滅びの魔界で天敵《きみ》を想うのはダメなのか~無能のラスボス討伐にやって来た勇者から神官エルフを奪うと嫁になった~

青葉黎#あおば れい

プロローグ

 魔王は土下座していた。


「お願いします……どうか、この城を守ってください!!」


 トウマ・ケンザキは、歴代最弱の魔王だった。

 誰でも発現するはずの能力、『固有魔術ユニークスキル』を持たず、魔力すらない。


 そのため、父が数年前に崩御し、魔王を継いでからというもの、城から立ち去ってしまう者が後を絶たなかった。


 一人、十人、二十人……と、倍に辞める人数は増えていき。

 そうして、目の前のスーツを着た男が、最後の一人だった。


 逆立ちしたような髪を撫でつけながら、かれはトウマを見下ろす。


「……魔王サマ、俺ぁ、あんたと心中するつもりはネェんだわ」


「そこを、何とか頼む! あと少しで、勇者がこの城に来てしまう! 魔王城には、魔界を支える大事なモノがある。それは、あなたも知っているはずだ!」


「あァ、知ってる知ってる。魔石だろォ? 確か、城の地下にあるんダったよなァ?」


「そうだ。魔石を失えば、俺たち魔族は力を失ってしまう。だから、魔王城を必ず守り通さねばならないのだ! お願いだ……どうか、魔界を守るために戦ってくれ!」


「嫌だネ! 俺は死にたかネェんだよ。どうせ死ぬなラ、家族と死んでヤるよ」


 男は呆れたようにため息を溢し、トウマに背を向けて歩き出した。


 ――諦めて、たまるか!


 トウマは咄嗟に立ち上がり、背を向く男の足にしがみついた。


「おわっ! な、何するんダよ!」


「頼む! もうあなたにしか頼めないんだ!! 俺の代で、魔界を終わらせるわけには……」


「だぁかぁラぁ、俺はヤらねえって言ってんダヨ!!」


 男が足を振り上げ、トウマの顔を横から蹴りつけた。


「がっ!?」


 軽い脳震盪を起こし、トウマは床に倒れ込んだ。


 身体を震わせるトウマを怜悧な目で見下ろし、魔族の男は吐き捨てるように言う。


「はんっ。そんなに守りたキャ、自分一人で守レよ! ま、雑魚の魔王サマには、無理かもしれネェけどなッ!」


 それだけ言い残し、足音が去っていく。

 後に残されたトウマは、小さくなっていく背中を見送ることしかできなかった。


***


 魔王城から最後の魔族がいなくなって、三日が経とうとしていた。


 トウマは、相変わらず一人で魔王城に籠り続けている。


 ――勇者が魔界に侵入した情報は入っている。

 ――おそらく、もうじき奴らは現れるだろう。


 トウマは嘆息を溢し、王座に深く腰を掛けた。


 本来なら、【魔王サタン】という固有魔術ユニークスキルを持つ者だけが座れる王座――。


 固有魔術ユニークスキルは、その者が生涯に渡って就く職業を表していると言われている。


 魔界では、誰もが十歳までに能力を発現するはずだった。


 しかし、トウマは十八歳になる今まで、そんな能力の欠片すらも現れなかったのだ。


 だから、本来ならば、トウマが王座に座る権利などない。


 ただ、【魔王サタン】の固有魔術ユニークスキルを持つ者がいない以上、唯一の血縁であるトウマが父の跡を継ぐしかなかったのだ。


 見せかけだけの魔王だ。

 傀儡。人形。木偶……言い方は、何でもいい。


 トウマにはあまりにも不釣り合いな立場であり。

 そのことは、彼自身が誰よりも自覚していた。


「……俺に、能力があれば違っていたのか……」


 呆然と呟いた言葉に、反応を示す者はいない。


 すでに、魔王城に残っているのはトウマだけだからだ。


 玉座のある部屋も、石で作られた簡素なものだ。


 正面には両開きの扉が設置され、そこから真っすぐに薄汚れた赤い絨毯が敷かれている。


 数段の階段を上った先に玉座を構え、扉から入って来た者が王よりも目線が高くならないように配慮されている。


 そんな部屋に、来客があったのはトウマが物憂げに考えているときだった。


 扉が重々しく開かれ、その向こうから四人の人間が入ってくる。


 白銀の鎧を着た青年――勇者。

 大きな盾を持った大男――堅鎧士ガーディアン

 弓を手にした細身の男――弓使い。


 そして――マントを被り、杖を持つ魔法使い。


 ついに来たのだ。

 勇者と、その一味が。


 最弱たるラスボスを倒すために、人間界から現れた勇者たち。


 その先頭に立ちながら、勇者がトウマに向かって叫ぶように言い放った。


「――魔王、貴様の悪行はここまでだ。今すぐ、その首を打ち取ってやる……!」


 勇者の言葉に、トウマはくつくつと喉の奥で笑った。


 これでは、まるで自分が悪者だ。


 自分は、まだ何もしていないのに。

 能力すら持っていない彼には、何もできないのに。


(……いや、違うな)


 トウマは考え直し、小さく首を振る。


(能力を持って生まれなかったこと自体が、俺の罪だ)


 固有魔術ユニークスキルを持たなければ、家畜も同然だ。


 本来なら、魔王として魔族を守らなければならないはずなのに。


 誰かを守る力すらないトウマは、『魔族なかまを守れない』という罪を背負っているのだ。


 悪者と言われても仕方がない。

 石を投げられ、罵倒されてもいいくらいだ。


 能力を持たなかった自分が悪いのだから。

 無能には、生きる価値なんてないのだ。


 でも、せめて――。


「ふっふっふ……ふはは……ははは……っ!」


 トウマは、笑う。


 なるべく、魔王っぽく見えるように。


 小さな生物が、トラを前にして威嚇するように。


 虚勢で、自分をあたかも強く、見せるかの如く――。


「――よくぞここまで来たな、勇者ども! だが、貴様らの人生はここで終わりだ。この俺が、貴様らを殺し、魔族の繁栄を継続していくからだ!!」


 トウマは必死に叫びながら、玉座に立てかけていた剣を掴んだ。


 勇者らもまた、戦闘態勢に入る。


 絶対に勝てない戦いだ。

 人間だって、固有魔術ユニークスキルを持っている。


 だが、トウマには戦う理由があるのだ。


(どうせ死ぬのだから……最後まで足掻いて、魔族を守るために死のう)


 自分が倒れれば、魔族が滅亡する。


 その宿命を抱きながら。


「それでは、殺し合おう。……最後に立っていた者が、正義だ」


 トウマは、勇者へと立ち向かっていくのだった。





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