第1章 最弱魔王の目醒め

第1話 勇者に勝てるわけがない

 腹に蹴打を叩きこまれ、トウマは玉座の隣で膝を落とした。


 目の前には、剣をこちらに突きつけてくる勇者の姿が見える。

 トウマとそう変わらない年齢の青年だった。


 勇者との戦いが始まってから、十分も経っていない。

 それなのに、トウマの身体は限界を迎えようとしていた。


「何だ、コイツ? そこらの魔族よりも手ごたえがねぇなァ?」

「まあまあ。弱いことに越したことはないでしょう」


 その声は、勇者の後ろから聞こえてきた。

 明らかにトウマを軽視している。

 拳を握りしめ、悔しさを胸の奥へと押し込めた。


「にしても、最後の最後で無駄な抵抗をしやがって……」


 苛立たし気に言うのは大男だ。

 彼の頬には、一筋の切り傷が残されている。

 トウマが倒れる直前、剣を投げつけた。

 それが、偶然にも大男へ当たったのだ。


「あぁ、地味にいてぇな。おい、とっとと治療しろ! ちんたらしてんじゃねえ!」

「は、はいっ!」


 大男は隣で杖を持っていたフードの人間へと怒鳴りつけた。


「【治癒ヒール】」


 フードの人間が、杖を患部に向けながら詠唱した。

 その声は、少女のものだった。


 彼女の詠唱により魔法が発動し、杖の先端から緑の光が溢れ出した。

 光は、トウマがようやくの思いで付けた傷を治していく。

 が――。


「おい、かすり傷程度、すぐに治せよ!」

「で、でも、前はもっと丁寧に治せって……」

「あぁ? 俺に文句あんのか、てめェ!」


 バチッ!

 大男の怒号が部屋の空気を震わせたと同時、フードの人物が頬を打たれた。


「きゃあっ!」


 悲鳴と共に床に倒れ込む

 その衝撃でフードが外れ……金糸が宙に舞う。


 トウマに見えたのは、壁の燭台に照らされて輝く美しさを放つ金色の髪だった。

 腰まで伸びた髪は、一本一本が細く、繊細に見える。

 そんな髪の隙間から、尖った耳が伸びていることに気づく。

 耳の上部には、金属でできた耳飾りを着けている。


 ――エルフだ!


 あまりにも美しい少女に、トウマは呆然とする。

 今から殺されることすらも忘れてしまいそうだった。

 だが、そんな美しい少女は……。


「い、痛い……ぐすっ……うぅ……」


 悲痛な泣き声を上げ、翡翠の瞳に涙を浮かべた。

 彼女の尖った耳は、その感情を表して、緩やかに垂れ下がっている。


「チッ、こんな時までうるせぇ奴だな!」

「あうっ……!」


 泣き止ませるためか、大男は足を振り上げると彼女の身体を横から蹴りつけた。

 少女が力なく床に倒れ込み、しばらくした後に震えながら泣き出した。


「うぇえ……えぐっ……ぐすっ……」

「だから、うるせぇって言ってんだろうが‼」

「いやぁあ! やめてぇえ!」


 泣き叫ぶ少女を、大男はさらに蹴り上げる。

 二人の声が響き、勇者は渋面を作った。


「……下らない争いは止めろ。君たちの声はうるさくてたまらない」

「なっ……! 貴様らは、仲間じゃないのか……!」

「利用価値のないグズを仲間と呼ぶものか」


 吐き捨てるように、勇者は答えた。


あんなもの・・・・・、死んでも構わない。ただ、僕の評価が問われるところで死んでもらうと困るけれどね」

「何だと……!」

「何が疑問なんだい? 僕は自分が評価されるためにお前を討伐しに来たんだ。でなければ、面倒な魔王退治など、引き受けるわけがないだろう?」


 勇者は、自分の言っていることが間違っているとは微塵も思っていない様子だった。


「僕は固有魔術ユニークスキルで勇者だと選ばれた。勇者の仕事として、君を退治した後は、国でのんびり過ごすつもりさ。だから、君を殺す。僕の安寧と平穏のために。その目的の邪魔になる存在なら、何であろうといらないのさ」


 勇者の傲慢な言葉に、トウマは怒りを覚えた。

 トウマは仲間に裏切られた。

 だからこそ、仲間の大切さを知っている。


 だが、こいつは勇者のくせにそんなことも分からないのか?

 自分が、どれほど周りの者に支えられて生きているのか知らないのか!


「……仲間を、何だと思っている!? 利用できる者だけを、仲間と呼ぶわけではないのだぞ!?」

「ふんっ。勇者であるこの僕に反抗するなんて、随分と生意気じゃないか。床に膝を突いているのは、君の方なのに」


 図星を突かれ、トウマは反論できなくなってしまう。

 確かに、勇者には敵わなかった。

 固有魔術ユニークスキルを持たないトウマに、勝てるはずがなかったのだ。


 だが……だからと言って、このまま膝を突いたままではいられない。

 どうせ死ぬのならば――と、トウマは痛む全身に力を込めて立ち上がった。

 フラフラしながら立ち上がると、勇者の向こうで大男にいびられているエルフの少女を見た。


 まるで、助けを求めるかのように。

 その翡翠の瞳から、涙が零れ落ちていた。


「――ッ!!」」


 瞬間、トウマは風となった。


 勇者の横をすり抜け、瞬く間に少女の隣に立つ大男へと駆けた。

 剣はない。

 だから、拳を引いて全力で殴る構えを取った。

 そんなトウマの背後から、勇者の嘲笑が聞こえてきた。


「ふんっ。武器もないのに突っ込むなんて、君はバカなのか? ……おい、何とかしろ」

「言われなくても分かってらぁ!」


 勇者の命令に対し、大男は大盾を正面に構えた。


固有魔術詠唱ユニークスキル:【堅鎧士ガーディアン】……発動アウェイクッ!!」


 大男が固有魔術ユニークスキルを発動。

 同時に、構えた盾からまばゆい光が溢れ出した。

 走る勢いを押し殺せなかったトウマは、そのままの勢いで盾を殴りつけた。


 ガンッ! と。


 跳ね飛ばされたのは、トウマの方だった。


「が……ッ!」


 トウマの身体は軽々と持ち上がり、石の柱を砕きながら床へと転がった。

 全身を打ち付け、朦朧とするトウマの意識に、大男の笑い声が聞こえてきた。


「だははっ! ざまあみろ!」


 トウマを嘲笑い、部屋をビリビリと震わせるほどの声を張り上げる。


「俺の固有魔術ユニークスキルは【堅鎧士ガーディアン】――ぶつかった威力を、何千倍にして返す力だ! つまり、つまりだ! テメェのそのへなちょこパンチを何千倍の威力にしてやって、テメェ自身にそのまま返してやったんだよ!」


 崩れた柱の瓦礫に埋もれながら、トウマは口の端を噛んだ。


 結局、固有魔術ユニークスキルのない自分は何もできなかった。

 無能の自分は、そこらにいる家畜と同然。

 強者に食われるのが、定めなのだ。


(せめて……あの子だけでも、救えたなら……ッ)


 震える手を持ち上げて、エルフの少女へと手を伸ばした。

 だが、そんなトウマの前に勇者が立ちはだかった。


「これで分かっただろう? 君は、ここで死ぬのさ。僕の将来のためにね」

「死ぬ、わけには……ッ」

「いいや、死ぬさ。ほら、殺してやるよ」


 勇者が剣を掲げる。

 薄く、白い光が刃を覆った。


「ちなみに、だが……この剣は、僕の固有魔術ユニークスキルの加護を得ている。君の鎧も無駄だ。髪も同然に切り裂かれるだろう。……で、最後に言い残したいことはあるか? どうせ僕は忘れるが、そのくらいの慈悲はくれてやろう」


 勇者は、上から目線でトウマにそう訊ねた。

 トウマは彼を見上げ、兜越しに睨みつけた。


「……仲間を、傷つけるな……ッ! 仲間を大切にしないやつは……後で、後悔するぞ……」

「最後の最後に、まだ偉そうなことを言うつもりか……まあいい。どの道、君の命令に従う義理はないからね」


 目を細めた勇者は――。


「さよならだ、魔王。この僕の糧になるがいい」


 最後にそう告げて、剣を振り下ろした。


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