」

「え? 何か言ったか、ルミアちゃん?」

「な、何でもないわっ!」


 トウマにそう告げて、ルミアは部屋へ入っていった。


 ルミアが案内された部屋は、竜が一匹迷い込んできそうなほどに広く、天井も高かった。部屋の最奥にベッドが鎮座し、そのわきに木でできた棚が置いてある。棚には様々な種類の本が入っていたが、どれも人間の言語と違っていた。ルミアには読めない本だ。


 ベッドの反対側を見てみる。壁と一体化する形で暖炉が設置されており、その手前に椅子が二脚。椅子は少し古い。触るだけで分解してしまいそうだったので、触れないようにした。


 灰色のレンガを繋げて作った床の上には、赤い絨毯が直接敷かれていた。絨毯は色が褪せている。しばらくこの部屋が使われていないという証左だ。それに、その絨毯の上には埃が積もっている。


 いや、ここだけじゃない。

 部屋のあちこちに埃が積もり、少しだけ……いや、結構汚れていた。


「……そういえば、城に誰もいないって言ってたわね」


 誰もいないなら、掃除をしてくれる者もいないということだろう。ただでさえ城は広い。一人で掃除をしようものなら、二日はかかってしまうだろう。


 ここへ来るまでの廊下も、ちょっと汚れている気がした。きっと、他の部屋にも埃が溜まってしまっているだろう。


「し、仕方ないわね……」


 ルミアは部屋を見回して、腰に両手を当てた。


「魔王に施されっぱなしっていうのも嫌だものね。部屋や廊下の掃除くらいはしてやろうかしら。こ、これは決して、あいつへの感謝とか、そんなんじゃないからっ!」


 誰に対してでもない言い訳をしながら、掃除道具を求めて再び部屋から出るのだった。



***



 その頃、トウマは食堂に戻ってきていた。さっき使った食器を片付けるためだ。


 ルミアが考えていた通り、城にはトウマしかいないので掃除の手は回っていない。無論、食器を片付けるのもトウマの役割だった。


 皿を厨房へ持っていき、庭の井戸から組んできた水で洗う。漆黒の鎧を着たままだ。


 魔王が食器を洗う、というシュールな光景を目の前にして、はあ、とため息を溢す者がいた。


 エルスカだ。

 彼女は厨房と食堂を繋ぐ扉に背を持たれかけさせると、半眼でトウマを睨む。


「私の後を継いだ現代の魔王が、まさか皿洗いをしとるなんぞ、誰が想像できるじゃろうか……」

「ふんふん~♪」

「しかも、こんな上機嫌に……」


 仕方ないことである。一目惚れした少女を家に招き、色々と会話できただけでもトウマは満足だった。幸せの絶頂にいたのである!


 そんなトウマを、エルスカは嘆息交じりにこう評する。


「情けないのぅ……」

「うぐっ……! だ、だって仕方ないじゃないですか! その……」


 仮面の内側で、トウマはニヤニヤ笑いながら話す。


「ルミアちゃんとあんなに話ができて、とっても幸せなんですよ。それに、こんな俺にも同情してくれる優しい子だし、何より可愛いし……でへへ……」

「童貞丸出しじゃのう」

「ど、童貞で何が悪いんですかッ!」


 半眼でトウマを睨むエルスカ。とはいえ、彼女もそういった経験がないので、深く突っ込むことは辞めることにした。

 

「――じゃが、お前も忘れてはおらぬよな?」

「え?」

「勇者のことじゃ。あやつら、またあの小娘を奪い返すために魔王城に攻めてくるぞ。その前に、対策を打っておかねばなるまい」


 腕を組み、エルスカは告げる。


「今の魔界は、あまりにも衰弱しておる。魔石の数も、そう多くはないのじゃろう?」


 魔石……それは、魔界を支える重要な鉱石だ。


 魔力で出来たその石は、魔界に生きるもの全てに魔力を与えている。魔族は魔石によって生きているといっても過言ではない。


 だが、その魔石の数は減少している。

 原因は、人間だった。


 人間が魔界へ侵攻してくる際に、魔石は破壊したのだ。魔石が消えるほどに、魔族は力を失っていく。今では完全な状態で残っている魔石も僅かしかない。


 そのうちの一つは、魔王城の地下に存在する。

 魔王城に保管された魔石が魔界最大の魔石であり……。


 この魔石を破壊されると、魔界はたちまちに崩壊してしまう生命線だった。


「……全盛期の私なら、人間など片手で捻り潰せたものじゃが……今では、お前に力を与えることくらいしかできん。他の魔族も同じなのじゃろう?」

「……はい」


 トウマは、皿を洗う手を止めずに答えた。


「魔族の力が衰退しているから、みんな城から逃げたんです。せめて、最期は家族と一緒に過ごしたいからって……」


 魔族は、既に勇者に滅ぼされることを諦めていた。魔石を失った魔族らは、勇者どころかそこらの人間にですら敵わない。怖気づいて逃げるのは、仕方のないことだった。


「――でも、俺は諦めたくないんです」


 トウマの言葉に、熱が入る。


「俺は、どうしても魔界を、魔族を守らないといけない。だから……」

「……どうしてじゃ?」


 トウマの言葉に、エルスカは首を傾げて訊ねた。


「散々魔族に裏切られたお前は……どうしてそこまで魔族を守ろうとしておるのじゃ?」


 裏切った連中を助ける道理なんてない。恨んでいる相手なら、いなくなってしまえと思うのが普通じゃないか。


 言外にそう話すエルスカへ、トウマは答えた。


「それは……俺に、能力がなかったからですよ」

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