第4話 コンビニ2

 足が止まった。

 何度も瞬きをした。

 見間違いだと思った。

 今でも見間違いだと思っている。


 だって、自分の体がレジに入っているのだから。


 クローン人間は技術的に作ることが可能らしい。だけど、今は道徳的な問題で作ることが出来ないようになっている。

 つまり、この世に自分のクローンなど存在しないはずなのである。


 しかし目の前に存在している。

 覇気のないタレ目。若いのに少し曲がってしまった背中。癖毛を無理やり櫛で何とかストレートにしたせいでパサついている髪。

 その全てが私。違うのはレジに入っているか、お客さんかということ。


 なぜ、私がレジにいるのか。

 戸惑い、取り敢えず近くにある雑誌コーナで本を開く。別に読みたい雑誌などそこにはない。


 心臓の鼓動の音を聞く。バクンバクン。

 激しく波打っている。

 どうしようか。あの少女に何を話しかけようか。


 気がついたら空腹を忘れていた。

 何でコンビニに来たのか理由忘れていた。


 雑誌を閉じる。店内をグルリと一周する。お客さんが、3人いる。これだとダメだ。せめてお客さんが0人にならないと。


「いらっしゃいませ」


 その声も、自分にそっくりであった。あまりにも自分なので耳を疑った。そして早く買い物をしなくてはと思う。

 でももう既に自分が欲しいものなどなかった。


 店内にいたお客さんがもう1人出ていく。ついに店内には私とその女しかいなくなった。チャンスだ。

 目の前に、シーチキンのおにぎりがあった。シーチキンなど嫌いだ。でもレジに持っていく。


「いらっしゃいませ」


 その女と目があった。

 すると彼女も手を止める。恐らく同じことを考えているのだろう。

 しかし、一回瞬きをしてすぐ商品のバーコードを読み取る。


「120円です」


 びっくりするほど無愛想な声でそういう。もう少し反応があってもいいじゃないか。

 別に私たち似てますねという会話じゃなくてもいい。ただ、そのもっと……驚いた素振りを見せて欲しい。会話のきっかけが欲しい。


 私は驚いている感情を、奥へ、奥へ殺して会計する。私自身もまた無愛想だ。

 そして何も、特別なイベントが起こる事なく別に欲しくないおにぎりを買うことに成功する。いやどちらかと言えば失敗だ。


 そしてそのまま店舗から出ていく。

 こうやって、何も起こらないこともさすが私と私。


 帰り道、歩きながらおにぎりを食べる。のりは湿っていて、シーチキンは思ったよりも入っていない。美味しくないおにぎりであった。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仁香の日課 新奈那珂 @aratananikka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ