第4話 童貞をこじらせているだけなんです
……エルスカという少女は、改めて見てみると美しい少女だった。
鮮やかな藤色の髪を伸ばし、歩くのに合わせて左右に揺らしている。高貴なる者として堂々と振る舞う姿には気品を感じ、正面に立つだけでもピリピリとした緊張感が走る。さらに、その身を包むのは白いセーター一枚である。露出が激しく、トウマの顔は真っ赤だ!
身を固くするトウマに、エルスカは苦笑を漏らしつつこちらに歩いてくる。その所作の一つひとつが、洗練された美を思わせるカリスマ性を漂わせていた。
「そう緊張せんでもよい。確かに、私は初代魔王じゃから仕方ない部分もあると思うがにゃぁああっ!」
……どてーんっ、と。
エルスカは自分の足にもつれて転んでしまった。
「痛い、痛いのじゃあ! この床、削り取ってしまおうか!」
クールな印象なんてどこへやら。
エルスカはすぐに起き上がると、鼻を赤くしながら床をペシペシと叩き始めた。
しかし、その様子を見られていることに気づいてハッとする。膝を払いながら立ち上がると、腕を組んで堂々たる姿で二人の前に立った。
「そう、私が初代魔王のエルスカじゃ……」
「いや、今あなた転んで超慌ててたわよね!?」
なかったことにして話を進めようとするエルスカに、敵ながら思わずツッコんでしまうエルフの少女。
「こ、転んでおらんわ!」
「大丈夫ですか、エルスカ様? 転んだところ、洗っておいた方がいいのでは……」
「お前も余計な心配はいらんのじゃ!」
ふんっ、と不機嫌に顔を逸らすエルスカ。よく見てみれば、彼女の膝は綺麗なままで、怪我をしている様子はない。
「……まあよい。それと、私に敬語は不要じゃ」
「それはできません」
「ん? 何故じゃ?」
「あなたのような美人を前にして、タメ口なんて使ったら恥ずかしさで悶死します!」
「お前、それでも魔王かッ!」
エルスカが思わず声を張り上げるが、トウマだって彼女と会話すること一つとってみても必死なのだ。
勇者と戦っている際は必死だったため意識できていなかったが、エルスカは誰が見ても美しい見た目をしている。歩く所作には気品が漂う上に、露出度の高い服を着ている。ドキドキしないはずがない。
それでも頑張って会話をしているのは、エルスカが初代魔王だからである。目上の人物に対し、言葉を交わさないというのはあまりにも失礼だ。
トウマだって、最低限のマナーくらいは理解している。
女慣れしてないというだけで。
そんな二人を見て、エルフの少女は困惑したように眉を顰めさせた。
「……変なの」
(ああ、ついに変とまで言われたかぁ……)
若干、傷つくトウマである。
しかし、彼女が言ったのは別の理由だったらしい。
「魔王って、もっと恐ろしいものだと思っていたわ。人間を食べるって聞いたし、私も食べられちゃうんだって警戒してたんだけど……違うの?」
「…………」
「ち、ちょっと、何か言いなさいよ!」
トウマが喋らないのを無視されたと捉えたのか、エルフの少女は声を張り上げた。
が、もちろんトウマは無視したわけじゃない。
きちんと少女の優しい声を聞いて……。
(俺、こんな天使みたいな子と話して死ぬのかな……)
などと、意識をトリップさせている。
童貞どころか、犯罪臭すらしてくる魔王だ。
「ちょっと、聞いてんの?」
「は、はひ! 聞いてましゅ……」
そして、極度の緊張のあまり、噛んでしまった。
それが、さらに少女の不信感を加速させる。
「それに、さっきからどうして目を合わせようとしないの? 人と話すときは、目を見て話すものでしょう?」
女慣れしてないだけである。
「喋り方も気持ち悪いし、普通に話せないわけ?」
グサッ!
トウマに10000のダメージ!
トウマは死んでしまった!
おお、魔王よ。ヘタレすぎて情けない……。
「ねえ、さっきからどうして何も言わないのよ。何とか答えなさいよ……!」
エルフの少女がむっと頬を膨らませる。
その仕草に、ドキッ! と心臓が跳ね上がらせるトウマ。
「あ、ああ! い、いい、今答えようと思っていたところだ!」
慌てながらも、トウマは必死に舌を回す。ただ、テンパりすぎて魔王口調で話してしまっているが。
「お、俺は別に人間を食べたりなどしない! それと、俺はいたって普通に喋っている!」
「へぇ、その気持ち悪い喋り方が普通なんだ……」
「うぐっ!」
トウマの頭に、一瞬にして十四歳くらいの頃の記憶が駆け巡った。魔法が使えないくせに新しい魔法を使えると思い込んで、左目に邪神を宿していたあの頃の記憶は、今すぐ消し去りたい思い出の一つだ。
ただ、魔王ロールは外せないのである。
なぜなら童貞だから。
普通の言葉で喋ろうとしたら、緊張して死ぬからである!
「ふ、普通に決まっているだろう! これが魔王なのだ!」
「は、はぁ……」
「それよりも自己紹介だ! 俺の名はトウマ・ケンザキ! この魔界を統べる者にして、スライムにも劣る最弱魔王である!」
「スライムに負けるってとこ、誇って言うところじゃないわよね?」
「さあ、貴様の名前を答えてみよ! 名前を答えれば、俺が貴様を寵愛してやるぞ!」
「ッ! な、何を考えてるのよ魔王! そういう目的なら、名前は答えないわよッ!」
「あっ、違うんです。ただ、あなたの名前を聞きたいだけなんです」
「何で急に物腰低くなるのよ、あなたは!?」
大きな態度を取ったかと思えば、次の瞬間には媚びるように腰が柔らかくなるトウマ。そんな彼に、エルフの少女は思わずツッコんだ。
「ご、ごめんなさい……ただ、あなたの名前を聞きたいだけなんです。本当に、はい……」
「……」
本来、トウマは物腰低い青年である。
能力に恵まれなかった彼は、魔王という肩書きこそあれどそれに似合った力はない。
だから、配下の魔族にも常に媚びるような態度を示していたのだ。
(慣れない魔王ロールなんて、するべきじゃなかったかもしれない……)
と、若干反省するトウマだった。
そんな彼に、エルフの少女は呆れたようにため息を溢した。かと思えば……。
「……ルミア」
「へ……?」
「だから、私の名前。ルミア・アッシュリーって言うのよ」
ふんっ、と顔を逸らしつつも、エルフの少女――ルミアはそう答えた。
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